第10話

――丹波、起きて


「ごめん、寝てた」


例の紳士が追ってきてるんじゃないかと心配しているうちに、居眠りしてしまっていたようだ。


熱海市に着くと、僕たちは一旦駅の外へ出た。


「みやま姉さん……」


ふとあの姉さんの名前が僕の声に漏れた。


「その名前、もう聞きたくない」


姉さんは静かな声でそう言うと僕の方へふり返り、突然満面の笑みを浮かべる。


「さあ、行こ?」


「うん……」


とりあえず何となく、お互い示しあわせるわけでもなく海の方向へとすすむ。


周囲をみわたす。

紳士の姿はみえない。


どこから僕を監視しているのだろうか。


10メートル先を歩いていた姉さんは立ちどまり、横にならぶ。

僕の手をにぎってきた。


「他の人がみてるよ」


「べつにいいじゃない」


すこし汗のにじむ姉さんの手に、若干の気持ちわるさを覚える。

姉さんの汗のせいか、手だけがひんやりと感じられた。


――だけど姉さんも僕も、おなじ母さんの腹にいたんだよな

――ということは、姉さんと僕の汗はおなじようなものなんだよな


そう考えると、姉さんと僕の手汗が融合することに安心感すら得られた。


それはそうと、僕たちはいま追われているかもしれない身だ。


――あの紳士、かならずどこからか僕たちをみてる。


空気のおいしいあざやかな街で、僕は静かに覚悟を決めた。

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