【第5話】

 もう訳が分からなかった。



「【展開】爆発突撃ボムアタック


「【展開】疾風ノ陣」



 撃破したはずのユーバ・ツヴァイとユーバ・ドライが、ユーバ・アハトの群れに突っ込んで大立ち回りを繰り広げる。


 ユーバシリーズ全機の戦闘データと兵装データを取り込んだと謳われるユーバ・アハトでも、幾千幾万の実戦を経験してきたユーバシリーズ本体には敵わないようだ。首が千切れ飛び、爆発によって黒焦げとなり、自動回復機構が展開されたらまた首が千切れて黒焦げになる。その繰り返しだ。

 全体的にやたら動きが遅いのは、ユーバシリーズ6号機であるユーバ・ゼクスの兵装が原因だろう。『遅延』の能力を持つ少年型レガリアは、分厚い前髪越しにユーバ・アハトを睨みつけて今もなお遅延の兵装を展開中である。


 完全に置いてけぼりを食らったエルドは、



「これは夢か」


「【否定】夢じゃないッスよ、エルド兄者」


「テメェ、俺の後ろに隠れんなよ!! ユーバシリーズだろ!?」


「【拒否】無理無理、当機せっしゃに直接戦闘できるような機能はついてないんでござるよこれが」



 いつのまにかエルドを盾にするユーバシリーズ4号機、ユーバ・フィーアは深々とため息を吐いた。



「【嘆息】当機せっしゃは遠くの方でレガリアを乗っ取ることしか出来ないんだから、せめて安全地帯ぐらいはほしいでござるな」


「だからって改造人間の俺を盾にするなっての!! 俺には自動回復機構はついてねえんだぞ!!」


「【激励】大丈夫、エルドお兄たまは頑丈でござるよファイト」


「何だこの弟機!!」



 出会った頃よりふざけた喋り口調だとは思ったが、改めて出会うとふざけた感覚に拍車がかかっている気がする。調子に乗っているのだろうか。

 他の弟妹機は果敢に末弟であるユーバ・アハトに立ち向かっているのに、この4号機であるユーバ・フィーアだけはなおもエルドを盾にし続けていた。彼の能力は多数の量産型レガリアを乗っ取る『侵食』と呼ばれるものだが、ユーバ・アハトを乗っ取ることは出来ないのか。


 可哀想なものでも見るかのような視線をユーバ・フィーアにくれてやるエルドは、



「弱いんだな、テメェ」


「【肯定】そうですぞ、当機せっしゃは幼女よりも儚い存在なんでござるよ」



 そんなことを宣うユーバ・フィーアは、思い出したように何かをエルドへ差し出した。


 彼の手のひらには、受話器のみが置かれていた。差し出してきたということは誰かと通信が繋がっているということか。

 受話器の形はエルドの四輪車にも取り付けられている通信装置の受話器とよく似ていた。ユーバ・フィーアが再現したのか、それともドクター・メルトが作り出したものなのか不明である。


 訝しげな表情を見せるエルドは、ユーバ・フィーアが差し出してきた受話器を手に取って耳に当てる。



「おう」


『ああ、エルドか。援軍はそちらに届いたか?』


「姉御……」



 受話器から聞こえてきたのは傭兵団『黎明の咆哮』の団長であるレジーナ・コレットだった。戦闘音に紛れて聞こえてくる彼女の声は、悪戯が成功した悪ガキのような印象がある。


 彼女の反応で、エルドは大体察してしまった。

 レジーナとは長い付き合いなのだ。受話器から聞こえてきた彼女の弾んだ声で予想できない訳がない。



「姉御、ユーバシリーズ全機を再起動させやがったな」


『ご名答。そうさ、私が全て起動させた』



 レジーナは悪びれもなく応じると、



『どんな状態に撃破されていても、魔力を流せば自動回復機構が適用される素晴らしい魔導兵器たちではないか。しかも再起動したあとは空気中の魔素を取り込んで自動的に回復するのだから、この手段を使わない訳がない』


「だからってアインスの意思はどうなる? アイツだって辛い思いをしながら兄弟どもを撃破してたんだぞ」


『知るか、そんなの。私はどんな手段を使ってでも戦争に勝つ。負け戦は悪いが何の儲けにもならん』



 受話器の向こうで鼻を鳴らすレジーナの姿が思い浮かぶ。


 確かにリーヴェ帝国の戦線は、ユーバシリーズによって保たれていたと言ってもいいだろう。ユーバシリーズ以上の性能を有する自立型魔導兵器『レガリア』の存在は確認できず、それらが根こそぎ敵国であるアルヴェル王国へと寝返れば戦線崩壊は容易だ。

 でも、それなら弟妹機を撃破する任務を負っていたユーバ・アインスの意思はどうなる。開発者である父親の命令によって弟妹機の撃破を決め、1人また1人と撃破していくたびに気落ちしているように見えた彼の気持ちは汲んでやれなかったのか。


 ユーバ・アインスが到着するまでにユーバ・アハトの群れが片付くことを祈るばかりだが、世の中はそんな上手く物事が運ばないらしい。



「【報告】所属不明のレガリアを確認。【展開】超電磁砲レールガン



 薄暗い部屋を切り裂くようにして、真っ白な閃光が突き抜けていった。


 数体のユーバ・アハトが閃光に飲み込まれて鉄屑と化し、焦げついた匂いがエルドの鼻孔を掠めた。網膜を焼かんばかりの閃光に覚えがあり、エルドは破られた扉の方向に視線をやる。

 凹んだ扉を踏みつけて、ユーバ・アインスが純白の砲塔を構えたまま薄暗い部屋の中に飛び込んできた。警戒するように『超電磁砲』の兵装を展開しているのだが、ユーバ・アハトの大群と戦っているのはエルドではなく彼自身の弟妹機たちである。


 銀灰色の双眸を瞬かせたユーバ・アインスは、



「【疑問】当機はいつのまに撃破されたのか……?」


「違う、アインス違う!!」



 エルドはユーバ・アインスのボケを否定すると、



「姉御の奴が再起動させたんだ!! 戦争に勝つ為の手段で姉御が!!」


「【納得】そうか」



 ユーバ・アインスは落ち着いた調子で、



「【回答】当機はついに弟妹機の亡霊を見るようになってしまったかと錯覚してしまったが、現実か」


「悪い、本当に悪いアインス。あの冷血女、帰ったら首が千切れ飛ぶぐらい本気で殴っとくから今は現実を受け入れてくれ!!」


「【疑問】何故謝る必要がある、エルド?」



 純白の砲塔から純白の盾に持ち替えたユーバ・アインスは、いつもの淡々とした口調で答えた。



「【回答】敵兵であった弟妹機が味方となった以上、当機に不足はない。【結論】問題なく戦える」



 そう宣言すると、ユーバ・アインスは近くにいたユーバ・アハトの横っ面を純白の盾でぶん殴る。純白の盾で殴られたユーバ・アハトは一瞬だけよろけるのだが、すぐに体勢を立て直したところで背後からすっ飛んできたユーバ・フュンフの回し蹴りによって上半身と下半身が千切れた。

 ユーバ・フュンフは空中で器用に体勢を変えると、ユーバ・アインスの持つ純白の盾を足場にしてまた別のユーバ・アハトめがけて飛び掛かっていく。そういう戦い方が彼らにとっての常識なのだろう、ユーバ・アインスから文句が飛ぶことはなかった。


 再起動を果たした弟妹機と普通に共闘を始めてしまった相棒に、エルドの頭が追いつかなくなる。それでいいのか。



「え、これ俺の感覚がおかしいのか?」


「【回答】兄者はそんなお人ですぞ。昨日の敵は今日の味方ってワケ」


「おい、いつまで俺を盾にするんだっての」


「【回答】この戦争が終わるまででござるよー、エルドお兄たま。弟を守ってくださいよ」



 いつまでもエルドの背中に張り付くユーバ・フィーアを引き剥がそうと躍起になっていると、ユーバ・アハトの1機が奇声を上げながら襲いかかってくる。

 エルドが反射的に拳を握ると、その直後に後頭部をユーバ・アインスの盾がぶん殴った。前のめりに倒れたところでエルドが拳を叩き込んで頭部を潰してやると、すでに動かなくなってしまった。


 ユーバ・アインスはエルドの背後に張り付くユーバ・フィーアに視線をやり、



「【要求】ユーバ・フィーア、奥の扉の施錠解除を」


「【悲嘆】兄者からの扱いが酷すぎる件について。【疑問】もしかしてエルドお兄たまを盾にしたから?」



 ユーバ・フィーアは目元を拭う仕草をしてから、



「【回答】まあ当機せっしゃは優秀なんで、もうすでに解除はしてあるんですけどね?」



 その直後、ピピッという音が響き渡る。

 部屋の奥に取り付けられた箱のような機械が、赤色から青色の光を発する。解錠を示すように、壁の一部から煌々と光が漏れ出していた。


 ユーバ・フィーアは引き攣った笑い声を漏らし、



「【要求】兄者、長兄として生意気な弟機をぶっ飛ばしてきてくださいな。当機せっしゃらは、ここで無限に増え続ける愚弟を押しとどめておくでござるよ」



 ユーバ・フィーアが右手を振ると、道を塞ぐように群がっていたユーバ・アハトたちが何かに操られたかのように整列する。そのおかげで道が作られ、部屋の奥まで簡単に行けるようになっていた。

 扉の施錠解除と同時進行で、ユーバ・アハトの大群に『侵食』の能力を忍ばせていたようだ。口先はふざけながらも、さすがユーバシリーズに名を連ねるだけあるということか。


 エルドはユーバ・アインスの背中を叩き、



「行くぞ、アインス」


「【了解】その命令を受諾する」



 ユーバ・フィーアが作り出してくれた最奥に至る道を進み、エルドとユーバ・アインスは制御装置の元を目指す。

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