彼女の彼

 化け物を塵もなく倒したあと、俺は彼女を姫のように抱える。即、江戸の町へと飛んで連れていった。俺が光の柱を出した場面で、彼女はまた眠ってしまったらしい。彼女の体は透けてきている。幽体を保てなくなっているのだ。

 もう、別れが近い。

 花火が手頃な見所で止まる。ちょうど良い機会で彼女は目覚めた。


 よかった、間に合った。ほっとすると口許が自然に緩まる。



「起きた?」



 視線が合わない。けど、俺の顔を見てやっと焦点しょうてんを合わせた。


「……直文さん。化け物は……」

「倒したよ。村に貯まってた邪気も一気に浄化しちゃった」


 痛ぶった後、とどめを刺した。ついでに、頓与殺とみよさつの村の辺りを浄化した。


「……容赦ない、です」

「自分でもやり過ぎたと思う」


 彼女にも言われたが自覚はある。すると、彼女は不安げに聞く。

 

「……私は……成仏できるのですか?」


 ああ、問題はない。


「うん、君はもうあの村に囚われる必要はない」



 三百年間、名前も無くよくやった。

 ……君は俺と似た経歴があるのに俺より強い。本当に頑張った。だから、もう良いんだ。

 彼女は安心して、感謝をした。


「ありがとう……ございます」

「うん、でも俺はまだ君に果たさなきゃいけない約束があるんだ」


 そうだ。今の時期はそういう時期。彼女は瞬きをすると、パァンと音が聞こえる。眩い光が真夜中の空をぱちぱちと照らす。

 始まった。


 彼女は驚いて、音がする方向に首を向ける。


 豊かな大きな光の花。細かな光が空に明るい花を作り出している。すぐに花は消え、一つの玉が空を昇った。それが破裂すると、空の花がまた作り出される。

 打ち出される花に彼女は見惚れていた。その視線を俺に向けてくれると嬉しいと思う。

 彼女は答える。


「はな……び?」


 正解だ。


「君の生きていた時代ではあまり見れなかったと思う。特等席を用意するといったよね。今俺が君を抱えて飛んでいるんだ。地面だと人混みが多いしね」


 空から見れるなんて、本当に贅沢だ。

 俺も時々見る機会はあるが、花火を見る時は常に一人。でも、今は二人いる。

 俺は花火より花火を見て喜ぶ彼女に目がいく。感動の涙を流していた。拭ってあげたいけど、彼女を落とすわけにはいかない。それに、笑う顔が可愛くてよく見られる。

 胸が弾んで、彼女をずっと見ていたくて、心が苦しくて。この現象がなんなのかはわからない。


「ありがとう、ございます」

「どうもいたしまして」


 彼女は俺に向く。眠そうだ。けど、彼女はこらえて、俺に話しかける。


「……直文さん」

「何?」

「私、生きている頃に貴方と会いたかったなぁ……」


 ──それを言うのはずるいよ。

 俺は我欲が強い方ではない。けど、そんな例えばの話があればよかったと思う。だから、俺も答えて返す。



「俺も、君と早く会って共に生きたかった」



 そうすれば、君が苦しい目に遭う必要はない。君に美しい風景をたくさん見せてあげられる。早く会って君と生きてみたかった。

 叶うはずのない例えばの話。眠り始めようとする彼女に、俺の言葉が聞こえているかわからない。


 でも、声が聞こえた。



[──ありがとう。直文さん]



 感謝と慈愛に満ちている。彼女の体が透けて消えた。

 残ったのは蛍のような光の玉。

 名前のない巫女の魂だ。その光は天への昇っていき、星空の光と同化する。江戸の町ではまだ花火は続く。


 彼女に触れられる感覚はない。声もない。あの笑う顔も見られない。心に穴が開いた気がする。

 頬に何かが流れて、俺は指で触ってみた。濡れている。視認をすると、それは涙であった。

 何かが、込み上げてくる。苦しくて、悲しいなにか。ボロボロと涙の洪水が起こる。


 なんで、なんで? わからない。わからなかった。


 腕で目の涙を拭うが、止まる気がしない。嗚咽を噛み締めて、江戸の空の上で情けなく泣いていた。

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