【第4話】

 うつ伏せに転がる花嫁を、さらに追い打ちをかけるようにユーバ・アインスは蹴飛ばす。


 全身を砂埃に塗れさせ、真っ白な花嫁装束は泥だらけになってしまった。花嫁は「【悲嘆】酷いわ、王子様」などとさめざめと泣く姿を見せる。

 自立型魔導兵器『レガリア』であることは理解できるのだが、いかんせん頭の中身がハッピーすぎる。唐突にユーバ・アインスへ抱きついて「私の王子様」などと宣う馬鹿野郎がどこにいる。


 エルドは右腕の戦闘用外装で拳を作ると、



「お嬢さん、悪いがレガリアは俺らの敵だからな。ここで壊れてもらうぞ」


「【悲嘆】私は王子様と結婚できればいいのに……」



 花嫁は瞳から溢れる涙を拭い、



「【要求】王子様、私と結婚してくれませんか……?」


「【拒否】何故貴殿と婚姻を結ばなければならない」



 ユーバ・アインスの受け答えは淡々としていた。平坦な口調の中に、若干の侮蔑が混ざっていたかもしれない。



「【要求】貴殿の機体名は? 判明次第、当機の全力を持って排除させてもらう」


「【拒否】それなら言いたくないわ」



 今度は花嫁が拒否をしてきた。生意気な花嫁である。


 ユーバ・アインスは「【納得】なるほど」と頷くと、純白の盾を構えた。

 相手はどれほど美人だろうと自立型魔導兵器『レガリア』である。自立型魔導兵器『レガリア』であるなら、エルドたち傭兵団『黎明の咆哮』の敵だ。ここで破壊する必要がある。


 肩幅以上に足を開いたユーバ・アインスから様々な情報が飛び出す。



 ――通常兵装、起動準備完了。


 ――非戦闘用兵装を休眠状態に移行。戦闘終了まで、この兵装を使うことは出来ません。


 ――残存魔力99.85%です。適宜、空気中の魔素を取り込み回復いたします。


 ――彼〈リーヴェ帝国所属、自立型魔導兵器『レガリア』シリーズ名・機体名不明機〉我〈自立型魔導兵器レガリア『ユーバシリーズ』初号機〉戦闘予測を開始します。


 ――戦闘準備完了。



「【状況開始】戦闘を開始する」



 ユーバ・アインスは通常戦闘用の兵装で最も攻撃力の高い『超電磁砲レールガン』を展開する。純白の盾が消えると同時に出現したのは、純白の砲塔だ。

 大口径の砲塔を花嫁に突きつけると、ユーバ・アインスは問答無用で引き金を引く。網膜を焼くような閃光が花嫁に襲いかかった。


 花嫁は襲いくる閃光を前にして、



「【悲鳴】きゃーッ!!」



 甲高い悲鳴を上げると同時に、閃光を回避する。

 しゃがみ込んだ拍子に、彼女の金色の頭髪が僅かに触れて毛先だけ焦げる。じゅ、という嫌な音を聞いた。


 エルドはしゃがみ込んだ花嫁を狙い、



「アシュラ!!」



 右腕の戦闘用外装に青い光が駆け抜けていく。ぷしゅー、という蒸気を噴き出すと共に右腕が異様に軽くなった。

 羽根のような軽さの右腕を力一杯突き出して、花嫁の顔面を打ち抜く。指先で伝わってくる硬い表面をぶん殴った感覚。岩をも粉砕するエルドの剛腕を前になすすべなく花嫁は打ち上げられた。


 そのまま地面へ背中から叩きつけられた花嫁は、ユーバ・アインスとエルドによる暴力を嘆く。



「【悲嘆】酷い、酷いわ。王子様、私のことが嫌いになってしまったのね」


「【否定】当機は最初から貴殿のことなど恋愛対象外だ」



 重機関砲の兵装に切り替えながら、ユーバ・アインスは応じる。



「【回答】そもそも機体名すら名乗らない貴殿など眼中にない」


「【疑問】じゃあ機体名を名乗れば考えてくれる?」


「【肯定】考えよう」



 重機関砲を構えるユーバ・アインスは、花嫁がゆっくりと立ち上がる様を観察している。隙あらば撃ち抜こうとでも考えているようだ。


 一方の花嫁型レガリアは、ユーバ・アインスに応えてもらう為に軽く咳払いをしていた。それから泥だらけになってしまった純白のドレスの裾を摘む。

 自動回復機構によってエルドに殴られた破壊部分を修復しながら、彼女は流暢な挨拶を披露した。



「【挨拶】初めまして、旦那様。私はアルテカシリーズ、初号機です。アルテカ・アンとお呼びください」


「【応答】そうか」


「【解説】私の特技は家事全般であり、家庭用の自立型魔導兵器『レガリア』として運用されております。必ずや旦那様を満足させますわ」


「【回答】興味ない」



 ユーバ・アインスは容赦なく重機関砲の引き金を引いた。

 無数の弾丸が花嫁型レガリア――アルテカシリーズの初号機、アルテカ・アンに襲いかかる。腕や足、胸、腹などを撃たれて風穴が開いた。肩から腕が吹き飛ばされ、首も千切れ飛び、花嫁の姿は見るも無惨なものと化す。


 しかし相手は自立型魔導兵器『レガリア』である。当然ながら空気中の魔素を取り込んで自動的に破壊された箇所を回復する自動回復機構は備わっている訳だ。



「【非難】酷いわ、どれほど私を嫌えば気が済むの?」


「【回答】0.00000001秒の熟考の結果、当機は貴殿の求婚を拒否することにした」



 ユーバ・アインスはしれっと回答し、



「【要求】当機の為に死んでくれ」


「【悲嘆】酷いわ、王子様」



 悲しみにくれるアルテカ・アンは、胸の前で手を組んだ。

 まるで神々に祈る花嫁のようである。傷ついた箇所が自動回復機構によって回復して、まっさらな状態になっていなかったら神々しさに見惚れていたかもしれない。


 アルテカ・アンはユーバ・アインスを真っ直ぐに見据えると、



「【展開】歌唱魅了アリア



 アルテカ・アンは息を吸い込み、



「――――――――――♪」



 歌い始める。


 その歌声は酷いものだった。音痴という言葉が通用しないほど酷い。

 兵装として組み込まれているので相手を傷つける為に酷いものかと思ったのだが、聞こえてきたのは鼓膜を破らんばかりに突き刺さってくる金切り声である。子供の悲鳴の方がまだマシに思えてくる酷さだった。


 エルドは思わず耳を塞ぎ、



「う、うるせえ!!」


「【同意】名前負けしている兵装だ」



 ユーバ・アインスもアルテカ・アンの歌声がうるさいのか、耳を塞いで応じる。


 どこが『歌唱魅了アリア』の兵装だ、こんなものなど魅了の文字はどこにもないではないか。立派な詐欺にも程がある。

 アルテカ・アンには自分自身の酷い歌声が届いていないのか、変わらず気持ちよさそうに歌声を奏で続けている。この歌声で王子様と見定めたユーバ・アインスを魅了できていると勘違いするのも烏滸がましい。こんなアバズレなどユーバ・アインスに相応しくない。


 エルドは右拳を握りしめると、



「こんなヘッタクソな歌で、アインスが好きになるとでも思ったかあ!?」



 金切り声にもよく似た歌声を奏でるアルテカ・アンの顔面を、渾身の力でぶん殴った。

 千切れ飛んでいく首、膝から頽れる花嫁の胴体。自動回復機構が適用されてジワジワと彼女の千切れ飛んだ首が修復されていくが、エルドはなおも右拳でアルテカ・アンを殴る殴る殴る。


 頭の中にこびりつく彼女の下手くそな歌声を根性で意識外に追いやり、花嫁をボコボコに殴ってやった。腕は千切れ、ドレスは酷い具合にボロボロで、身体の形すら殴られた影響で凹みなどが多数見受けられた。



「ギ、ィ」



 アルテカ・アンの口から、とうとう金属を擦れるような音しか発しなくなった。内部構造にまでエルドの殴打による衝撃が伝わり、思うように動けなくなったのだ。

 自動回復機構が適用されて全快してしまう気配もない。目を背けたくなるほどボコボコになったアルテカ・アンは地面に仰向けで倒れ、虚な瞳で空を見上げるだけである。紅を引かれた唇がカタカタと動くたびに、金属を擦るような耳障りな音が響く。


 エルドは右拳を握りしめ、アルテカ・アンの頭部を狙う。



「アシュラ」



 呼びかけへ応じるように、右腕の戦闘用外装へ青色の光が駆け巡る。羽根のような軽さを得た右拳を、アルテカ・アンの顔面に叩きつけた。

 ぐしゃ、と硬い何かが潰れる。搭載された人工知能は粉々に砕け散り、あの美人だった顔立ちもぺしゃんこに潰れてしまった。耳障りな歌声も聞こえてくることはない。


 エルドは張り詰めていた息を吐くと、



「スッキリした」



 ユーバ・アインスを「王子様」と宣う変な自立型魔導兵器『レガリア』がいなくなって、胸がすく思いを感じた。

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