第6話

 ロボットが腕を振り上げる。とその時、ロボットの胸や首のあたりでバチバチと青白い火花が散った。ロボットは振り上げた腕をそのままだらりと下げ、両ひざを地面について動かなくなった。外装パネルがパカパカと開き、中に入っていた人の腕がだらりと出てきた。一拍おいてバシュバシュと圧縮空気の抜けるような音がした。人の上半身がまろび出る。バンとひときわ大きな音がして火花が散り、ロボットの中に入っていた人が地面にどさりと落ちた。あたりには煙と粉塵の混ざりあったものが立ち込めている。


 ぼくはロボットがもう動きそうにないことを確かめてから駆け寄った。うつぶせに倒れている人を抱き起すと、それはぼくと同じぐらいの年恰好の少年だった。少年の体は泥のように重く、とても人の体とは思えなかった。鼻血を流し、だらしなく開いた口からは唾液も流れ出ていた。かなり危険な状態に見えた。

「ねえきみ。しっかり」

 ぼくが声をかけると少年は目を開いた。その目を見てぞっとした。黒目の部分が真っ黒だった。虹彩があって瞳孔があるはずなのに虹彩の部分まで全部真っ黒なのだ。目の真中に穴が開いているみたいで、ぼくはその穴に体温を吸い込まれるような気がした。

「ろ、ぼ、おれの、わたさない、だれにも」

 少年はそう言って左手をわずかに持ち上げるとそのまま糸の切れたマリオネットみたいに崩れた。次第に体が光り、細かい粒になって宙に消え始めた。ぼくの腕にかかっていた重さがなくなっていく。ぼくはなすすべもなく散り散りになっていく光を見守った。

「サンキュー。おかげでこのロボットが手に入ったよ」

 膝立ちのまま停止しているロボットの背中の上からポンチョの少年が言った。

「おまえがこいつの気を引いてくれたおかげでだいぶ楽に倒せた」

 ぼくは少年を見上げた。彼もまたぼくと同じぐらいの年恰好だ。でもぼくのクラスにはいないタイプだし、ぼく自身ともまったく違う臭いを感じた。ぼくはほとんど本能で、この少年とは馬が合わないと感じた。

「おまえもプレイヤーだろ」

 少年はロボットの背中にかがみこんでなにかを触りながら言った。

「プレイヤー?」

「シオンズゲイトだよ。おまえもシオンを目指すものなんじゃないのか?」

 ぼくはまたこれがゲームの世界だということを忘れかけていた。

「そっか。彼はゲーム世界のキャラクタだから消えたのか」

「彼? ああ、このロボットに入ってたやつか。あいつはゲーム世界のキャラじゃない。おれたちと同じ、プレイヤーだ」

「プレイヤーもあんな風に消えてしまうの?」

「そうみたいだな。おれも初めて見た」

 少年はそう言うと動かしていた手を止めてロボットの背から飛び降りた。そこにかまぼこ型が滑り込んでくる。

「やってみろ」

 少年がかまぼこ型に言った。すると倒れていたロボットが起動して立ち上がった。ぼくは思わず一歩引いた。

「なにをしたの?」

「このロボットをフェルマータが操作できるようにしたんだ。これでこいつはおれのものだ。ああ、フェルマータってのはこいつな」

 少年はそういってかまぼこ形ロボットのドーム状の頭をぽんぽんと叩いた。

「きみは」と声に出してしまってからぼくは言葉を探し、「何者?」と続けた。


 少年はぼくの顔を見つめた。しっかりと視線が絡み合うのを感じて、ぼくはなぜだか目をそらしてはいけないような気がした。

「おれはアクセル。シオンを目指すプレイヤーだ」

「あの人は? 消えてしまった彼はどうなったの?」

 ぼくは続けて聞いた。

「おまえは名乗らないのか」

 アクセルが呆れたように言う。

「あ、ごめん。ぼくはレイト。このゲームはまだ始めたばかりだよ。ね、彼はどうなったの?」

 ぼくはもう一度聞いた。

「死んだ」

 アクセルのその言葉がぼくの鼓動を加速した。死んだ? 死んだって言ったのか? 理解が追い付くまでの時間を計るように心臓が脈打つ。黙っているぼくの顔を覗き込んでアクセルがにやりとした。

「じゃあきみが彼を殺したんじゃないか」

 ぼくは叫んだ。それを見てアクセルは笑った。

「ま。そういうことになるかな」

「なぜ。そのロボットが欲しかったから? それは人を殺してまで欲しいものだったの?」

 ぼくの言葉を聞いてアクセルは笑うのをやめた。

「たしかにロボットは欲しかった。だけどロボットがなくてもあいつはここから追放しただろうな」

「追放? なぜ?」

「あいつがくだらないやつだからさ。あいつはおれより先にこのロボットにたどり着いてこれをレア・アイテムだって言ってた。馬鹿だろう」

 アクセルはそういって口元に笑みを浮かべた。

「レアだ、レアをゲットした、って浮ついてた。遅れてたどり着いたおれを嘲笑った。あいつにはこのロボットを手に入れてなにかをしようなんて想いもなにもなかったんだ。ただ他人の持ってないものを所有したいだけなのさ」

 アクセルはにやけ笑いを見せ、すっとぼくに顔を近づけた。

「要するに馬鹿どもと同じだ。このくだらない世の中に溢れてるやつらさ。自分の能力に関わらず手に入れられるゲームのアイテムなんかを自慢するやつら。そんなやつにシオンを目指す資格はない。そうだろ。おれはロボットで先を越されたことなんかよりも、そういう馬鹿がシオンを目指してることの方が許せなかったね。あんなやからはここから追放すべきだ。めざわりだからな」

 アクセルは吐き捨てるように言った。アクセルの口ぶりからするとどうやらぼくはその馬鹿どもの側には入れられていないようだけれど、その理由はわからなかった。たしかにぼくもそういう連中をくだらないとは思っていた。でもめざわりだとは思わないし、だから追放すべきだとも思わなかった。

「だからって殺してもいいってことにはならないよ」

「これはゲームだぜ。本当に死ぬわけじゃない」

 ぼくははっとして、次いでほっとした。本当に死んだわけじゃない。無意識に握りしめていた拳が自然に緩んだ。白くなっていた関節に色が戻ってくる。

「彼は消えてどうなったのかな。ゲームオーバー?」

「たぶんね。このゲームはフィードバックが強いから、死んでないとはいえ人生がゲームオーバーかも」

 ぼくはどきりとした。イマース型のゲームではゲームプログラム側から脳への入力がある。感覚器官が受けるはずの刺激をプログラムがシミュレートして脳に送り込むのだ。それによってまるで本当にその場所にいるような感覚が得られる。その脳への入力のことをフィードバックと呼ぶのだ。たしかにこのゲームはフィードバックが強い。強いという以上に、通常はシミュレートできないような要素まで再現されている。例えばこの場所の空気。この埃っぽさ。皮膚が感じるわずかな粒子の存在までも再現されているのではないか。フィードバックがあまりにも詳細にわたっているせいで、ぼくはしばしばここがゲーム世界だということを忘れる。まるでこの体は本当にここにあるみたいに感じられる。現実の世界にいるのとほとんど変わらない印象を受けるのだ。

「フィードバックが強いってことは脳に負担がかかるってことだ。あんな風にロボットとシンクロしてそのロボットが過電流でショートしたんだからな。外でもただじゃすまないかもしれない」

 アクセルは淡々と続けた。

「それがわかっててきみはこのロボットに過電流をかけたの?」

 ぼくの拳は再び握りしめられていた。

「おれはおまえを助けたんだぞ。ああでもしなきゃおまえもぶっ潰されてた」

「でもきみは、彼を追放したって言ったじゃないか。ぼくを助けたのは結果そうなっただけじゃないのか。ぼくがいようといまいと、きみは彼を消し去るつもりだったんだ」

 叫びながらまくしたてるぼくを見てアクセルはかえって落ち着いたようだった。

「いったいなにが気に入らないんだ。あいつはここにふさわしくないやつだった。おまえだってそう思うだろ」

「なぜぼくがきみに同意すると思うの?」

「だっておまえはレア・アイテムを自慢するタイプじゃないだろ。おれが気づかないと思うのか? おまえはここで最初にこのロボットを見てから今もずっと、一度だってこれを欲しがってないじゃないか。欲しいって言わないだけじゃない。おまえの目はぜんぜんこのロボットを欲しがってないし、おれのことも羨んでない。だろ」

「それはたしかにそうだよ。そのロボットはさしあたりぼくの欲しいものじゃないし、ぼくもレア自慢はくだらないと思うよ。だけどぼくは、くだらないから追放すべきだとは思わない」

 ぼくはきっぱりと宣言して、そのことに自分でも驚いた。こんな風に誰かと対立した意見を主張するのは初めてだったし、誰かと議論になるのも初めてだった。いつもなら議論するのが面倒だから適当に相手に合わせておくのに。ぼくは急に落ち着きを取り戻してアクセルの顔を見つめた。アクセルもぼくを見つめていた。


 アクセルがぼくと目を合わせたまま口を開く。

「そんなことを言ってるとくだらないやつらに道を塞がれるぞ。おれとおまえどっちが正しいかはいずれわかる。どっちかがシオンにたどり着いたときに」

 アクセルはそう言うとぼくに背を向け、こちらを見ないまま手を振って歩き出した。その背中にフェルマータが続き、さらに後ろから人型のロボットがついていく。アクセルたちは地下街を南の方へ歩いて行った。


 どっちが正しいか、とぼくはアクセルの言葉を繰り返した。答えは一つなのだろうか。ぼくかアクセルのどちらかが正しいのだろうか。二人とも間違っているかもしれないじゃないか。それにシオンにたどり着いたら正しかったことになるのだろうか。その前に二人ともたどり着かないかもしれない。


 ぼくには正しい答えを探すこと自体が間違っているように思えた。

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