13.ヒカリエ再生計画

「それでは、改めて私から提案があります」


新しく紅茶を淹れなおし、俺たちは顔を合わせるようにテーブルに座った。


「さっきから気合い入ってるけどさ、ルーねぇの自信満々な提案って怖いんだけど」


リリィがやや引きつった笑顔で言う。


そそっかしくて抜けていてる。

それが俺の中でのルージュさんの評価だ。

故に、リリィに意見には全面的に同意だ。


「そうですわ。でも今回は先に相談していただけるようですし、まだマシですわね」


マリンは苦笑を浮かべている。


マリンまでそう言うのなら、これまでもきっと振り回されてたんだろう。


もしかしたら、リリィやマリンの仕事に同行したのは、ルージュさんの思いつきだったのかもしれないな。


「…………」


ルナはいつもの眠たげな顔のまま、発言者に目を向けつつも無言で座っている。


ルナの考えてることが分かる。

こういうところで発言なんてしたくないよな。


「もう、茶化さないで」


ルージュさんが若干顔を赤くしながら、リリィ達をたしなめる。


「実はね……」


ルージュは気を取り直し、一度深く息を吸い込んでから口を開いた。


「あなたたちにはパーティーを組んでもらいたいの」

「パ、パーティー!?」


ルージュさんの一言に、リリィとマリンだけでなく、ルナまで驚いたような声を上げた。


「ええそうよ。『ヒカリエ再生計画』の第二段階よ」


ドヤっとキメ顔で語るルージュさんを見て、三人がものすごく不安そうな顔になる。


そんな空気を読めないらしいルージュさんは、ドヤ顔のまま話を続ける。


「第一段階はカフェを成功させ、復興資金を貯めること。これはこの町でカフェをオープンしてからの成果を見れば一目瞭然よね」


成果を知らない俺が「へー」と思っていると、他の三人はうんうんと頷いている。

どうやら業績はいいらしい。


「でもね、カフェに力を入れ過ぎて、私たちは今、大変な事態に陥っているわ。もう、気付いているわよね?」


真剣な顔でメンバーを見回すルージュさん。


「私たちはね……冒険者として認知されていないわ!」

「な、何だってー!?」


ルージュさんの言葉に驚愕する一同。


「や、約三年も冒険者として活動してたんだよ!?」と、驚き慌てるリリィ。

「わたくしは……さ、最近冒険者になったばかりですから」と、責任逃れしようとするマリン。

「私は有名なはず」と、現実逃避するルナ。


いや、気付いてなかったのか?

ルナたちの反応にこっちが驚きなんだが。

依頼クエストに行く度、「あんた冒険者だったの?」と、驚かれていたのを忘れたのか?


俺が絶句していると、ルージュさんが俺と同じく呆れた顔をした。


「まさか誰も気付いていなかったなんて……。でも、過ぎたことは仕方がないわ。この非常事態を打破するための、『ヒカリエ再生計画』を第二段階よ」


真面目な雰囲気のルージュさんを、俺たちは固唾をのんで見つめた。


「一人じゃ何もできないあなたたちがパーティーを組んで、四人力を合わせ、この町一番の冒険者パーティーとして有名になってほしいのよ!」


ルージュさんは椅子を蹴って立ち上がり、こちらへビシッと指をさしながら言い放った。


勢いに押され、一瞬たじろいだルナたちだが、すぐさま口を挟んだ。


「ぼ、冒険者として名を売るなら、今まで通りソロで数をこなした方がよくない?」

「わ、わたくしたちが抜けると、このお店が回りませんわ」

「わ、私たちでパーティーは現実的じゃない」


賛成者ゼロという事実にルージュさんは「え? 何で?」と狼狽ろうばいするも、キッと目に力を入れて反論した。


「で、でも、一人で受けられるような簡単な仕事を三年続けても、有名にはなれなかったでしょ?」

「ま、まぁそうだけど」


「マリンはお店にいてもカウンターしかできないでしょ?」

「うっ……それはそうですが」


「ろくに会話できないのに、他の冒険者に声をかけて臨時パーティーを組む方が現実的じゃないでしょ?」

「……それは無理」


次々と言い負かされ、リリィは悔しそうに、マリンは情けなさそうに、ルナは顔を青くして黙ってしまっている。


なんということだ。

口も弱そうなルージュさんが三人を言いくるめている。

これがリーダーの力か!?


俺が感心していると、ルナたちが助けを求めて俺を見てきた。


「え、えっと、ルージュさん、お店は、どうするんですか?」


「そうだよ! アタシたちがいないと人手が足りないよ」

「そうですわ! たとえカウンターしかできなくても、いないよりはマシですわ!」

「ルージュ一人じゃ無理」


俺の発言で、三人は水を得た魚のように息を吹き返した。


彼女らが言っている通り、人手が足りないと俺も思った。


マリンと一緒にカフェで仕事をするようになったから分かることなんだが、この店は最低でも三人は人手がいる。


「ホール」、「カウンター」、「キッチン」だ。

最悪、暇な時間はカウンターはいなくてもいい。


ルージュさん一人で注文を受けて、ルージュさん一人で調理して、ルージュさん一人で飲み物の用意をする。

客が一人ならいいが、さっき話していた通り、この店の業績は良い。

暇ではないのだ。


俺たち四人がごっそり抜けると、ルージュさんの負担が大きくなる……というか、営業は不可能だろう。


そう思っての発言だったのだが、ルージュさんはみんなの意見を聞いてニッコリと笑った。


「人手の確保は当てがあるからダイジョブよ。それに、私はあなたたちの姉、このクランのリーダーなのよ。お店のことは私に任せて、あなたたちは外の世界へ羽ばたきなさい」


トンと胸を軽く叩いて言うルージュさんに、ルナ達は目を潤ませた。


「ルーねぇ」「ルージュ、あなた」「……ルージュ」


感極まり、三人はルージュさんに抱きついた。


「ルーねぇ! ありがとう!」

「わたくしたちも頑張りますわ!」

「無理はしないで」


互いに涙しながら抱き合う四人を見て、こっちまで涙腺が緩む。

きっとこれまで、四人で頑張ってきたんだろうな。

これからは、俺も頑張らないと!


「ルージュさん……三人のことは任せて下さい」

「ふふ、ハルくん、ヨロシクね」


俺は決意を新たにして、グッと拳を握った。


「ちなみに、第三段階は、どうなってますか?」


ふと気になったから、一応聞いておく。


名前を売るにも、第三段階がどうなっているのかで、やり方も変わってくるだろう。


俺の問いに、ルージュさんは小首をかしげた。


「え? 決まってないわよ? 第二段階を考えたのだって、さっきお茶を淹れてる時だし」

「決まってないのかよ!?」


思わずガバッと立ち上がって愕然とする俺を見て、三人は肩をすくめる。


「当たり前じゃん、ルーねぇの行き当たりばったりを甘く見ないでよ」

「この店もルージュの思いつきで急遽始めたと聞いています」

「即断即決で向こう見ず」


そうか、そうだった。

ルージュさんはそそっかしくて抜けている。

俺たちが気を付けないとダメってことか。


言いたい放題言われて頬を膨らますお姉さんを見て、俺は今一度、頑張ろうと強く誓った。

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