毎朝バスで一緒になるギャル、やたらと距離感が近いと思ったら死んでいたはずの俺の元カノだった

石油王

第1話『初恋』との再会(一日目)

 四月初旬——。

 桧山優(ひやますぐる)。特に趣味を持たない無気力大学生。今年の春から三回生となり、いよいよ就活の時期が到来。しかし、俺はそれどころではない。

 単位がヤバすぎる。去年は毎日バイトに明け暮れて、まともに大学の講義を受けていない。その結果、辛うじて進級はできたものの十単位以上は落とした。故に今年は人より倍、頑張らないといけない。勿論、フル単は大前提。一限目から五限目まで講義がびっちり。今年からは完全にバイトを辞め、学業に専念する。

 「うわ、また人が多い……」

 早朝。駅前のバス停にて。乗り口付近にある読取機にカードをタッチし、大学行きのバスに乗車。例のごとく、既に学生達が席を占拠している。座る場所なんてない。

 仕方なく俺はつり革を持って、発車を待つ。

 「——チッ」

 小さく舌打ち——。久しぶりに朝陽を浴び、憂鬱になる。

 某ウィルスの影響で、去年まではオンデマンドの講義が多かった。だが、今年は某ウイルスの危険性も薄れ、ほとんどの講義が対面を再開した。某ウイルスが消えつつあるのはありがたいことだが正直、対面講義が始まるのは辛い。家から大学までの距離は非常に遠く、バスと電車を交互に何回も乗り継がないとたどり着けない。片道でおよそ三時間。ハッキリ言って怠い。暫く昼夜逆転生活を送っていた身なら、なおさらだ。

 無論、なぜ対面講義がないんだと嘆いていた時期もあった。でも二回生になると、すっかりオンデマンドの講義の方が板についてしまい、週一のゼミ(対面)すら億劫になってしまった。

 「——ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 発車まであと三十秒。若い女性が駆け込む。肩で息をしていて、しんどそう。

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 上はへそが丸見えのトップス。下は太ももが丸見えのホットパンツ。一際目立つハートと星のピアスに金色に染められたハイトーンボブ——。春にしては伊達の薄着。 全体的に露出度が高く、人の目を引く。彼女の風貌はまさにギャルそのもの。見た感じ、俺と同じ学生さんっぽい。これはあくまで偏見だが、色んな男たちを取っ替え引っ替えしてそう。あと、酒癖悪そう。

 「——うぷっ」

 もう嗚咽寸前。青白い顔で俺の前にあるつり革を持つ。誰か、このギャルに席を譲ってあげて。見てて、心配になる。

 「××大学行き、もうすぐ発車しまーす」

 運転手のアナウンス。乗車口の扉が閉まり、エンジンがかけられる。相変わらず、頭の悪そうなエンジン音だ。

 「——きゃっ⁉」

 バスが動き出した直後。ギャルの足元がふらつき、ガクンと前のめりに倒れそうになる。つり革を持っていたおかげで、大惨事には至らなかった。足は少し捻ったみたいだが、我慢できる程度だろう。

 駅から大学まで片道三十分。ちゃんと最後まで体力が持つのか不安だ。

 「——うぐっ」

 両手で口元を抑え続けるギャル。小さく嗚咽する姿は見るに堪えない。

 「——あっ」

 ギャルの方ばかり気を取られていると、うっかり手を滑らす。手に握っていたカード(定期券)が床に転がっていった。

 『————キキキッ‼』

 ここでタイミング悪く、バスが急ブレーキ。ブレーキの反動で床に落ちたカードが前の方まで滑る。面倒なことになった。取ろうにも中々、取れない位置までカードが流されてしまった。前にいるギャルが拾ってくれると助かるのだが——。

 「イテテテッ……」

 思い通りギャルがカードの存在に気付き、カードを拾ってくれた。拾う際、中腰の姿勢が痛かったのか、軽く悶絶する。

 「ハイ、どうぞ」

 拾い上げた直後。後ろを振り返るギャル。

 鼻筋の通った美貌。切れ長の三白眼。肉厚感のある唇——。色っぽい笑顔でカードを手渡す。

 「——あ、あ、ありがとうございます」

 俺は彼女の色気に目を奪われ、ドギマギする。顔が明らかに熱くなっている。分かりやすく狼狽えながらもお礼を言う。

 「「——」」

 ギャルは笑顔のまま膠着。二人向き合う形で謎に沈黙の時間が流れる。目線が合ったままだと照れる。早く前を向いて欲しいな。

 「——キミ、優(すぐる)クンって言うんだね」

 「え、あ、ハイ……」

 急に自分の名前を呼ばれ、ドキッとする。何故か、動悸が止まらない。

 「どうして、俺の名前を——?」

 「ハイ、これ」

 ギャルが俺の方へ右手を突き出す。

 「あ」

 彼女の掌にあるのは俺の学生証。どうやら、定期券のついでに学生証も落としていたようだ。

 「——ねぇ?」

 「ハイ?」

 学生証を受け取ろうとした矢先。どういう訳か、突き出された手が引っ込められる。

 「優クンは今、何回生?」

 「三回生です」

 「じゃあ、私とタメか——」

 こちらの顔をマジマジと見始める。なんか、鼻クソでも付いてました?

 「彼女はいたことある?」

 「一応、過去に二回ほど。今はいませんけど」

 「ふーん」

 バスの中でまさかの尋問。ひょっとして今、この人に逆ナンされてる⁉

 もしそうなら、ちょっと嬉しい。

 大学は山の上。バスは坂道に差し掛かる。

 「セックス、したことある?」

 「——い、いえ」

 周りに聞こえないぐらいの声量で、そんなことを質問する。俺は動揺を隠し切れない。

 「へぇ~、セックスしたことないんだ」

 俺の頭から爪先まで舐めるように眺める。先ほどまでの疲れた表情から一転。妖艶な笑顔をこちらに向ける。

 「——美味しそう♡」

 艶めかしく舌なめずり。お互いの息がかかる距離まで詰め寄る。あまりに状況が生々しく一瞬、企画物の撮影かと勘繰る。念のため、車内を見渡したがカメラは一台もない。

 「私の彼氏、夜が激しいんだ」

 「ハ、ハァ?」

 「だから今、めっちゃ腰が痛い」

 「そ、そうなんですか。アハハハ……」

 見知らぬ女性の下ネタにどう返答すればいいんだ。取り敢えず、苦笑いを浮かべるしか術がない。早く大学に着かないかな。さっきから周りの視線が気になる。気まずい。

 「最近は暴力までしてくる」

 「——へぇ」

 「身体に傷がいっぱい。いつも痛む」

 「——アハハ」

 「この前もヤバそうな錠剤を口の中に入れられそうになって困っちゃった」

 「——」

 「『お前とキメ○クがしたい』だって。マジ、意味わかんない」

 「——」

 段々、苦笑いするのも煩わしくなってきた。俺は思い切って無視を敢行する。ヤバそうな人と無理に絡まない方が、身のためだ。彼女からはかなり危険な匂いがする。

 『——次は××大学~、××大学。終点です』

 バスの自動音声が車内に響く。やっと到着だ。今日はやけに時間が長く感じた。

 「ああ、残念。もっとキミと喋りたかったのに」

 甘過ぎて、蕩けそうな声が耳元で囁かれる。この状況で一度も変な気を起こさなかった自分を褒めてやりたい。

 間もなくして、バスは大学前に停車。一斉に乗客が立ち上がる。

 「——バイバイ、優クン。また明日」

 車内は降りる人で大混雑。目の前にいたギャルはあっという間に人混みの中に吞み込まれる。

 「あ、そう云えば学生証……」

 彼女を追いかけようとしたが、時は既に遅し。人が多過ぎて、上手く身動きが取れない。揉みくちゃにされた。

 チッ、しょうがない。昼休み、学生証を再発行しに事務局へ行こう。

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