【第3話】

 ユーバシリーズの名前は、戦場に関わる人間であれば知らない奴はいない。


 自立型魔導兵器『レガリア』を代表する人型の魔導兵器であり、たった1機でアルヴェル王国の兵士を100万人は殺せると言われている最優にして最強の魔導兵器たちだ。

 中でも初号機はユーバシリーズの中でも特に強く、どんな攻撃を受けても100倍以上の出力で跳ね返してくる『白い破壊神』と有名だ。初号機が戦場に出れば、リーヴェ帝国の勝利は間違いないと囁かれるほどに。


 降り積もった雪にも似た純白の髪と、血の気の通っていない白い肌。銀灰色の双眸で戦場を見渡し、世界中の色という色から嫌われてしまったと表現されてもおかしくない浮世離れした白い機体。

 兵士の屍を踏みつけ、冷酷無慈悲に相手の命を奪う所業は悪魔か破壊神と評するのが的確だ。『白い破壊神』の名称も伊達ではない。


 そんなアルヴェル王国にとって最悪とも呼べるユーバシリーズの初号機が、どうしてこんな場所で満身創痍の状態で機能停止しているのか。



「誰かが殺ったか?」


「で、でもユーバシリーズの初号機でヤンスよ? ここまで簡単に壊れるものでヤンスかい?」


「アルヴェル王国側の人間がまとめて袋叩きにでもしたかな」


「非現実的で短絡的なやり方でヤンスね。絶対に信じられないでヤンスよ」



 ヤーコブは分厚い眼鏡を輝かせ、



「これはチャンスでヤンスよ、エルドさん」


「何がだよ」


「リーヴェ帝国の技術の髄が詰まった自立型魔導兵器『レガリア』――その最優を謳われるユーバシリーズの初号機がこんな場所に転がってるでヤンスよ? 持ち帰って研究に使う以外にないでヤンス」


「あー……」



 現状、自立型魔導兵器『レガリア』はリーヴェ帝国にしか作れない代物となっている。レガリア自体に施された防衛魔法が邪魔をして解析できない状態となっているのだ。

 それはおそらく、このユーバシリーズにも適用されていることだろう。むしろユーバシリーズの方が強固な防衛魔法が施されているかもしれない。情報を拾うには適さないのだ。


 エルドはくすんだ金髪を掻くと、



「直した方がいいんじゃねえか?」


「それは何故でヤンス?」


「口を割らせた方が早いんじゃねえのかって思って。それか頭でも洗脳しちまえば、味方にでもなるんじゃねえ?」



 同じものを作るよりも、今ある最強の名前を存分に使い倒した方が有意義だとエルドは考える。

 少なくとも、アルヴェル王国にもリーヴェ帝国にも初号機を超える機体を作ることは不可能だ。その最強の力を、今度はアルヴェル王国の為に振るってもらった方が早い。


 ヤーコブは「それはいい考えでヤンスね」と手を叩き、



「それではエルドさん、早速お持ち帰りしましょう」


「俺が持つのかよ!!」


「当然でヤンス。あっしはほら、背嚢リュックサックを背負っちまってるんで」


「クッソ、余計なことを言わなけりゃよかった」



 エルドは渋々と、機能停止したユーバシリーズの初号機を担ぐ。


 こんなことをして、団長のレジーナに説教をされないといいのだが。

 拠点に戻った際に受ける昔馴染みであり団長からの説教を想像して、エルドは深々とため息を吐くのだった。



 ☆



「何故こんなものを持って帰ってきた?」


「いやー……見つけたんで、えへ」


「可愛くないぞ、舌を出して笑っても!!」



 青みがかった黒髪が特徴の知的淑女――団長のレジーナは、エルドとヤーコブが持ち帰った代物について頭を抱えた。


 傭兵団『黎明の咆哮』の拠点、崩れかけた王城のまだ無事な部屋が傭兵団の研究室である。様々な機械や工具、それから手術台を想起させる無骨な台座まである始末だ。

 持ち帰った白い人間――ユーバシリーズ初号機は、その手術台の上に寝かされていた。両足は折れ曲がり、左腕も千切れてしまっている。残ったのは右腕のみという悲惨な有様だ。


 レジーナは苛立った様子でユーバシリーズ初号機を見やり、



「こんな使えないガラクタを持ち帰ってどうする。犬の餌代にすらならんぞ」


「いやでもリーヴェ帝国の奴が開発した最強のレガリアだぜ、姉御。コイツを修理すればウチの国は安泰じゃねえの?」


「馬鹿か、エルド」



 レジーナは素直な罵倒を吐き捨てた。



「これほど壊れていたら、一体どれほどの資源が必要になってくると思う? レガリアを修理するにはリーヴェ帝国でしか作られない特殊な鋼などが必要になるんだ。修繕できないガラクタをどうするつもりなんだ?」


「うあー……」



 これ以上の言い訳が思いつかず、エルドは苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。


 直せない代物を持ち帰っても意味などなかった。それならガラクタとして部品単位で分解して市場に流してしまった方がマシか。

 あるいは改造人間用に改造を施して、移植してしまうかだ。ただそうすると、確実に頭がおかしくなる可能性も出てくる。部品に脳味噌がやられると噂があるのだ、根拠などないが。


 レジーナは結論を出さないエルドを睨みつけ、



「とにかく、これは捨て置け。直せもしない、防衛魔法を突破して研究も出来ないなら意味などないからな」


「――そんなことありませんよーう!!」



 研究室の扉が叩き開けられ、小柄な少女が乱入してくる。

 ボサボサな緑色の髪に爛々と輝く琥珀色の双眸、愛らしい顔立ちには機械油をべったりとつけている。動きやすさを重視した茶色のつなぎに幼児体型を詰め込み、長い白衣をずるずると引き摺っていた。


 ガシャンと機械に改造された両腕を鳴らす小柄な少女は、レジーナに「そんなことはないです!!」と訴える。



「私に修理できないものはないですからね、どれほど壊れていても完璧に直して戦場に送り出してやりますよぅ!!」


「しかしだな、ドクター・メルト。レガリアは事情が特殊で」


「レガリアを直せるとか最高じゃないですかぁ!! 滾りますねぇ!!」



 小柄な少女は「うぇへへへ」と涎を垂らしていた。


 彼女の名前はメルト・オナーズ。傭兵団『黎明の咆哮』が抱える専属の魔導調律師であり、ドクター・メルトと呼ばれている。

 ちなみに魔導調律師とは、改造人間の機械化した部分を直す医者でありメルトはかなり腕の立つ魔導調律師なのだ。魔法によって修繕箇所を診断・修理するので時間もかからなければ痛みもない。本人は修理の他に改造も担当しているので、まさに天才の名前をほしいままにしていた。


 力瘤を作るメルトは、



「まずは魔力を流して反応を見るんですよぅ、こういうのは!!」


「直す方向に持っていってしまったか……」



 レジーナは深々とため息を吐き、エルドは密かにグッと拳を握っていた。


 このユーバシリーズ初号機が修理されれば、戦場に投下できる。

 戦場に投下されれば間違いなく戦争は終わるのだ。そうすれば戦争の報奨金がたんまり貰えて、あとは悠々自適の隠居生活である。レジーナの尻に敷かれるだけの人生も終わるのだ。


 メルトは自分専用に誂えた台座に乗り、手術台に寝かされたユーバシリーズ初号機を見下ろす。全身真っ白でボロボロの機体を見て、彼女は「ふあぁ」と奇声を上げた。



「ほ、本当にユーバシリーズだぁ……」


「ドクター、直せるのか?」


「まっかせてくださいよぅ、エルドちゃん。この天才であるアタシに直せないものなんてないんですよぅ」



 ニヤリと笑ったメルトは、手始めに「兵装展開!!」と元気よく言う。


 彼女の改造を施された機械の右腕が変形し、様々な工具や機材を露出させる。青色の液体が流れる管とか、ドライバー、レンチ、金槌、鋸まで多岐に渡る。

 まだ兵装を展開していない状態の左手で青色の液体が流れる管を引っ掴むと、その管に取り付けられた尖った先端をユーバシリーズ初号機の千切れ飛んだ左腕に突き刺した。



「これはアタシの保有魔力ですよぅ。魔導調律師はこうやって自分の魔力を他人に流して、壊れた箇所を調べて直すんですからねぇ」


「へえ」


「エルドちゃんはいつも退屈そうに寝てますもんねぇ」



 修理の間は退屈なので、いつも寝てしまうのがエルドである。どうせ寝ていても起きていても彼女は完璧に直してくれるのでいいのだ。


 すると、修理の為にユーバシリーズ初号機へ魔力を流していたメルトだが、唐突に「きゃッ!?」と悲鳴を上げた。

 どうやら何かの力が働いて、初号機に突き刺した魔力を移動させる為の管を弾いたのだ。右腕の兵装を弾かれたことによって、メルトは目を白黒させていた。



「え、な、何?」



 メルトは驚愕し、エルドとレジーナも手術台に横たわる初号機を見やった。



 ――魔力の充填を確認、自動修復機構を展開。左腕の修復を開始します。



 どこからか聞き覚えのない声が響き渡ったと思えば、初号機の失われたはずの左腕が自動で修復され、元の腕の状態に直っていた。

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