第144話 バトンタッチ

 アリアの半身がちぎれ飛んだ。本来なら即死レベルの重傷であるが。アナザー・ミカエルはそれで終わったと考え、カイツの方に警戒心を向ける。


「大丈夫だよカイツ。私はこんなので死なない!」


 アリアはそう言って自分の腕に傷を入れた。すると、ちぎれたはずの体は何も無かったかのように元に戻った。


「治った!? 一体どうやって」


 カイツはどうやって治したのか理解できなかったが、アナザー・ミカエルはそれを理解できた。


「なるほど。自分の体がちぎれ飛んだ過去を破壊したか。面白い方法じゃが、多用出来るわけでもあるまい。リスクも大きいじゃろうからな」

「ご明察。過去を破壊された物の存在は不安定になる。だから多用すれば死ぬ危険もある。けど、さっきのダメージはリスクとか気にしてる暇がないくらいにでかいダメージだったからね。何をしたんだ?」

「こんなことをしたんじゃよ」


 アナザー・ミカエルが指を鳴らすと、腕の一部に魔法陣が展開され、その魔法陣から下が消えてしまった。消えた部分は彼女の頭上にある魔法陣から出現していた。


「転送魔術か」

「正解じゃ。距離は短いという制限はあるが、妾は色んな物を転送できる。それは剣も同じ」

「なるほど。その魔術で刃の部分を転送して私の腹を貫いたわけか。てことは、私は常に死角から攻撃されるか警戒しないといけないわけか」

「理解が早くて助かるのお」

「にしても、炎に水、風、更には転送魔術か。どんだけ魔術使えるんだよ。2つ使えるだけでも相当珍しいのに」

「妾は四大天使じゃぞ。お前らの価値観で物事を測るのが間違っとるんじゃよ」

「ふーん。四大天使ってのは凄いね。でも気になることがあるんだよ。なんであんた、六聖天の力を使わないの?」


 それを聞いた瞬間、アナザー・ミカエルの表情が一瞬だけ引き攣ったのを、アリアは見逃さなかった。


「あれは自身の身体能力を底上げすることが出来る。普通に考えれば真っ先に使うべきもの。誰だってそうする。私もそうする。それをしないのは、舐めプしてるから? それとも、使えない事情があるとか?」

「……それをわざわざ教えると思うか? 知りたいなら自分でたどり着いてみせい!」


 彼女は一瞬だけカイツを見た後、一気に接近して斬りかかろうとする。


「獣王剣・天!」


 アリアが巨大な斬撃を繰り出すも、それは剣で斬られてしまった。


「この程度は効かぬと言ったはずじゃ!」

「それはどうかな!」


 斬られた斬撃が通り過ぎようとした瞬間、斬撃がもとに戻り、アナザー・ミカエルの体を深く切り裂いた。


「ぐう!?」

「私が過去をいじれるのは、生物だけじゃないんだよ。さらにプレゼント!」


 アリアの魔術、過去破壊メモリー・ブレイクにより、アナザーミカエルの過去が30年破壊されてしまった。そのせいで意識が朦朧として体のバランスを崩す。それだけでなく、体が少し薄くなっていた。


「くそ。厄介じゃのお。その魔術」

「これで終わりだ!」


 怯んだ隙を狙おうとすると、アリアは嫌な気配を感じてその場を離れた。その直後、彼女がいた床から白い剣が飛び出した。


「惜しい。あと少しだったんじゃが」

「過去を破壊されたのにすぐ動くとは。ほんと、油断も隙もないね」

「まだまだ行くぞ!」


 アナザー・ミカエルが指を鳴らすと、アリアの周囲を何百に近い小さな水玉が覆う。


「今更こんなの!」

「お主が想定するのはどんなのじゃ?」


 全ての水玉が小さな槍へと変化し、一斉に襲い掛かってきた。


「想定した通り。こんなのは効かないんだよ。獣王剣・りゅう!」


 アリアが腕に魔力を込めて1回転すると、竜巻が守るように覆い、水の槍を全て弾いた。


「やるのお。じゃがその程度では、妾の魔術は防げんぞ」


 アナザー・ミカエルがそう言うと、弾かれた水の槍が突然消えた。


「まずい!」


 アリアは相手が何をするかすぐに見抜き、そこから離れるが。


「遅いわ!」


 それは間に合わず、彼女の体や頭を何百もの水の槍が指し貫いた。


「終わりじゃ」

「まだ……まだ終わらない!」


 彼女はかろうじて動く腕で自分の体を傷つける。槍に貫かれた過去を破壊し、体は無傷の状態となった。


「はあ……はあ……くそが」

「しぶといのお。ならばこれでどうじゃ?」


 彼女が腕を振ると、アリアの足元に赤い魔法陣が現れる。その直後、巨大な炎がアリアを包みこんで天高く舞い上がる。炎は城の天井も焼いて溶かし、周辺の床も解けるほどの高温だった。


「なんつう炎だ。遠くにいるってのに、熱で喉をやられそうだ」


 カイツはアリアの迷惑にならないよう遠くに離れていたが、それでも炎が噴き出す熱で体が焼けそうになっていた。


「さて。神獣といえど、この炎をくらえばひとたまりもないはずじゃが」


 アナザー・ミカエルがそうつぶやいた瞬間、アリアが後ろから現れ、喉を引き裂こうとする。


「ま、これぐらいは避けるよな」


 彼女はその攻撃をすでに予測しており、剣で腕を切り裂こうとする。アリアは魔力を腕に集中させて防御するも、紙でも斬るかのように腕を落とされてしまった。


「ぐ!?」

「プレゼントじゃ」


 アナザー・ミカエルが指を鳴らすと、斬られた断面が爆発し、アリアの体を抉り、焼き尽くす。


「があ!? この程度で!」


 彼女は自身の体に傷を入れ、焼き尽くされた過去も腕を落とされた過去も破壊して無傷の状態に戻る。


「見事じゃのお。これはどうじゃ?」


 アナザー・ミカエルは何度も斬りかかり、アリアはその攻撃を避けていく。どんな手段を使っても防御出来ない以上、回避に専念するしかなかった。


「流石に早いの。じゃが目が慣れて来た。体も温まてきたわ!」


 突如繰り出される超高速剣術。そのスピードは先ほどとは比較にならないほどに速くなっており、アリアは一瞬で四肢と首を切り落とされ、全身をバラバラに斬り落とされた。


「獣王剣・華……じゃったかの? 便利そうな技だから、真似してみたんじゃよ。見よう見まねにしては、結構うまいじゃろ。これだけバラバラにすれば、いくらお主でも」

「まだだ……私は負けられないんだよ!」


 自身の舌に牙で傷を入れ、四肢と首を切り落とされた過去を破壊し、再び五体満足の状態に戻る。


「獣王剣・くさび!」


 ボールを投げるように、彼女は腕を振り下ろした。一見無意味な行動に見えるが、アナザー・ミカエルはアリアの腕から透明の針のようなものが8本放たれたのをしっかりと視ていた。


「ちっ」


 即座に後ろに跳んで回避するも、ほぼ零距離で放たれたその攻撃を避けきることは出来ず、何本か足に刺さってしまった。


「壊れろ!」


 アナザー・ミカエルの過去が28年破壊され、意識が朦朧としていく。それだけでなく、右腕が霧のようになってしまい、幽霊のように床や物を透過するようになってしまった。その隙を逃さず、アリアが攻撃を仕掛ける。


「獣王剣・天!」


 腕を振り、巨大な斬撃が飛んでいく。攻撃が当たるかと思われた瞬間、アナザー・ミカエルの足元に白い魔法陣が現れ、姿が消えてしまった。


「! そこか」


 アリアは背後に転送してくることを察知し、振り返って攻撃しようとする。しかし。


「流石は神獣。じゃが遅いわ」


 攻撃が当たる前にアリアの腕が斬り落とされてしまった。


「うぐ!?」

「終わりじゃ」


 アナザー・ミカエルが指を鳴らすと、アリアの足元に赤い魔法陣が現れ、灼熱の炎が彼女を焼き尽くす。炎が消えると、体中を焼き尽くされた彼女は膝を付く。立ち上がる力どころか、腕を動かす力さえ残っていなかった。


「はあ……はあ……私は、まだ」

「よう頑張ったのお。妾をここまで追い詰めたのは、お主が初めてじゃ。右腕は使い物にならなくなったし、意識がまだ朦朧としとるよ」


 アナザー・ミカエルの視界は霧がかかったようになっており、景色やアリアの姿が見えづらくなっていた。


「じゃが、お主ももう限界じゃろ。即死級のダメージを何度も負い、そのたびに過去を破壊して無理矢理なかったことにした。しかし、それをすることの代償は大きいはずじゃし、ダメージも消えておらんだろ。動きも鈍くなっとるし、もう終わりじゃ」


 彼女はアリアの首に剣を突き立てる。


「さらばじゃ」


 アリアの首が斬られそうになった寸前。


「悪いが、そやつを殺されては困るんじゃよ!」


 ゴーレムたちを相手していたミカエルが剣を弾き飛ばした。


「貴様!」

「久しぶりじゃのお。我が半身よ」


 ミカエルはアナザー・ミカエルを首を蹴り飛ばした。その後、アリアを抱えてカイツの元へ行った。


「ちっ……ババアが余計な真似しやがって」

「ふん。本当に可愛げのない奴じゃのお。にしても、これは大変なことになっとるな」


 彼女は城の酷い惨状を見ながらそう言った。いつの間にか城はあちこち穴だらけで滅茶苦茶になっており、酷いことになっていた。


「アリア、大丈夫か?」

「大丈夫。けど、ごめんカイツ。悔しいけど……あのアナザーババアは私じゃ倒せないかもしれない」

「おいおいそれどうするんじゃ。お主で勝てないなら妾でもどうにもならんぞ。パワーはあっちの方が上じゃし」

「けど、勝つ方法が無いわけじゃない」

「? どういうことだ」

「なんでか知らないけど、あのアナザー・ババアはカイツを怖がってる。やたらと警戒してるし、カイツが攻撃を当てれば何とかなるかも」

「なるほど。でも、なんで俺を警戒してるんだ。ミカエルはなんでか分かるか?」

「推測は出来るが、当たっとるかどうかはやってみないと分からんの」

「そうか……まあ何にしても、試してみる価値はありそうだ」

「問題はどうやって当てるかだよね。カイツ、六聖天はどこまで使える?」

「第1開放も無理だが、出来るようにする方法を思いついた」


 カイツは自信満々にそう言うが、アリアとミカエルは彼の考えがわかったのか、彼を睨みつける。


「カイツ。それはおすすめしないよ。過去に受けたダメージとかを無かったことにすれば、体に大きな負担がかかる。体を騙してるみたいなものだからね。死にかけの患者にアドレナリンぶちこんで無理矢理動かすようなものだし、ほぼ確実に死ぬよ?」

「アリアの言う通りじゃ。今のお主は既に限界が来ておる。これ以上無茶をすれば碌な事にならんぞ」

「あいつを説得出来ないんじゃ、結局どこかで死ぬし、俺の目的は果たせない。やるしかないんだよ。頼む!」


 彼女は彼の強い眼差しに見つめられ、どうするべきか悩んでいた。


「頼む! ここで戦えなかったら、俺はただの口だけの雑魚にしかなれない。今やるしかないんだ!」

「……はあ。分かった。どうせ私はもう戦えないし、後は頼むよ。ババアも文句はないよね?」

「……うむ。妾ももう反対はせぬ。何とかカイツが死なないように頑張るとするかの」


 彼女は彼の頬に顔を近づけ、舌で傷を付けた。そして捕まえるかのように肩を掴み、そのまま頬を舐め続ける。


「もうちょっと良い方法無いのか」

「これが一番良いんだよ。特定の期間の過去を探して破壊するには、こうして接触し続けないといけないからね。さあ、覚悟を決めてよ!」


 彼は自分の体から疲労感や重みが無くなるのが分かった。しかし、それと同時に激しい頭痛が襲いかかり、意識が朦朧とする。

 アリアが破壊した過去は彼六聖天の第3開放を使用し、体に異常をきたしたという過去である。それを破壊するということは、カイツが今まで受けていたダメージをリセットして体を元に戻すということだ。その急激な変化は彼の体を更に苦しめる。


「なるほど……これは辛いな」


 意識が朦朧し、心臓が止まったかのような感覚に襲われる。


「カイツ」


 アリアが心配そうにして手を伸ばすと、彼はその手を力強く握った。


「……大丈夫だ。この程度で俺は死なねえよ」


 今にも意識が落ちてしまいそうだったが、彼はそれを隠して元気そうに振る舞って立ち上がる。


「じゃあ行ってくるよ。ミカエルの半身に挨拶してくる。お前のおかげで助かった。ありがとう」


 彼はアリアに抱き着き、頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を閉じ、尻尾をぶんぶんと動かした。


「絶対に死なないでね。死んだらあの世でもう1回殺すから」

「心配するな。こんなところで俺は死なねえよ」


 彼はそう言ってミカエルと共に歩いていく。


「行くぞ。ミカエル」

「全く。お主もだいぶ無茶するのお。呆れてもうたわ。妾がおらんかったら何度死んどることやら」

「ははは、確かにそうだな。いつもありがとうな、ミカエル」

「さっさと妾の半身を取り戻すぞ。こんなところで時間は取ってられぬ」

「分かってるよ。ちゃちゃっと終わらせる」


 彼女は紫色の玉になり、彼の懐に入っていく。


「もう大丈夫なんだろ? さっさと出て来いよ」


 彼がそう言うと、めりこまれた壁からアナザー・ミカエルが現れた。


「わざわざ待ってくれたんだな。てっきりすぐ殺しに来るかと思ったが」

「別に急いで攻撃する理由もないし、殺す理由もないからの。妾は意味のない殺しが一番嫌いなんじゃよ。で、神獣の次はお主が相手か?」

「ああ。何としてでもお前を貰う。俺の目的を果たすためにもな」

「妾は弱者についていくつもりはない。妾が欲しいなら、力を示すが良い」

「見せてやるよ。俺の、俺たちの力を。行くぞ!」

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