吸血鬼まで来た

 駄々をこねるコエナがふと真顔になって上空を見た。何だと思い植上も大胆リフォームされた天井を見る。


 バサッと何かが降ってきた。人のようだが、コウモリのような大きい羽を背中に持っていた。


「な、何だ!?」


「ごきげんよう、人間さん。それにサキュバス」


「吸血鬼!?」


 その言葉に植上は驚く。背丈はコエナよりも低く、幼い印象だ。


 ムカつくが顔だけは良いコエナにも負けない美貌を持っている。


「マジかよ!! っていうか吸血鬼か何か知らないが、人のベッドに土足で乗るんじゃないよ!!」


「そーよそーよ!! 私とダーリンの愛を育む場所に!!」


「育まねーよ!!」


 ギャーギャー喚く二人をじっと吸血鬼は見ていた。一通り言い終わると植上とコエナは吸血鬼を見据える。


「お前達が静かになるまで二分かかったのじゃ」


「嫌なタイプの校長先生かよ……」


「あなた、何が目的!?」


 コエナに言われてクックックと吸血鬼は笑う。


「何、その人間の血を頂こうかと思ってのう」


 そう言われて植上はゴクリと生唾を飲む。自分の身の危険をひしひしと感じた。


「そんな事させないわ!!」


 だが、ちょっと待てよと植上は思う。若いこの子ならば……


 ワンチャン処女なんじゃね?


 そして、恩を売るチャンスなんじゃね?


「待て、コエナ。僕は困っている人……、いや吸血鬼を見過ごせない。死なない程度だったら血を分けてあげないこともない」


「ダーリン!!」


 コエナは振り返るが、吸血鬼は「ほほう」と笑った。


「殊勝な行いじゃの。特別に我の下僕にしてやっても良いぞ」


 だいぶ高飛車な態度だったが、ここは堪える。植上はトコトコと歩いて吸血鬼の元へと向かった。


「ところでお嬢さん。つかぬ事をお聞きしますが、恋愛経験はお有りで?」


 吸血鬼はベッドに座る植上の首筋を噛もうとしながら答える。


「恋愛? 孫が8人おるが?」





「やっちまえコエナ!!!!!!」


「イエス、マイダーリン!!!」


 コエナがチョップを御見舞すると、吸血鬼は「ふげぇ!!!」と言って倒れた。





「で、非処女ロリババア吸血鬼さん」


「我をそんな不名誉な名前で呼ぶな!! 我が名はシチケア・ナナケー!! 高貴なるナナケーの血を引くもの!!」


「あ、ナナケーって聞いたことあるかも」


 コエナが言うとシチケアは「そうだろう、そうだろう」と満足そうだった。


「そんで、その偉大なるシチケアさんが、こんな家に何の御用で?」


「なに、ほんの戯れじゃ」


「じゃあ今すぐ出ていって欲しいのですが……」


 植上の言葉にシチケアはバツが悪そうにする。


「えっと、その……。迷ってしまった上に腹が減ってしまってな……、輸血パックを落として……、その上、朝日まで昇ってきただろ?」


 それを聞いてコエナが言う。


「……徘徊老人だ」


「言うな!!」


 植上は吸血鬼の事をネットでしか見たことがないから詳しくはない。


 だが、確かに元から青白いのかもしれないが、顔色が悪い。


「吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるって本当ですか?」


 植上に聞かれるとシチケアは首を横に振る。


「そんなものは迷信じゃ」


「なら、ここで死なれても困るし、僕が死なない程度だったら血を吸っても良いですよ」


「ダーリン!!!」


 コエナは心配そうだったが、シチケアは植上を明るい顔して見つめ直した。


「ほ、本当か!?」


「まぁ……」


「じゃあ悪いが早速……」


 シチケアは植上の後ろから抱きついて首元に口を近づける。


「ダーリンの優しさに感謝することね!!」


 コエナはプンプンと怒りながら羨ましそうにそれを見ることしか出来なかった。


 血を吸われるというのに、植上は不思議と怖い感じはしなかった。後ろから抱きしめられている感覚が心地いい。柔らかいものも当たっている。これで処女でさえあれば……


「美味い血じゃ……」


「え、もう吸ってるんですか!?」


 痛みを覚悟していたが、全然それらしいものはなく、むしろ首筋がくすぐったくむず痒い感じであった。


「吸血鬼の催眠と、唾液の麻酔効果で痛みは無いはずじゃ」


 ゆっくりと血を吸いながらシチケアは解説を入れ、なるほどなと植上は納得した。


 数分時間が流れ、ベッタリと植上にくっついているシチケアにコエナの怒りが徐々に高まってきた。


「ねぇ、ちょっと吸い過ぎじゃない?」


「ふぅ、もう大丈夫じゃ。例を言うぞ……、そう言えばまだ名を聞いていなかったな」


 口元をハンカチで拭いながらシチケアが言った。


「植上です」


「そうか、植上、感謝するぞ」


 植上は首筋を触ってみる。唾液で薄く滲んだ血が手に付くだけで鮮血は出ていないのが不思議だ。


「止血はしておいたぞ」


 すげーな吸血鬼と思ったが、コエナが植上の元へやって来る。


「ダーリン、そればっちいから拭き拭きしましょうね!!」


「なっ、我はばっちくなどないのじゃ!!」


 植上は立ち上がろうとするが、フラッとしてベッドに座り直す。


「ダーリン大丈夫!?」


「いや、血を吸われたからだろう。大丈夫だ」


「すまんの植上。我が責任を持って回復まで面倒を見てやるから安心せい」


 シチケアは少し心配そうに植上の背中を擦っていた。


「やめて、泥棒猫!!!」


「僕がいつお前のものになった……」


「やー!!! ダーリンが名前で呼んでくれない!!」


 昨日までの日常は何だったのだろうか、今、家の中には2人のあやかしが、女が居る。だが、非処女だ。

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