第24話

「やめてよ、姉さんっ!」


姉さんはお腹をひたすらかきむしる。

眼は見ひらかれて、うつろな様相を呈していた。


黒いワンピースの腹部分はすでに裂かれている。


「だって、だってっ! じゃあわたし……なんのために丹波と一緒にいるの!?」


突然叫びだす。

なんのために――そこまで深く考えたことはない。ただ姉弟だから一緒にいるんじゃないか?


「丹波とそういう関係になれないんだったら、生きてる意味ないじゃん!」


――生きている意味がない。


姉さんはそれほど本気で僕を想ってくれているということなのか。

もしかしたら姉さんには、僕が弟だという感覚がないのかもしれない。


僕は姉さんの頭を抱きかかえた。


「もっとわたしのこと知ってよ……」


ようやく姉さんの残酷な奇行がおさまる。

嗚咽をもらすひうち姉さん。


考えてみれば、姉と弟という関係性を問題視しているのは僕の方だけだ。

やはりひうち姉さんはこのことを気にしていない。だから僕に告白したんだろう。


だったら僕の方さえ気にしなければ――


「……わかった。じゃあ、付きあってみよう」


姉さんはハッと頭をあげて、僕から離れる。


「あり、がとう……ほんとに?」


どうせ実家を飛びだしたんだ。

地元の友だちとか、あらゆるものを失ったんだ。


べつにもうなんだっていいんじゃないか?


そう感じた。


「姉さん、着替えよう」


お互いに汗だくだ。


一応いまこの瞬間から、僕たちは恋人同士になった。

実感は湧かない――




カフェで着がえおわったあと、僕は買ってきた包帯を姉さんに巻いてあげた。


幸いにも大したケガではなかった。日常生活に支障をきたすことはなさそうだ。


ふたたび電車に乗る。


一瞬曇っていた天気。夕方に差しかかろうとしているいまは、回復した。


シートのいちばん端——ドア近くにすわる。手すりに左ひじをつきながら、ぼんやりと考えた。


――姉さんはもはや狂気の域に達した。


だけど、これからは恋人同士。


まだ実感が湧いたわけではないけど、これからは受けいれていかないといけない。


気づけば、車窓には大きな富士山が流れていた。


夕日で紫がかっている。


「——丹波。富士山、きれいだね」


自宅からも観ることはできた。


だけど間近でみるこの山は、形も色もなにもかもがいままで観てきたものと新鮮さに違いがあった。


姉さんが頭をあずけてくる。


「——今日からまた、よろしくね?」

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