まどろみの家

雨世界

1 小さな家

 まどろみの家


 登場人物


 綾瀬素直 小学四年生の男の子


 七瀬長閑 小学四年生の女の子


 吉田仄 小学校四年生の女の子 神様


 プロローグ


 イメージシンボル 魚


 わたしたちはいつだって、青色の空に憧れる。 


 たまごの殻


 私は私。あなたはあなた。


 誰もいない無音の、真っ白な窓の開いた教室の中。

 私は一人ぼっちでそこにいた。

 すぐ近くにある窓際のあなたの席もからっぽだった。

 そこには、ただの透明な空気だけが存在していた。

 その事実を確認してから、私は自分の机の上にうつ伏せになって、ゆっくりと目を閉じて、深い、……とても深い眠りの中へと、たった一人で落ちていった。(だって、あなたがいないんだからしょうがないことなんだ)

 私はすぐに眠りについた。(授業中もよく居眠りをしてる私は、本当にすぐに眠りにつくことができた)

 その深い眠りの中で私は一人、夢を見た。

 幸せな夢か、そうじゃない夢なのかは、まだわからない。

 そのひとりぼっちの夢の中で、私は綺麗なピンク色の花が見渡す限りに大地の上に咲き乱れるとても不思議な場所に立っていた。

 時折、とても優しい風の吹く場所。(きっと、度々感じたことのある、あの優しい風はこの場所から自分の暮らしている遠い街まで吹きてきたのだと私は思った)

 そんな場所に私はひとりぼっちで立っていた。

 そんな優しい風が、まるでそっと撫でるように、私の長い黒髪をゆっくりと揺らしている。

 服装はいつの間にか学校の制服から、真白なワンピースに変わっていた。頭には麦わら帽子をかぶっていて、足元は麦のサンダルだった。

 そんな自分の服装に気がついて、私はついおかしくて一人で笑い出してしまった。

 私って、こんな趣味してたんだ。……幼いな。

 もうわかってはいたことだけど、やっぱり自分でもおかしかった。私は大人になれていない。ううん。きっと一生、大人になんてなれないのかもしれない、と私は思った。

 たまごの殻が固すぎる。

 こんな硬いもの、非力な私に一人で割れるわけないと思った。

 こんこんと頭の中で空想のたまごの殻の中にいる私は、自分を覆っているたまごの殻を手でドアをノックをするみたいにして叩いている。

 向こう側から返事はない。

 別に私も誰かの返事を期待していたわけではないから、そのことを特別悲しいことだと私は思ったりはしなかった。(その代わり私は自分のために小さく笑った)


 なんだか、泣いちゃいそうだよ。


 ありがとう。愛してくれて。


 本編


 小さな家


 神様! 神様! 聞いてください、神様!!


 その家はとても『小さな家』だった。


 そこが、大人たちに連れ去られた、綾瀬素直くんの誘拐された家だった。七瀬長閑はコンクリートの壁の角っこのところから、顔を半分くらいだけ外に出して、その小さな(どこにでもあるような普通の)家をじっと見つめていた。

 ……どうしよう? どうしたら良い?

 長閑は考える。

 やっぱり警察の人に連絡したほうがいいだろうか? ……いや、だめだ。警察の人が、あの『奇妙な教団の関係者じゃない』っていう証拠がない限り、たとえ警察の制服を着ていたとしても、その人を正義の人だと信じることはできない。 

 ……では、どうする?

 長閑は考える。

 やっぱり、私がいくしかない。

 私が、素直くんを、あの小さな家の中から救い出すしかないんだ。そうですよね、神様。

 長閑は青色の空を見て、そんなことを頭の中で神様に言った。(神様はいつだって、長閑と一緒にいてくれるのだ)

「さて、じゃあ、どうしようかな?」

 長閑は小さな家をじっと、観察する。(物事をじっと観察することはとても大切なことなのだ)

 それから少しして、長閑は小さな家の周りを慎重に動き回り、(電信柱の陰に隠れたりして)そして小さな家の北側の壁のところまでやってきた。

 すると、その白い壁には、なぜか、『とても小さな、まるで子供用の扉』のようなものが取り付けられていた。

 あれはなんだろう? 長閑は思う。

 もしかしてあれが『入り口』なのかな? 長閑は周囲に人がいないことを確認してから、静かにその小さな扉に近づいた。

 そして、その扉を押してみる。

 すると、その小さな扉には鍵がかかっていないようで、内側に押すようにして、開いていった。

 ……開いた。

 ……長閑は思う。

 七瀬長閑は、そのまま、その鍵のかかっていない、小さな子供用のような扉を抜けて、綾瀬素直くんが誘拐され、とらわれている、小さな家の中にたった一人で侵入していった。

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