【第6話】

 ユーバ・アインスの索敵機能は便利だ。


 位置情報を常に修正し、適宜索敵を行いながら拠点付近の深い森の中を突き進んでいくと、あっという間に目的地へ到着した。

 開けた森の中を彷徨う全身真っ黒な自立型魔導兵器レガリアが3機――リーヴェ帝国の尖兵がチカチカと頭部に埋め込まれた赤い光を瞬かせながら、敵国であるアルヴェル王国の兵士を探している。兵装を展開すれば、生身の人間などあっという間に消し飛ばされる。


 見事に索敵を完了させたユーバ・アインスは、銀灰色ぎんかいしょくの双眸をエルドに向けて「【質問】次の行動は?」と問う。



「決まってンだろ、あのレガリアどもを撃破するんだよ」


「【了解】任務を開始する」


「あ、おい!!」



 エルドの制止を振り切って、ユーバ・アインスはたった1機で飛び出す。


 悠々と歩く真っ白な魔導兵器に反応して、対照的な黒い魔導兵器が勢いよく振り返る。チカチカと明滅する赤い光が、ユーバ・アインスを認識すると同時に青い光へ変わる。

 真っ黒なレガリア3機は、一糸乱れぬ動きで綺麗な敬礼をした。あれが人間の姿をしていればよく統率の取れた軍人だと思うだろうが、目鼻立ちはなく眼球代わりの視覚機能がついた操り人形では気味が悪いだけだ。


 黒いレガリアのうち、1機が代表で機械を想起させる平坦な音声をどこからか響かせる。



「【報告】此方に異常なし。【質問】ユーバシリーズ初号機、このような場所まで任務か?」



 その質問に、ユーバ・アインスが答えることはなかった。


 彼は静かに右拳を握ると、黒いレガリアの頭部をぶち抜いた。

 首から千切れ飛んだ真っ黒で丸い頭が森の奥に転がる。青い燐光を首から振り撒く黒いレガリアは、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。ユーバ・アインスのように自動修復機構は搭載されていないのか、自動ですっ飛んだ頭が修復される訳ではない。


 ユーバ・アインスの裏切り行為に、残った黒いレガリア2機は視覚機能を赤と青の交互に光らせながら混乱した様子で叫ぶ。



「【混乱】何故このようなことを」


「【困惑】ユーバシリーズ初号機よ、どうして」



 ユーバ・アインスは混乱する黒いレガリア2機を銀灰色の双眸で睨みつけると、



「【警告】当機はこれより秘匿任務に基づき、リーヴェ帝国を離脱する」



 慌てた素振りで逃げようとする黒いレガリア2機の腕を掴んだユーバ・アインスは、その長身痩躯から想像できない剛腕でもって投げ飛ばした。


 放物線を描く黒いレガリア。

 1機はあらぬ方向に飛んでいき、地面に叩きつけられて何とか無事だった。もう1機は木の幹に叩きつけられ、腰の辺りからひん曲がって機能停止する。かなりの衝撃を黒い身体で受け止めたのだろう、投げ飛ばされただけで動けなくなるとは凄いことだ。


 ギリギリ生き残った最後の1機は、ユーバ・アインスの乱心に敵として認識したようだ。つるりと丸い頭部の中心でチカチカと明滅する赤と青の光を、一瞬にして赤く切り替えて「【警告】【警告】」と告げる。



「【警告】これより任務を開始。【設定】目標はユーバシリーズ初号機、アインス。彼我戦力は未知数、対特殊戦闘用兵装を展開」



 ガチガチガチ、と何かを嵌め込んでいく音が黒いレガリアから聞こえてくる。

 おそらくユーバ・アインスを撃破する為の兵装が用意されているのだろうが、相手はリーヴェ帝国が誇る最強のレガリアだ。たかが量産型にユーバ・アインスの相手が務まるとは到底思えない。


 それはユーバ・アインスも最も理解しているのか、対特殊戦闘用兵装とやらを準備する量産型を嘲笑う。



「【警告】その程度で当機には勝てない。【推奨】早々の機能停止」



 そう告げるや否や、ユーバ・アインスは力強く地面を踏み込んだ。


 身体に改造を施し、身体能力が常人と比べて遥かに逸脱した改造人間と互角に戦えるだけあると言うべきか。弾丸のような速度で黒いレガリアに肉薄するユーバ・アインスは、硬いレガリアの胸元めがけて手刀を突き入れた。

 鉄板すら貫通し、硬い肌で守られる魔導兵器に必要な回路や配線をぶち切り、ユーバ・アインスの腕が突き入れられた隙間から血液代わりの青い燐光が漏れる。


 ちょうど兵装の準備をしている最中だった量産型レガリアは、



「【警告】安全回路の破壊を確認、動作不能、これより機能停止します」



 黒いレガリアの瞳から、完全に光が消え去った。


 ガクン、と頭が落ちるレガリア。ユーバ・アインスが無理やり腕を引っこ抜けば、レガリアは膝から頽れて動かなくなる。

 糸が切られた操り人形とまではいかないが、胸元を強制的に貫かれて機能停止するのは可哀想に思えてきた。エルドはいつも首をぶち抜いて機能停止に追いやるのだが、ユーバ・アインスのやり方は容赦がない。


 かつて共に戦場で戦った仲間ではないのだろうか。それとも、彼にはリーヴェ帝国を裏切るだけの何か大きな理由があったのか。



「【報告】任務終了を確認。【状況終了】」


「お、おお」



 難なく3機のレガリアを片づけ、ユーバ・アインスはエルドに銀灰色の双眸を向けてくる。このままエルドも容赦なく殺されてしまうのかと思いきや、彼が拳を振るうことはなかった。


 エルドは素直に驚いた。

 リーヴェ帝国で共に戦っていたはずの仲間を、こうも簡単に屠ってしまうとは想定外である。ユーバ・アインスの頭の中では、レガリアは敵と認識しているのか。


 ユーバ・アインスはぐるりと周囲を見渡すと、



「【報告】索敵範囲内に敵性勢力の確認はない。【要求】次の指示を」


「あー、じゃあこのままぐるっと近場を索敵してきてくれ。ンで、レガリアを見つけたら処分してこい」


「【了解】任務を開始する」



 コクン、と何の疑いもなく頷いたユーバ・アインスは、かつて味方だったはずの黒いレガリアを捨て置いて索敵の任務に出かけてしまった。


 このままエルドの命令しか聞かないつもりだろうか。

 団長のレジーナや魔導調律師であるドクター・メルトが見れば、間違いなく彼の実力を手放しで誉めることだろう。かつて味方だったのだからレガリアを油断させやすく、またどんな攻撃さえも100倍にして返す奇跡は実用性がある。


 あの天下のユーバシリーズ、その初号機なのだ。他にも色々と便利な機能は備わっているはずだ。



「あんな反則な奴がいていいのかよ……」



 ポツリとエルドは呟く。


 あんな化け物が戦場に投入されれば、エルドは真っ先に白旗を上げて見逃してもらう。誰だって命は惜しいのだ、あんな怪物を相手に戦っていられない。

 エルドが戦う理由は金である。命がなければ金を稼げないし、誰だってこんな戦場で死にたくない。別にアルヴェル王国へ忠誠を誓っている訳でもないので、自分の命が危ぶまれればアルヴェル王国などさっさと見捨てる所存だ。


 ユーバ・アインスが仕留めたレガリアはとりあえず回収して魔導調律師のメルトに渡すとして、エルドは「よっこいせ」と3機のレガリアを抱える。自分の出る幕がまるでなかったので、団長のレジーナに怒られないか心配だった。



「はーあ、これで稼げなかったらどうすっかな……」


「【質問】稼げなかったら、とはどういう意味だ?」


「うおおッ!?」



 茂みを掻き分けて戻ってきたユーバ・アインスに、エルドは抱えるレガリアを放り捨てて驚いた。足音すら立たなかったので新しいレガリアかと思った。

 いや、ユーバ・アインスも元はリーヴェ帝国が作りし自立型魔導兵器レガリアである。しかも最強と名高いユーバシリーズの初号機だ。いつエルドを背後から襲いかかるか分かったものじゃないのに、何故こうも安堵してしまうのか。


 ユーバ・アインスは不思議そうに首を傾げると、



「【進言】心拍数の上昇を確認。【推奨】早期の休息」


「テメェがいきなり出てきたから驚いただけだっての」


「【謝罪】それはすまなかった。以後、行動に気をつける」



 エルドが落とした黒いレガリアを軽々と抱えると、ユーバ・アインスは「【提案】それでは帰投しよう」と告げる。



「【疑問】拠点の位置は分かるか?」


「何で分からねえ前提で語られてんだよ。分かるに決まってんだろ」


「【進言】そちらは逆方向だが」


「…………」


「【疑問】もしかして貴殿は方向音痴か?」


「…………」



 言いにくそうに視線を逸らすエルド。

 自分でも方向音痴だとは認めたくないが、多分そうなのだろう。どうにも森の中という状況が苦手なのだ。


 何かレガリアにも馬鹿にされる自分に、エルドは情けなく思いながら拠点へ帰投するのだった。

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