第6話 施設案内
「では改めて、ツクヨミ機関総司令として君を歓迎するよ」
お世辞はいらないと言われておきながらも、総司令の形として再び言った雅楽川の言葉に、水城は何も申し立てなかった。
そしてそれを流すかのように若田の方に視線を向けた。
「こちらが事前に指定していた部隊の加入ですが、承諾してくれましたか?」
「…あっ、ああ。総本部で初めて結成される【特殊部隊「ヤタガラス」】への加入を認めよう」
―――特殊部隊「ヤタガラス」
ツクヨミ機関総本部で初めて結成される特別部隊であり、大型陰鬼の討伐や特殊任務をメインに活動する部隊。
部隊に配属していない隊員の中から厳選して集められた隊員の中に、水城はそこを志願していた。
部隊の監督責任を任せられてる若田が忖度なしで採用しており、誰も文句は言わなかった。
「すでに君の手配は済ませている。
隊長に任命した者に連絡をとって迎えを頼むけど、時間は指定するかい?」
「施設を少々見たいので、2時間後に来るように頼んでください」
「分かった。そう伝えておくよ」
「では、顔合わせも済ませましたので、俺は失礼させていただきます」
水城はその場を後にしようと席を立った。
彼が上層部と会おうとしたのは、単純に忠告であり、過激派への宣戦布告。
現に過激派の2人が雅楽川によって勢いを失っている中で、これがどのように動くかは分からないが、今の状態では下手に変な行動はできなくなったのは事実でもあった。
「―――南條隊員」
部屋を去ろうとする水城を雅楽川が呼び止めた。
水城も足を止めて振り返り、殺気とは違い殺意を出さずに雅楽川を見た。
「私にとってどちらも「悪」だと言ったが、君にとって「悪」とは何だと思う?」
雅楽川は「両方が悪」と自ら語った。
水城は「復讐」をするためにツクヨミ機関にいるが、彼は半陰鬼としての復讐なら理解できた。
雅楽川はここで疑問に思っていた。
彼にとっての「悪」は何を示すのか、と。
「…………」
雅楽川の意図が何となく分かった水城は本音を言うべきか考えたが、今のうちに言っておいて損はないと思い、自分の中の「悪」を雅楽川に教えた。
「俺にとっての「悪」は人の
それを飼い慣らせれず、私欲をむき出しにして他者から略奪し、外道に走る者を悪として俺は殺す。
―――悪を裁くのは正義じゃなくてもいい。人だろうと陰鬼だろうと、自由を奪うのなら俺は斬る……それだけだ」
「……そうか」
雅楽川の問いに答えた水城は今度こそ部屋を後にした。
清掃されて綺麗な廊下を歩き、エレベーターがある場所に向かっていると、わずかに顔を青くした氷代が立っていた。
様子がおかしいと分かった水城は声を掛けようとしたが、先に気付いた氷代が速足で迫ってきた。
「大丈夫だった…? いつもよりすごい殺伐とした空気が部屋から漏れ出していたけど……」
「問題ないですよ。ただ上に人間に対してちょっとばかし宣戦布告をしただけなので」
(それは大丈夫と言えるのだろうか…)
水城の返答に不安を感じた氷代だったが、本人が大丈夫と言ってるのなら問題ないのだと思い何も言わなかった。
それから水城は2時間後に迎えが来る事を伝えると、簡単に総本部を案内したいと言ってきた氷代の提案に乗って施設の案内が始まった。
「ここの最上階は主に上層部の仕事場。
司令塔と会議室が数部屋、さっきまでいた部屋は応接室よ」
「応接室にしては広すぎるようですが…」
「まぁそこは組織の中心だから、部屋も立派にさせたいの精神なんでしょうね」
「成程、要はただの見栄っ張りか」
何処となく棘のある言い方をした氷代に水城も納得し、エレベーターを使って下の階に向かった。
降りた先はオシャレな空間が広がっており、多くのソファーにテーブルがあれば、外を眺められるカウンターもあった。
「下の32~34階はラウンジになってて、それぞれの階に別の施設があるわ。
32階には売店、33階には大浴場、34階にはラウンジと隣接しているバーとS級の部隊隊室や個人隊室が配備されてるのよ」
「集合場所として集まるにはちょうどいいけど、密度が酷い事になりそうだな」
「私もたまに使う時があるけど、休日や夜とかが多いから、その時間帯はあまり来ない方がいいわよ」
周囲には用事が終わったのか、それとも非番なのか、年齢は問わずに多くの隊員で賑わっていた。
何度かチラチラと見ている者がいたが、そんなのに目もくれずその場を後にするように再びエレベーターに乗って次のエリアに向かった。
「29~31階は資料室だけど、中に入れる訳じゃないからここはカットね。
そこから下がそれぞれの階級の隊室。
13~16階はC級、17~26階はB級、27~28階はA級になってて、受付に申請すれば使用できるよ」
「随分と偏りがあるっていうか、部屋の数はそれで合ってるのか? A級の階が異様に少ない気もするけど…」
「A級は県外にも行動する場合があるから本部から離れた場所に住んでたりするのよ。九州でもそういった部隊がいたんじゃないの?」
「そういえば俺達の部隊も本部で暮らしてなかったな。
正式な部隊じゃなかったからそんな話はなかったし、解散する前と後も普通に住宅街の中で暮らしてたっけ」
過去を遡りながら今までの生活を思い出し、最初から普通と違っていたんだと認識しては知らされた普通のルールに水城は遠い目をしていた。
当たり前になれなかった。
それが入隊した時から始まっていたからこそ、これまで送ってきた生活が普通じゃなかった事を理解しても過去は過去でしかなかった。
(過去が全部暗かったって訳じゃなさそうね)
水城の過去に明るい話はないと思っていた氷代だったが、出てきたのは意外にも普通とは違った生活の話。
例えそれが全部じゃないにしても、嫌な思い出のように言わなかった水城にちょっと驚きながらも普通に暮らせていた事に安堵していた。
「それにしても総本部って言うだけでやっぱりデカいな。九州も結構デカかったけど、こっちは本部も神癒も比べ物にならんな」
「そりゃあ日本の中心都市でもあるし、何よりここはツクヨミ機関の中核。
より多くの隊員か来るんだし、日本中にいる隊員はここに来るのを憧れるのは同然だと思えば本部も医療施設も大きいのは理解できるんじゃない?」
「…確かにそうだけど、俺には憧れってのにピンと来ないですよ。
ただでさえ恨みしかない組織に憧憬なんて意味が分からないし、ここに来なくても地元の本部でやっていけるのですから」
「そんな事を言ってるのは君だけだよ…」
何気なく言ってる水城に呆れて言う氷代だったが、強く言えないのは半陰鬼だからこそでもあった。
それ以上の会話も続かず、2人は次々と施設を巡っていった。
2~3階にある仮眠室や図書室、4~5階に渡って2つのフロアにある巨大な食堂。
何もかもが水城にとっては規模の大きさの違いに驚いてはいたが、強い関心などはなく最後の案内場所へと向かって行った。
「最後はツキヨミ機関だけが持つ最強システム。
6~12階まである日本最大規模の仮想空間訓練場。
個人戦がでできるブースもあれば、仮想空間によって作られた陰鬼との戦闘ができる訓練場もある経験値稼ぎ置き場。
霊装開発部とツクヨミ機関に協力してくれてる陰鬼生態研究会「ワタリドリ」のトップ“名も無き社長”が協力しあって開発された仮想空間での戦闘訓練場よ」
「…「ワタリドリ」…“名も無き社長”か」
氷代から出たワードをポツリという水城。
視線の先にはブースを使用し、隊員同士で戦闘をしている様子が映ったモニターがあり、今まさに経験値を得ているのが伺えた。
周りには私服で来ている者もいれば、所属している部隊の隊服を着ている者もいたりと人それぞれだった。
いくつかの視線が2人に向けられるが、氷代ならまだしも、その場にいる隊員の年齢層が低かった事もあってか、水城を見ても誰なのか分かっていない隊員が大半だった。
「おーい水城、氷代さーん」
「あ、透真。それと緒方も」
そんな2人に声を掛けるように近付いて来たのは満面な笑みを浮かべた安土とげっそりしている緒方だった。
フラフラになりながら歩いている緒方は声を掛ける気力も見せず、必死に安土の歩幅に合わせているのが分かった。
「緒方くん、大丈夫?」
「…さっきまで安土と10戦していたんですけど、見事に惨敗しまして……心身ともに疲れ切っているだけです」
「あらあら、お疲れ様」
「透真の対人戦の勝率は俺と並ぶレベルだったからなぁ。そこいらのA級でも相手にならないと思うぜ」
「入隊した時から毎日のように個人戦をやってたからな。この程度で負けるようじゃあ【剣豪】の名が廃れるし、お前にも勝てないさ」
満足そうにしている安土と若干だが個人戦がトラウマになりかけてる緒方。
昔から知ってる水城にとっては簡単に負けないのは分かっていたからこそ、総本部でも通用するのは何となく予想できていた。
すると何を思ったのか、水城を見てニヤリと笑うとある提案を出した。
「そうだ水城、せっかくだし俺と一本勝負しねぇか?」
「は? 今からか?」
「当たり前だろ。ここにはお前を知らない隊員ばっかだし、今は過激派の邪魔が入る事はないはずだ。
それにお前も、俺がどこまで強くなったか試したいだろ?」
「……まぁ、確かにその通りだな!」
ここで初めて水城が笑った。
かつて部隊を組んでた親友との実力比べは、水城にとっては数少ない楽しみでもあった。
解散してからは東京と九州、それぞれが別の本部で活動していたが、強くなっているのは直感で理解していた。
今の実力は互いに知らない。
だからこそこの一本勝負は、お互いの実力をぶつけ合う機会でもあった。
「で、どうするんだ?」
「いいぜ、やってやるよ。2年間を無駄に生きてこなかったのかをお前に教えてやるよ!」
こうして始まろうとする安土と水城の一本勝負。
この勝負で彼等はその場にいた隊員の度肝を抜かす戦いを見せる事になる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ツクヨミ機関総本部の各フロア】
1階 エントランス,受付(事務所)
2~3階 仮眠室,図書室
4~5階 食堂
6~12階 仮想空間訓練場
13~16階 C級宿泊施設
17~26階 B級部隊室
27~28階 A級部隊室
29~31階 資料管理室
32階 ラウンジA,売店
33階 ラウンジB,大浴場
34階 ラウンジC&バー,S級部隊室&個室
35階 司令室,会議室(A,B,C,D,E),応接室
(渡り廊下 1,4,9階)
別棟 霊装開発棟 10階建て
【
若田の専属補佐をしていて、密かに“擁護派”の活動もしている人物。
入隊した際に若田を見てから一目惚れしてしまい、何時かは彼の横に立てるようになりたいと毎日奮闘して、願いを自ら叶えるほど好きであるが、未だ恋にまでは発展していない。
若田がいない時に甘い妄想をする事から、オペレーターの四人からは「笹月シュガータイム」と名付けられていて、本人はそれに気付いていない。
【
総本部司令塔の専属オペレーター1。
今の司令塔にいるオペレーターの中では一番早く着任していて、避難警告の指示を放送する役をメインに活動している。
家には動物のぬいぐるみがたくさん置いてあるほどの動物好き。
【
総本部司令塔の専属オペレーター2。
笹月とは幼馴染の関係で、良き友人としてツクヨミ機関に同時期に入隊して大学を出てからはお互いに司令塔に配属される。
笹月シュガータイムの一番の被害者で、他のオペレーターへの被害が大きくならないようにブラックコーヒーなどを渡して中和させたりと、何気に不憫な生活をしているが一度も笹月を嫌いになった事がない。
【
総本部司令塔の専属オペレーター3。
司令塔のオペレーターの中では浅く、普段から真面目な性格。
最近ソロキャンに興味を持ち始めている。
【
総本部司令塔の専属オペレーター4。
司令塔のムードメーカーで、気楽な雰囲気にさせるような口調を何時もしている。
実は司令塔で唯一彼女持ちで、今は遠距離恋愛をしている。
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