第17話

「——わたし……みやま姉に勝った……えへへ……」


ホーム上。

僕はただ茫然と目の前のゴミ箱をながめていた。


うしろから姉さんの低い笑い声がかすかにきこえる。


「——ねえ丹波。……あのみやま姉だって、口と口同士でのキス……あんたとしたことないんじゃない?」


姉さんの方を振りむいた。

出発しだした列車が、ボブをなびかせる。


姉さんは両眼をギッと見ひらき、ただ半笑いの表情で僕をみつめていた。


餅のように白い顔も、手も足も。全く動かない。


列車の最後尾が視界の先から消えた瞬間、密閉空間に閉じこめられたような恐怖が心臓を手づかみにする。


「僕の初キスが……あんなことになるなんて……」


恐怖心から逃れたいあまりに、どうでもいいことを口走ってみた。


「初キス……だったんだ……? 」


さして口を動かすでもなく、姉さんがボソッとつぶやいた。

あい変わらず両眼を1.5倍ぐらい見ひらいたまま、表情を一切かえない。


すると突然姉さんは丸まるかのように、体育座りをはじめた。


「丹波……初キス……わたし……丹波くんと……。はじめて……丹波くんの……丹波くん……気持ちよかった、かな……」


地面に向かってひたすらつぶやく姉さん。

もう2・3分はまばたきをしていないんじゃないか。


姉さんの顔から眼をそらし、駅の外へと向かいはじめる。


「あっ――まって丹波、どこ行くの?」


ようやく姉さんが我にかえったらしい。


ホームから階段を下りる。

よろけてころげ落ちそうになった。

あわてて手すりにしがみつく。


「——ちょっと頭を冷やそう」


わずか20センチうしろを歩く姉さんに対していまできるコメントは、これしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る