第30話 偽熾天使

 俺はリナーテに連れられて、どこかに向かっていた。ちらほらとどこかに行く他の団員も見え、みんなが切羽詰まった顔をしていた。


「おいリナーテ! 一体何がどうなってんだ。ちゃんと説明しろ!」

「任務よ。偽熾天使フラウド・セラフィムが大暴れしてるから、止めに行くの」

「そのフラウド・セラフィムってなんなんだ」

「最近出没してる謎の化け物。生態、体の構造、中身が一切不明の謎に包まれた存在。唯一分かってるのは、人を襲うことが大好きってこと」


 それはまた恐ろしい化け物だな。パーティー組んでた時も、騎士団してる時も、人を襲う魔物多かったけど、魔物はどんだけ人を襲うのが大好きなんだよ。いくらなんでも怖すぎるだろ。


「随分と恐ろしい奴がいるんだな。にしても、市民の姿が全然見えないけど、避難したのか?」

「避難してる奴もいれば、建物内に引き籠もってる奴もいる」

「だとしても、市民がいなさすぎだろ。どんだけ行動が早いんだよ」

「そりゃ早くなるよ。あんな化け物が出てくるんだから」


 そこまでなのか。どうやら今回の相手は、相当やばい相手みたいだ。彼女に手を引っ張られながら町中を走り続けてると、いきなり壁が破壊され、破片や煙が前を横切った。


「いきなりなんー!? なんだ。このおぞましい気配は」

「現れたね。気をつけて。奴らは強いわよ」


 煙の中から現れたのは、真っ白な体の奇妙な人型の化け物だった。両腕のひじの部分は球体になっており、おでこに目が出来ている。体は真っ赤に濡れており、見た目が普通じゃない。奴がこんなに近くに来るまで、気配に気付けなかった。まるで、突然ここに現れたような。そして、最も異常なのは。


「何食ってんだ……お前」


 奴は人の頭を食っていた。ムシャムシャと肉や骨を食い散らかしており、今まで見たどんな化け物よりも異常に見える。


「!? あれは」 


 奴がぶち抜いた穴の先。そこには体の一部が無くなった屍が無数に横たわっていた。


「リナーテ。こいつ」

「うん。とんでもなくやばいやつだよ。はっきり言って、この世にいちゃいけないレベルの化け物。だから、絶対に殺さないといけない」


 俺たちが構えると、奴は食っていた顔を投げ捨て、俺達の方を振り向く。


「Aaaaaaaaa!!」


 奴は奇声を発しながらこっちに襲いかかってくる。俺とリナーテはその突進を躱し、俺が奴の腹に蹴りを入れてぶっ飛ばした。その攻撃はもろに入り、奴はゴロゴロと地面を転がって行った。しかし、奴は即座に立ち上がり、体についた土埃をパンパンと叩いて払った。


「頑丈だな。割と強めに蹴ったはずなのに、ダメージが無いとは」

「気をつけて。奴は攻撃力と耐久力は異常だから。アタックコマンド、7d58!」


 彼女が詠唱すると、赤い魔法陣が彼女の前に現れた。


「大当たり。フレアブラスト!」


 赤い魔法陣から巨大な炎の塊が奴に向かって放たれる。奴は避ける暇すらなくもろに喰らい、爆炎が奴を包み、衝撃波がこっちに来る。


「相変わらず派手だな。乱数魔術ランダム・マジックだっけ?」

「イエス。よく覚えていたね。嬉しい嬉しい」

「こんだけ特徴的な力は、忘れようもねえよ」


 乱数魔術。コマンド詠唱によって様々な力、というより魔術を使うことが出来るというもの。環境、彼女の体調、声の強弱、音程、そして彼女の頭の中にふと浮かんだ言葉、これらの組み合わせにより、様々な魔術を使うことが出来る。だが、あまりにも複雑な組み合わせ故に、狙った魔術を使うことや同じ魔術を連続して使うことは不可能と言われている。彼女曰く、あまりにも運任せすぎる欠陥能力らしい。


「だが、これで奴を倒せてー!」


 倒せてはいなかった。多少の焦げや火傷の痕はあるものの、奴はまだピンピンしている。どんだけ頑丈なんだよ。


「はあ。相変わらずの頑丈さ。嫌になるね」


 確かに、こんなのと毎回戦ってたら、嫌になる気持ちも理解出来る。


「Aaaaaaaaaaa!!」


 奴は奇声を発しながら、手元に武器を出現させた。片方を平らで、反対側は鋭利な爪の形をした真っ白な戦鎚であり、奴の背丈と同じくらいの大きさだった。


「Aaaaaaaa!!!」

「カイツ! 来るよ」

「分かってる!」


 奴はこっちに接近し、大きな戦鎚を振り下ろしてくる。攻撃自体は単純であり、俺はそれを簡単に躱した。その後も横、上、斜め上、様々な方向から攻撃してくる。まともに喰らえばひとたまりも無さそうだが、スピードは遅い上に単調なので、簡単に避けられる。奴が横向きに振り抜く戦鎚を飛んで躱し、刀の柄に手を乗せる。


「剣舞・紅龍一閃!」


 やつの首めがけて居合斬りで切り裂くも、少し刃が食い込んだ程度で、首を切り落とすことは出来なかった。


「くっ。ほんとに頑丈だな」


 俺は後ろに下がると、奴は俺を追いかけようとする。


「アタックコマンド、52gy!」


 リナーテが詠唱すると、奴の頭上に青い魔法陣が現れた。


「そこそこ当たりだね。レインショット!」


 魔法陣から青い光弾が雨のように降り注ぐ。奴の動きを抑えることは出来たが、あまりダメージは入ってないようだ。


「もう、ほんっとに頑丈ね。なら、アタックコマンド、582x!」


 怯んだ奴の前に、緑色の魔法陣が現れた。


「まあまあ当たり。ウインドブレイク!」


 魔法陣から竜巻が飛び出し、奴を空高くふっ飛ばしていった。


「落ちたときに死んでくれたら良いんだけど。にしてもカイツ。もしかしてだけど、今のあんたって、六聖天の力を使えないの?」

「ああ。ちょっと色々あってな。今は全く使えない」

「えええええ。それどうするの。あんたの力当てにしてたのにさあ」

「人の力を当てにするなよ。それに心配しなくても、あんな奴は速攻で片付ける」

「どうやって倒すの?」


 どうやってか。メリナと戦った時のような不意打ちは効かないだろうし、仮に効いたとしても、そこまでのダメージにはならないだろう。今の俺では、単純に火力が足りないから。


「……リナーテが頑張ってダメージ与えて……んで、倒す」

「具体性が無さすぎる。でもそれしかないか」


 話をしていると、奴が地面に落ち、土煙が舞う。


「Aaa。Aaaaa!」


 まだ立ち上がるか。だが、立ち方がおかしくなってるし、足が震えてる。あともう少しで行けるはずだ。


「さてと。じゃあ行くよ! アタックコマンド、kq2y!」


 彼女の前に緑色の魔法陣が現れる。


「そこそこ当たり。エアシュート!」


 魔法陣から空気の砲弾が放たれる。しかし、奴はそれを横に避けて躱し、こっちに襲いかかってくる。


「カイツ!」

「分かってる!」


 俺は刀で奴の戦鎚を受け止めた。


「Aaaaaa!!!!」


 奴は無闇矢鱈に戦鎚を振り回すが、受け止めるのも躱すのも容易だ。


「Aaaaaaaaa!!!!」


 奴は怒りに任せ、上から振り下ろそうとしてくる。


「剣舞・龍刃百華!」


 横一閃に剣を振り抜く。その直後、無数の斬撃が奴を襲う。しかし、深く切り裂くことまではできず、表面を少し斬れ、奴が怯んだ程度だ。だがそれで十分だ。


「リナーテ!」

「分かってる。良いの来てよね。アタックコマンド、dw09!」


 彼女の詠唱で、奴の頭上に黒い魔法陣が現れた。


「やった! 大当たり。デス・ニードル!」


 魔法陣から黒く大きな針が何本も飛び出し、奴の体に突き刺さる。


「Aaa……aaa」


 声も弱々しいし、今にも倒れそうな感じだ。あれだけ貫かれたんだし、流石にもう。


「Aaaaaaaaaa!!!!」


 終わったと思いきや、奴は大声をあげ、リナーテの方に向かった。リナーテは突然の行動に驚いており、あれでは避ける暇がない。


「させるかあ!」


 俺は奴の首に刀を振り抜く。しかし、魔力を込めても奴の首を斬り落とすまではいかず、途中で止まってしまった。


「Aaa……Aaaaa!!」


 奴はこらえるように声をあげ、俺の刀を掴む。力が強く、徐々に押し戻されていった。


「くそ。このままじゃ」


 刀が首から離れてしまう。そう考えた瞬間。


「カイツ。ちょっと我慢してよ! アタックコマンド、v614!」


 彼女の詠唱で、俺と奴の頭上に白色の魔法陣が現れる。


「カイツ。備えて! ホーリーブラスト!」


 魔法陣から光の柱が飛び出し、俺たちを包む。光はその体を焼き尽くすように輝き、肉体が焼けていく。しかし、それは奴も同じようで、肉体が焦げ、抵抗する力も弱くなっている。それだけでなく、刀がさっきよりも食い込みやすくなっていた。


「うおおおおおおおお!!!」


 俺は渾身の力を振り絞って刀を振り、奴の首を切り落とした。それとほぼ同時に光の柱が消え、肉体が焼かれていくのも止まった。


「えーと……ごめんねカイツ。けど、あの時はこれぐらいしか方法がなくて」

「謝るなよ。むしろ助かったよ。ありがとう」

「あらま。恨み言の1つや2つは言われると思ったのに。俺の体を傷つけやがってーみたいな」

「リナーテの能力が狙った攻撃を出せないのは知ってるし、こうなるのは仕方ないことだ。誰も悪くない。それに、リナーテが助けてくれたから、あいつを倒すことができた。お礼を言うことはあれど、恨み言を言うってのはありえねえよ」


 そう言うと、彼女は少しばかり顔を赤らめ、そっぽを向いた。


「たく。ほんとやりにくいなあ。そういうとこがあるから好きになったんだけどさ」

「? 何か言ったか?」

「なんでもない! それより、さっさと行くよ。偽熾天使フラウド・セラフィムはまだあちこちにいるんだから」

「分かった。行こう!」


 俺たちは次の偽熾天使フラウド・セラフィムを倒すため、その場を走り去っていく。人間を食い殺す化け物。これ以上、アイツラの好きにはさせない。必ず止めてやる。








 カイツたちから遠く離れた建物の屋上。そこでは、フードを被った小さな人が、カイツたちが偽熾天使フラウド・セラフィムと戦い、勝利する所を見ていた。


「へえ。これは予想外なのだ。まさかあいつが来ているとは。今日もお遊びで済ませる予定だったけど、気が変わったのだ。今日は本気でやってやるのだ」


 その者が指を鳴らすと、なにもないはずの空間が、水面に波打つように歪み、そこからアレウスが現れ、その者に膝をつく。目から生気が消えており、とても生きているように見えなかった。


「あの白髪の少年を捕まえるのだ。難しかったら殺しても良いのだ。蘇生させる方法なんていくらでもあるのだし」

「分かり……ました」


 彼はうわ言のようにそう言った後、カイツたちのもとへ飛んでいった。


「さてと。お手並み拝見と行くのだ。カイツ・ケラウノス」

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