第10章:愚直な君に手向けの言葉を
【第1話】
――カァン、という鐘の音が遠くで聞こえてきた。
「んん゛」
久々の車中泊であまり眠れなかったエルドは、呻き声を漏らして寝返りを打つ。
拠点で過ごしていた時間が懐かしい。運転席の背もたれを倒して眠ることも慣れたものだが、ベッドで眠る快感を覚えてしまったら車中泊などクソに思える。戦時中なのだから贅沢は言えないのだが、少しでも寝ていたい。
起床を促す鐘の音が鳴り響いてもエルドは惰眠を貪るのだが、
「【挨拶】おはよう、エルド」
「ん゛」
「【要求】早急に起床を。【懸念】朝食が冷めてしまう」
「んん゛」
肩を叩かれて、エルドはようやく上体を起こす。
寝ぼけ眼を擦って欠伸をするが、眠気はエルドにしがみついて離れない。粘着質な性格の恋人並みに離れてくれない。今もなおエルドの背後から眠りの世界に誘う言葉を囁いてくるが、その魅力的なお誘いを何とか振り切って意識を無理やり覚醒させる。
助手席には、世界中の色という色から忘れられた真っ白な自立型魔導兵器『レガリア』――ユーバ・アインスが濡れたタオルを差し出してくる。「【提案】タオルで顔を拭くように」と言ってきた。
エルドは濡れたタオルを受け取ると、
「あー……」
「【疑問】右腕の痛みは?」
「ねえよ……大丈夫……」
タオルは水で濡らされているので、眠気は徐々に引いていく。水で顔を洗うよりもお手軽で効果があるかもしれない。
顔をタオルで拭いながら、エルドは右腕の義手を確かめる。指先や手首の調子は上々で、稼働率も問題はない。昨夜の幻肢痛も嘘のように引いていた。
やっと意識が完全に覚醒したエルドは、水で濡れたタオルをユーバ・アインスに突き返す。
「【報告】今日の食事はサンドイッチにした」
「おう」
濡れたタオルと入れ替えるようにユーバ・アインスはエルドへ紙包みを差し出した。
紙に包まれていたのは、硬さと長期間に渡って保存が出来ることがウリな黒パンにハムと目玉焼きが挟まったサンドイッチだった。ハムは保存も出来るのでサンドイッチの具材に出てくるのは理解できるが、目玉焼きの材料となる玉子は持ち込まれたものだろうか。
いいや、ユーバ・アインスは天下最強のレガリアの称号をほしいままにする奴だ。軽率に奇跡を起こすので、玉子を用意するのも簡単かもしれない。想像してはダメだ、エルド程度の脳味噌の作りではユーバ・アインスの有能さを完全に理解できない。
香ばしく焼かれた黒パンに大口で齧り付くエルドは、何とはなしにユーバ・アインスへ問いかける。
「この材料ってどうやって用意してんだ?」
「【回答】頑張った」
「どう頑張ってんだよ」
「【回答】頑張ったのは頑張った」
どうやら意地でも答えるつもりはないらしい。
充実した非戦闘用兵装を使ってエルドの朝食をこさえたようだが、やはり軽率に奇跡を起こす自立型魔導兵器『レガリア』は侮れない。
ユーバ・アインスはどこからともなく白い櫛を取り出して、黒パンに齧り付くエルドのくすんだ金髪を梳き始める。ハルフゥンの拠点でも知ったが非戦闘用兵装も充実しすぎではないか。櫛1本でも兵装に数えられるなら一体いくつの兵装が搭載されているのか。
ユーバ・アインスはエルドの髪を梳きながら、
「【報告】今日中にはリットー要塞の付近に到着できる予定だ。【補足】到着予定時刻は22時45分となる」
「夜に着くのか、長えな」
「【回答】まだ距離がある。本来の予定では3日間の移動となるはずだった」
口振りから判断して、急がなければならない理由があるらしい。
リットー要塞はリーヴェ帝国のお膝元にある要塞で、量産型レガリアの保管場所にも使われている場所だ。そんな危険極まる場所を攻め込むとなると、いつ戦況が変わってもおかしくない。
エルドは視線だけでユーバ・アインスに説明を求めると、彼はエルドの意図を汲み取って説明を始めてくれた。
「【説明】リットー要塞に配備されている2号機が姿を見せたらしい」
「ユーバ・ツヴァイが?」
「【肯定】しばらくリーヴェ帝国の防衛任務に当たっていたが、リットー要塞に攻めの手が及ぶことで配備されることになったらしい。量産型レガリアだけでは守れなくなったのだろう」
以前も聞いていたが、ユーバシリーズの2号機に該当するユーバ・ツヴァイは爆撃を得意とする自立型魔導兵器『レガリア』だ。いつ爆撃するか不明な火薬庫と化した戦場に放り込まれるとなると、命の危機を覚悟しなければならない。
そんな機体がリットー要塞を離れてリーヴェ帝国の防衛任務に当たっていたのは意外だ。高い攻撃力によって数々の拠点の防衛任務に当たっていたとされる2号機を、リットー要塞から引き離したのはどんな判断があったのか。
エルドは指先に付着したパン屑を払い落とすと、
「今になってリットー要塞に戻してくるってのは、リーヴェ帝国も随分と焦ってきたな」
「【補足】元々リーヴェ帝国の防衛任務に当たっていたのは当機だ」
「なるほどな」
その回答だけで察することが出来てしまった。
元々リーヴェ帝国の防衛任務に当たっていたのがユーバ・アインスの役目だったのだが、ユーバ・アインスがリーヴェ帝国から離脱したことで適した性能を有しているユーバ・ツヴァイにお鉢が回ってきたのだ。他のユーバシリーズは機体個人の癖が強いのもあるし、性能にもムラがあるので確実な戦果を上げられるユーバ・ツヴァイを本国防衛に配備するのは妥当だ。
本国の防衛戦力を削ってまでリットー要塞を守りたいというリーヴェ帝国の考えが透けて見えた。エルドもリーヴェ帝国側の人間だったらそんな考えをすると思う。
エルドはユーバ・アインスへ振り返り、
「アインス」
「【疑問】何だ?」
「テメェ、ユーバ・ツヴァイを撃破できるのか?」
ユーバ・ツヴァイは、ユーバ・アインスの最後の弟機だ。
今まで7号機のユーバ・ズィーベンから3号機のユーバ・ドライまで撃破してきた。彼の請け負った秘匿任務が完遂するまで折り返し地点といった頃合いである。
最後の最後で厄介なレガリアが残った訳だが、秘匿任務遂行の為にユーバ・アインスは迷いなくユーバ・ツヴァイを撃破することだろう。
「【肯定】ああ、可能だ」
ユーバ・アインスの受け答えはどこまでも淡々としていた。
「【回答】当機はあらゆる戦場で運用されることを想定して設計・開発されている。2号機の戦闘パターンも学習済みだ。【結論】当機であれば2号機に問題なく勝利できる」
「頼もしい回答だな」
「【補足】そしてエルドもユーバ・ツヴァイの爆撃から守る。全く問題はない」
頼もしすぎる回答に、エルドは「そうかい」と苦笑するしかなかった。
彼はどこまでも変わらない。
最後の弟機と対峙することになっても、きっと勝利をもぎ取ってくる。任務遂行に忠実で、いつしか自分の生まれ故郷であるリーヴェ帝国の壊滅だって望める。
戦争の終止符は近い。天下最強のユーバシリーズが戦場から消えれば、リーヴェ帝国も形なしだ。
『起きたか、エルド』
「おう、姉御。おはようさん」
『起きている様子で何よりだ。ユーバ・アインスに優しく起こされたか?』
「姉御に叩き起こされていた時より快適な目覚めだよ」
『何だ、私の拳が懐かしいならいつでも殴ってやるぞ?』
「姉御は暴力的に起こすから嫌なんだよ」
通信機器から聞こえてきた団長のレジーナに悪態を吐くエルドは「何だよ」と応じる。四輪車の動力炉を起動させながら、
「出発すんのか?」
『ユーバ・アインスから話は聞いているか?』
「弟機がリットー要塞に配備されたってな」
『なら話が早い。ユーバ・ツヴァイは高い攻撃力を持っている。戦線が崩壊しないうちに我々も援護に向かうぞ』
「了解」
動き始めた四輪車に合わせて、エルドも四輪車を発進させる。
リットー要塞までまだ遠い。戦線が崩壊していないことを祈る他はなかった。
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