第4話 勇者がやらかしたミスと受難




「このぅ、バッカモーン!」


「ギャフン!」


 国王のアルロスは出会い頭で勇者アルタを殴りつけた。

 アルタは無様な悲鳴を上げ、赤絨毯の上を滑っていく。

 その衝撃的な絵面に周囲の側近達は目を見開きながら、「初めてギャフンと言った者を見た……」と、どうでもいいことを囁いていた。



 神聖国グラーテカ王城の謁見の間にて。


 魔王ガルヴォロン討伐したとされる勇者アルタは凱旋し戻ってきたまでは良かった。

 だが謁見した直後、国王でありアルタの父親であるアルロスは激怒し彼の顔を殴りつけたのだ。



 アルタは鼻と口から血を流し腫れた頬を抑えて、父親の顔を見上げる。

 白髪に真っ白で立派な髭を蓄えた初老の国王。だが大柄で若々しい肉体は生気に満ち溢れている。


「パパァ! いえ陛下ぁ! いきなり何をされますか!? 勇者である息子に向かって、血迷いましたか!? ご乱心ですぞ!」


「血迷っているのはお前だ、アルタァ! 話はウォアナ王国の国王とメルサナ神殿の教皇から聞いているぞ! 勇者であるにもかかわらず、魔王討伐任務で身代わりを立てて戦わせていたそうじゃないか!? ええ!?」


 ウォアナ王国は婚約者の一人である姫騎士カリナ祖国であり、メルサナ神殿は神聖国グラーテカを象徴する大神殿である。同じく婚約者の一人である聖女フィアラは教皇の愛娘であった。


「ぐ、ぐぅ……(あの女共め、テメェらの親にチクったなぁ!)」


「他にもエルフ族の精霊王と大賢者マギラスからも同様の苦情が入っておる! しかも全員から婚約破棄を叩きつけられた上でな! なんでも彼女達は酷く傷心しており、しばらくは地元に戻れないそうだぞ! 全てお前がやらかしたことでな!」


「パパ、嘘だ! あの女達はボクを見限り、偽物を探しに行っているだけなんだ!」


「んなもん、どうでもいいんだよぉ、ボケェェェェ!!!」


「キャィィィンッ!」


 アルロス王は、野犬のように泣き叫ぶ息子アルタの顔面を容赦なく何度も踏みつけた。

 過剰とも思える制裁だが、側近達は傍観し制止しようとする者は誰もいない。


「痛てて、痛い! パパ、やりすぎ! 確かにボクは楽したくて『偽物』を雇いました! でもそれは悪いことですか!? 誰かに迷惑かけたんですか!? 結局は魔王を斃せたし結果オーライじゃないんですか! そんなにマスコミや民達の風評が怖いんですか!」


 アルタの訴えで、アルロス王の足がぴたりと止まる。


「……アルタよ。貴様は何もわかってないようだな……ここまで愚鈍とは。どうやらワシは相当お前を甘やかしすぎたようだ。砂糖菓子よりも甘々にな」


 国王は冷めた口調となり、アルタに背を向けてゆっくりとした歩調で玉座に近づき静かに腰を降ろす。


「パパ?」


「勇者……いや、アルタ・フォン・ユウケインよ。貴様は今日限りで勇者職を剥奪し、王族の地位からも除外する。つまり勘当だ」


「パ、パパァ! いえ、陛下、それはあんまりです! 勘当なんてされたら俺、いえボクはどうやって生きていけばいいんですか!?」


「知らん。好きに生きろ……一応、退職金くらいは出してやる。早く行け、しっしっ!」


「そ、そんなぁ、陛下……ちょい、待って! はっ、離せぇ! 離せよぉぉぉ! 嫌だぁ、パパァァァァァァ――!!!」


 アルタは近衛兵に両脇を抱えられ、両足を引きずりながら謁見の間から追い出された。


 バタンと扉が閉められる。

 途端、周囲からどよめきと溜息が漏れ出した。


「ふぅ……皆よ、すまなかった。ウチのバカ息子が……」


「いえ陛下。お辛いでしょうが、陛下のご判断は正しかったと思います」


「これであの組織の矛先も我が国は外されましょう」


「左様です。このままアルタ王子にいてもらっては……このグラーテカ全体が標的にされてしまいます」


「あの『ハデス』という暗殺組織に……何せ大陸中の裏社会を取り仕切る暗殺者ギルド。とても一国が太刀打ちできる規模ではございません」


 側近達の言葉に、アルロス王は重々しく頷いてみせる。


「うむ……姫達の婚約解消より寧ろ、そっちの方が重大だ。己の欲望のため、知らぬこととはいえ踏み込んではならぬ領域に踏み込んでしまうとは……明らかにアルタ自身の不始末。本人だけならまだしも、この国全体を危険に晒すわけにはいかぬ」


 流石に相手が悪すぎる。いくら息子でも下手な庇い立てはできない。

 誰もがそう言いたげだった。


「……お父様」


 奥部屋から綺麗な女性が現れる。

 すらりとした黄金色の髪を靡かせる華やかなドレスに身を包む美しい女性。


 第一王女でありアルタの姉、イライザ・フォン・ユウケインである。


「王妃は?」


「奥部屋で泣き崩れております……お母様が一番、アルタを溺愛しておりましたから」


「そうか。だが、もう余に息子はいない。理由はわかるな」


「はい、こればかりは当人の責任。お母様にはわたくしから説得いたしましょう」


「うむ、イライザよ。其方には迷惑を掛ける。娘の其方がまもとなのが余にとって唯一の救いだ」


「いえ……それでお父様、これから如何いたしましょう?」


「余は国王を退位する。この度の不始末を詫びるため……その方が婚約者達の親族も納得してくれるだろう」


 今後の外交のため他国や他種族を邪険にすることはできない。

 また神聖国を名乗っている以上、自国の聖母メルサナ神殿や英雄とされる大賢者マギラスも同様であり面目を保つ必要があった。


 アルロス王は話を続ける。


「イライザよ。次期国王は其方の夫であるロタッカに譲位させる。蛮族国の婿養子で豚のようにデブっているが小心者で人畜無害だ。聡明な其方が妻として助言し支えればグラーテカは安泰だろう」


「勿論です、お父様」


「余は全ての責任と取り妻と共に神殿で隠居する。頭を丸め自慢の髭を剃り、聖母メルサナに毎日祈りを捧げよう……この国の繁栄と愚かな息子を甘やかした懺悔としてな」


「お父様……おいたわしい」


 失意に項垂れるアルロス王に、イライザ王女は口元を押さえ涙を流した。

 しかし、その王女の唇が異様に吊り上がり狡猾な笑みを浮かべていたことは、この時誰も気づかない。






**********



 ウォアナ王国で幼い少女をつけ回していた謎の暗殺者アサシンを始末した僕は、噴水広場で血に汚れた手を洗っていた。


「……腹減ったな。早く職を探さないと」


 とは言ったものの、何をして良いのかわからない。

 ずっと暗殺者アサシン稼業しかやってこなかったからな。


 僕はそれ以外、一体何ができるのだろう。


 最も手っ取り早いのは、やっぱり冒険者だ。

 だけど、それには冒険者ギルドに登録しなければならない。

 まずいよな……簡単に足がついてしまう。


 特に組織ハデスにだ。奴らの中には冒険者に装っている者もいる。

 きっと今頃、裏切り者の僕を見つけ出し殺そうと躍起になっている筈だ。


 なら日替わりの一般職がベストか……う~ん、どこで雇ってもらえるだろう。

 空腹を我慢しながら延々と悩んでしまう、僕。


 駄目だな。せっかく自由になれたってのに……。


 ぐぎゅるるるぅ


「――お兄ちゃん、お腹空いているの?」


 ふと背後から甲高い声が聞こえる。

 僕は振り向くと、さっき助けたおさげ髪の女の子が立っていた。


 肩まで伸びた黒髪を、耳の後ろ辺りで束ねた小さな二つ結びにしている。

 やや小柄で可愛らしい顔立ち、とても大きな瞳を輝かせ全身から元気を溢れさせる天真爛漫な子だ。


「キミは?」


「ヒナよ、ヒナ・シラヌイ。お兄ちゃんは?」


「……セティ。下の名は無いんだ」


「そう、セティお兄ちゃんね。ねぇ、お腹空いている?」


 なんだろう、さっきからそればかり聞いてくるな。


「どうして聞くの?」


「だって、さっきからお腹鳴ってるもん。お腹空いているならウチに来ない?」


「え?」


「ウチね、ランチ屋なんだぁ。露店専門の移動式ワゴンよ。お父さんと各国を回っているの」


 各国を回る移動式ワゴンのランチ屋? 聞いたことがない。

 まぁ、それよりも。


「生憎、僕はお金が無いんだ……どこかで職を探そうと思ってね」


「だったらウチにおいでよぉ。お手伝いしてくれたら食事代もタダにしてくれるよ」


「えっ、本当?」


「うん、行こ、ね?」


「ああ、わかったよ」


 僕は頷くとヒナは満面の笑顔を見せ、洗ったばかりの冷たい手を握り締める。

 とても小さいけど温かい温もりに不思議に心が和んでしまう。


 これから何かいいことが待っているような予感がした。





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