第17話 『白雪の集い』

 王都キルクスバーク第5区にある、薄暗い酒場。

 中年の女店主が切り盛りする店内では、昼間から飲んだくれの男たちがたむろしていた。

 カランカラン、とドアベルが鳴る。ヒールを鳴らして二人の女性が入って来た。燃えるような赤毛を結い上げた、端正な顔立ちの貴族風の美女。その後ろから背の高い銀髪の淑女が続く。

 この店に訳ありの女性が来ることは珍しくないが、その中でも雰囲気のある美女たちの登場に、男たちは口笛を吹いた。

 二人は男たちには目もくれず、女店主の居るカウンターに向かう。店主は煙草を燻らせたまま二人に視線を遣った。


「……いらっしゃい」

「「43番の秘密、1810年モノ」があるって聞いたのだけど」


 赤髪の美女が告げる。店主は眉を顰めた。赤毛の女性を不審げに眺めた後、俯きがちな背の高い淑女を見て、何かを納得したようだった。


「アンタは付き添い、こっちが本命って訳ね。良いよ。この扉の奥にある」


 店主はカウンターの後ろの扉を示す。


「行っておいで」


 二人は顔を見合わせ、扉に手を掛けた。




 扉の奥は地下へと続く階段であった。店主はついて来ないようで、二人は壁に掛けられた明かりを頼りに階下へと足を進める。


「……何故私は付き添いなんだ?」

 赤髪の美女──スカーレットは不満げに呟いた。

 連れ合いの淑女──セスは声を潜めて返す。


「恐らく……あなたは、こういう集会に来るには健康的すぎるのでは……」

「どういうことだ?」

「集会の主が『魔女』なんて呼ばれている集団です。何かしら問題を抱えた人が集まっている筈」


 スカーレットは唇を尖らせた。それではまるで悩みがなさそうと言われているようなのだが。


「精神の健やかさが容に現れているのは、良いことですよ」

「うん。直球で褒められると照れてしまうな」


 階段が終わり、一枚の扉がある。二人は視線を合わせてドアノブに手を掛けた。

 扉が開く。

 そこは小さなホールのようだった。既に女性たちが集っており、新たに入って来たセスとスカーレットに視線を向ける。

 うっ、と思わずスカーレットは身じろいだ。

 こちらに向けられた女たちの顔は、確かに病的と言えた。落ちくぼんだ瞳から視線を向けられ、背中に汗が伝う。

 不意に後ろをついてきていたセスが隣に立った。よろめくようにスカーレットに寄りかかる。思わずスカーレットは彼の腰に手を添えた。

 セスは声を潜めてスカーレットに耳打ちした。


「大丈夫です。こうしていれば、ちゃんと友人に付き添う優しい女性として、ここに居ても違和感がないはずです」

「……ああ」


 セスを気遣う風を装いながら、集まっている女性たちを観察する。

 年齢も身なりもそれぞれで、彼女たちに共通点はあまり無いように思われた。ただ、一様に表情が暗い。

 暫くすると会場が大きくざわめいた。黒いローブの老婆が入って来た。いかにもお伽話の魔女のようないで立ちである。


「魔女さま……」


 誰かが呟いた。続くように女性たちが口々に魔女さま、と呼ぶ。老婆は全体を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。


「私の哀れな娘たち」


 枯れた声だった。だが、どこかすんなりと聞こえてくる。朗々と、染み入る声音で女性たちに語り掛ける。


「傷ついた隣人を憐れみなさい。痛みを分かち合いなさい。親切を分け与えなさい。分け与えた者にのみ、真実に与えられるのだから」


 びくり、とスカーレットの隣でセスが身を固くした。彼の顔を見上げると、食い入るように老女を見ている。

 スカーレットは思わずセスを支える腕に力を込めた。気付いたセスがスカーレットを見る。

 セスは大丈夫だ、と示すように頷く。

 老婆の話は続き、「それでも、」と語調を変えた。


「それでも、世界があなたを傷つけるのなら……あなたを癒すために、私が分け与えましょう」


 老女はそう言うと女性たちの間へ足を進めた。一歩、一歩と彼女たちの顔を見ながら進んでいく。そしてスカーレットたちの前まで来ると、足を止めた。

 スカーレットの顔を見、そしてセスの顔をじっと見つめる。スカーレットはそれまでと違う意味で緊張した。


(も、もしかして女装がバレたか……!?)


 危うんだ二人だったが、老女は暫くしてセスから視線を外した。

 そして一人の女性の前で立ち止まる。

 ひっつめ髪のそばかすの女性だった。彼女もまた、暗く落ち込んだ顔をしている。老婆は皺枯れた手を差し出した。


「話してごらんなさい。あなたの悲しみを。私たちで分かち合いましょう」


 女性は老婆の言葉に瞳を潤ませた。言葉を途切れさせながら語りだす。


「……私は、長年、夫を支え続けてきました。どんな態度をされても、どんな言葉を受けても……! それなのに、夫は、あの男は……」


 女性の言葉に、徐々に憎しみの色が宿る。


「職場で若い女と逢引していたんです! 私が家でひとり、彼の食事を作っている時に!」


 彼女は泣いてそれ以上言葉にできないようだった。周囲の女性たちがすすり泣く。老婆は慰めるように彼女の肩を抱いた。

 おもむろに、老婆は懐から小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。


「!」


 スカーレットは身を乗り出す。


「これをお使いなさい」

「魔女さま……!」


 老婆は女性に小瓶を握らせる。そして、固唾を呑んで見守っていた女性たちの顔を見回す。


「慰め合いなさい。そして本当に必要な時が来たら、あなた達にも授けましょう」




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