偽勇者を解雇された最強の暗殺者はスローライフを目指します~その頃、仲間の婚約者たちは本物の勇者を見限り彼の後を追うのでした。

沙坐麻騎

第一部

第1話 解雇された偽勇者




「おい偽物。お前もういらないから辞めてくれない?」


 物陰に隠れていた勇者に呼び出された僕は唐突にそう告げられた。


「辞めろってどういう意味でしょうか?」


「頭悪いなぁ、お前……解雇だよ! つまりクビね!」


「……はぁ、解雇ですか。しかし僕の任務は魔王を斃して城に戻るまでです」


 僕は言いながら遠くの方で屠られ亡骸となっている『魔王』に向けて指を差した。


 九つの首を持つ巨大な黒竜こと魔王ガルヴォロン。

 僕とパーティ達で斃した人類最大かつ災厄の敵だ。

 魔王城と称される大洞窟に潜入し、ようやく討伐任務を果たすことができた。


 後は勇者の出身国である『神聖国グラーテカ』に戻り、彼と入れ替わって任務終了の筈なのに、魔王を斃した途端に解雇を突き付けられてしまうとは……。


「依頼者である、この勇者アルタがもういいって言ってるんだ! もうお役目御免でいいだろ、偽物が!」


 勇者は鬱陶しそうに言い放つ。

 金色の髪に整った上品な顔立ちをしている。身長もそこそこで、イケメンというやつかな?

 だが喋る言葉使いはとても下品だ。


 彼と同じ顔と姿をした僕は深い溜息を吐いた。


「任務の途中放棄は明らかな契約違反です。たとえ依頼者クライアントの貴方からの指示でも、僕は任務失敗と見なされ『組織』から厳粛に問い詰められるでしょう。勇者アルタ、そうなれば貴方とてただではすみませんよ」


「組織だぁ? あ~あ、あの『便利屋ギルド』ね……安心しろ、俺は勇者であると同時に神聖国グラーテカの王子様だぜ。依頼料の倍払えりゃいいだろ、ああ?」


 便利屋ギルドって……駄目だ、こいつ。何もわかってない。


 僕は呆れ返り渋々頷いた。


「……わかりました。ですが一つ聞きたいことがあります」


「なんだよ?」


「……パーティの仲間、いえ彼女達をどうするつもりで? 貴方の婚約者でもある……」


「ああ? 決まっているだろ! 約束通り城に戻って即結婚だべ~! 今から下半身が疼いて仕方ねぇ。だから余計に偽物のお前が邪魔なんだよぉ、ギャハハハハ!」


 下卑な台詞と共に嘲笑う、勇者アルタ。

 最低だな、こいつ。

 あんなにいい人達がこんな奴と可哀想に……。


 僕はちらっと物陰越しで、パーティを一瞥した。


 黄金色の長髪を綺麗に後ろで束ね純白の鎧を纏う美しき姫騎士、カリナ。


 清楚感溢れる神官服に銀色の絹髪を腰元で揺らす麗しき聖女、フィアラ。


 緑髪のショートカットが似合う優秀な弓使いでエルフ族の美少女、ミーリエル。


 ふわっとウェーブがかかった紺色髪に胸部に二つのメロンが実る知的な眼鏡美人の魔術師、マニーサ。


 みんな強く実力も高く優秀、そして身も心も綺麗で可愛らしい。


 彼女達は突如いなくなった勇者……僕を必死な表情で探してくれている。


 ……ごめんなさい。


 僕はもう二度と貴女達の前に現れることはない。


 そしてありがとう。


 みんなのおかげで、僕は大切なモノを取り戻すことができたのだから――。



「わかりました。では僕はこれで」


 言いながら、血塗れの鎧を脱いで聖剣を勇者に渡した。


 アルタは顔を顰め「うわっ、生臭せぇ!」と言いながら装備を身に着ける。

 僕は足早にその場から立ち去ろうとした。


「そういや偽物、お前の名前なんって言ったっけ?」


 不意に尋ねられ、僕は振り向かず足だけを止める。


「貴方が知る必要はない。偽物の勇者、それだけです」


「そっ。じゃあな~! ヒヒヒ、初夜が楽しみらぜ~、どいつも寝かせねーからな」


 卑猥に浅ましく笑う勇者アルタを背に、僕は魔王城から姿を消した。




 洞窟を出た僕は勇者に変装して被っていた特殊メイクを落とす。

 黒髪の素朴な素顔を晒した。

 特徴はない容貌だと自負している。だからこそ変装向きの顔だと思う。


 久しぶりに頬に風が当たる。

 勇者から不当に解雇されたのに妙な清々しさだ。


「――よし、ついでに『暗殺組織』も辞めて本当の自由になろう!」


 んんっと背筋を伸ばし、僕はそうすることに決める。


 自己紹介が遅れた。


 僕は、セティ。


 ラストネームはない。そもそも名前以外はボスから与えられていないからだ。


 一つ言えるのは、大陸中の裏社会で暗躍する『ハデス』という組織に所属し、その世界では「死神セティ」と恐れられる最強トップの暗殺者アサシンであること。


 ただそれだけだ。






**********



 セティが去り、装備を整えた勇者アルタはしれっと仲間であるパーティ達の前に現れた。


「お~い! みんな~っ、お待たせ~! うぃ~、魔王は手強かったぜ~い!」


「……其方は勇者殿か?」


 姫騎士のカリナは瞳を細めて聞く。


「そうだよ~ん! キミ達の婚約者である勇者、アルタ・フォン・ユウケイン様さ~。カワユイ、ハニー達ぃ」


「間違いないようね」


「ん? マニーサ、どういう意味?」


「……別に」


 魔術師マニーサは両腕を組みそっぽを向く。


 アルタは首を傾げながらも、マニーサの協調された豊な両胸を見て生唾を飲んだ。

 もうじき全員が自分のモノになる。寝屋が楽しみで堪らない。

 想像するだけでも下半身が疼き衝動と共に興奮を覚える。


「それで、アルタ様。もう一人のお方はどこにおられます?」


「ん? フィアラ、どういう意味だい?」


「もう一人の勇者様だよ! あたし達、みんな知ってるんだからね!」


 神官のフィアラに続き、エルフ族のミーリエルも厳しい口調で問い詰めてくる。


「もう一人の勇者ぁ!? 何言ってんの、キミ達! 勇者はこの俺、アルタ、一人だろ!?」


「見苦しいですな、勇者殿。今、ミーリが言ったではございませんか。我ら全員が存じてましたぞ……其方が度々もう一人のお方と成り代わっていたことを」


「特に戦闘中や後は私達の目を盗んで夜遊びする際ってところかしら? これまでの迷惑にならないよう黙っていただけよ」


「何言ってんだよ、カリナもマニーサも! 俺が偽物と成り代わっていたって証拠があるのか!?」


「たとえ身形は同じでも口調や漂う品格と雰囲気、聡明な知識に圧倒的な強さ、弱き者を守り仲間を労わる優しさ、それに純粋さ……全て、あの方とは異なります!」


「さっきマニーサが言った通りだよ! あたし達も魔王を斃すまで、このことは黙っていようって誓ったの! 早く彼に会わせてよ!」


 フィアラとミーリエルの言葉に、アルタは「うぐっ!」と口を閉ざす。

 全部バレていたのかよ……。

 今更ながら気づいた。


「それで勇者殿、あのお方は何処に?」


「……解雇しました。たった今」


「「「「はぁ!?」」」」


 婚約者達全員の目の色が変わる。


 これ、絶対にやばいやつ。

 彼女達の気性と戦闘力、その恐ろしさはアルタ自身もよく理解している。


 アルタは青ざめ、「ヒィィィ!」と悲鳴と共にその場で尻餅をついた。


「だ、だから、クビにしたんだよ! もうどっかに行ったよ、あんな偽物野郎ッ!」


「そう、わかったわ。それで、彼の名前と素性は?」


「知らない。闇市の『便利屋ギルド』から雇った奴だから……聞いてどうするんだよ、マニーサ?」


「決まっているじゃない。探すのよ、彼を……私達にとって本物の勇者はあんたなんかじゃない! 彼なのよ!」


「な、なんだって!? ふざけるな! 俺は神聖国グラーテカの王子で神託儀式を受けた正真正銘の勇者だぞ! お前らだって、その恩恵でここまでやってこれたんだろうが! なのに、あんな偽物を探すだとぉぉぉ!? 俺との婚約はどうするんだよぉぉぉ!!!?」


「「「「今限り貴方との婚約を解消します!」」」」


 いきなり突き付けられた婚約者達全員からの破談に、勇者アルタは絶句した。





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