第1章:目覚めた白い破壊神
【第1話】
アルヴェル王国とリーヴェ帝国は、昔から激しい戦争を続けていた。
最初は剣、次第に銃火器や魔法が戦場に投入され、戦争の行方は激化の一途を辿った。どれほどの兵士が死んだのか、今は数えられていない。
時代が流れるに連れて、生身の人間は戦場に出なくなった。砲弾も使われなくなり、今や戦場を支配しているのは機械と魔法の叡智が結晶となったものである。
アルヴェル王国は身体の一部を機械化し、身体能力などを増幅させた『改造人間』が主戦力となった。王国兵士はおろか、所属する傭兵団も全員が改造人間である。
リーヴェ帝国は人間と見分けがつかないほど精緻な自立型魔導兵器『レガリア』が主戦力となった。時代が進むに連れてレガリアのシリーズは増えていくが、最優と謳われるユーバシリーズは今も戦場で活躍する。
凄惨な戦争の行方は、2つの国にすら分かっていなかった。どちらかが斃れるまで、絶対に闘志は捨てないことだろう。
☆
アルヴェル王国の傘下に『ユーノ』という国があった。
かつてリーヴェ帝国に隅から隅まで破壊し尽くされたその国は、今ではアルヴェル王国のとある傭兵団の拠点となっていた。
建物の半分以上が吹き飛ばされた立派な王城に掲げられた朝日に向かって咆哮を上げる狼の旗――傭兵団『黎明の咆哮』の御旗である。
「エルド、エルド。いないのか?」
倒壊した家屋の中でもまだ無事な類に属する家の扉を叩きながら、傭兵団『黎明の咆哮』団長レジーナ・コレットが叫んでいた。
一言で表すならば理知的と表現できる女性である。
青みを帯びた黒髪を肩口でバッサリと切り揃え、凛とした印象のある切れ長の双眸は緑色をしている。簡素なシャツと軍用ズボンという格好をした彼女は、とても1つの傭兵団を率いる団長とは思えない。
容赦なく扉を叩き続けるレジーナは、
「エルド、起きろ。もう昼だぞ、エルド」
「……うるせえなァ」
木製の扉がギィと軋み、その向こう側から筋骨隆々とした男が姿を見せる。
くすんだ金髪に無精髭、顔立ちは
特徴的な部分は、彼の右腕だろうか。肩口から鋼鉄の装甲に覆われ、動かす度にガシャガシャと音を立てる。その部分だけ妙に人間らしさがなかった。
彼の名前はエルド・マルティーニ。傭兵団『黎明の咆哮』に所属する傭兵である。
「げ、姉御」
「げ、とは何だ」
レジーナは寝起きらしいエルドを睨みつけ、
「昼まで寝ているとは何事だ。他の傭兵はもう働いているぞ」
「今日は非番なんでェ」
適当な嘘でその場を逃れようとするエルドだったが、耳を引っ張られて「イデデデデ」と痛みに呻く。
「嘘を吐くな。お前は以前も非番と嘘を吐いて仕事を逃れただろう、私の目が黒いうちはサボらせんぞ」
「姉御は働き者ッスわ」
引っ張られた影響でズキズキと痛みを訴える耳を押さえるエルドは、
「じゃあ姉御に俺の仕事をあげますわ。そういうことで」
「何も解決していない」
「イデデデデデデデデ、分かった分かったから耳を引っ張るのは止めて!!」
容赦なく耳を引っ張ってくるので、エルドは渋々とレジーナの話を聞く体勢を作る。
「北の森に量産型レガリアが出たと報告があった。お前には量産型レガリアの撃破と
「えー、量産型ァ?」
エルドはあからさまに顔を顰めた。
レガリアとは敵国であるリーヴェ帝国の叡智が詰まった自立型魔導兵器の総称であり、その量産型レガリアといえば雑魚と呼んでも過言ではない。ツルッとした顔が特徴の案山子に型落ちした銃火器を括り付けたような、いかにも量産型という言葉が相応しい形をしているのだ。
金にもならない量産型レガリアを撃破したところで時間の無駄である。それならエルドは積極的に惰眠を貪っていきたいところだ。
しかし、団長であるレジーナには関係なかった。彼女にとって仕事はやらなければならない任務であり、選り好みしている場合ではないのだ。
「文句があるようだな? 次は目潰しでもするか?」
「いえ、何でも」
下手をすれば目潰しどころでは済まなくなる気配を察知して、エルドは慌てて居住まいを正す。こんなところで自分の息子(意味深)が使い物にならなくなっては困る。
「それならさっさと支度をして仕事に行け。働かなければ給金は出さんぞ」
「へいへい」
くすんだ金髪を掻くエルドは、
「どうせならおっぱいの大きな美人さんに優しぃく起こしてもらいたかったぜ。姉御じゃなァ……」
エルドの青い瞳が、黒髪美女の胸元に移る。
簡素なシャツを押し上げる胸元は、言葉で表すならば『慎ましやか』だろうか。エルドの理想には到底届かない、何とも控えめな双丘である。
ぶっちゃけて言ってしまおう、レジーナは貧の乳だった。起伏がなだらかである代わりに身長はスラリと高く、誰もが振り返る足の長さと玲瓏な面立ちは別の意味で人気が高い。――主に同性から、である。
どちらかと言えば豊かなお山の方が好きなエルドは、
「朝から美人に起こされるのはいいんだけどなァ、ちょっと俺の趣味とは違うんだよなァ」
「そうか、そうか。お前はそんな酷いことを言うんだな?」
「あ」
やべえ地雷を踏んだ、とエルドは悟る。
レジーナは緑色の双眸に絶対零度の光を宿すと、スッと静かに右足を引いた。
慌ててエルドが右腕を前に突き出せば、金属と金属がぶつかり合うグワッシャーン!! という轟音が耳を劈く。
振り抜かれたレジーナの右足が、エルドの右腕に受け止められていた。彼女の右足は青色の光が巡る鋼鉄製のものとなっており、エルドの右腕と同じような作りをしていた。
「チッ、受け止めるか」
レジーナは大きめの舌打ちをすると、
「やるようになったな、エルド。それでこそ我が傭兵団に相応しい強さだ」
「お褒めに預かり恐悦至極ってな。美人さんが足を振り抜くんじゃないよ、怖いな」
「私だって怖いさ。お前の腕は何者をも塵と化す鋼の拳、しかも馬鹿みたいな剛力ときたものだ。このまま私の足を握り潰されたらどうしようと思うよ」
「姉御は足を握り潰すより先に距離を取って、さらに強い一撃を叩き込んできそうだけどな」
「お望みならやるか?」
「やらんでください、周りの視線が痛い」
エルドとレジーナのやり取りが、他の傭兵団の仲間にバッチリ見られていた。中にはヒソヒソと言葉を交わす少女たちもいて、おそらくエルドとレジーナの良からぬ噂話をしているのだろう。
正直なところ、レジーナとのやり取りは日常茶飯事と呼べた。昔からの付き合いがある腐れ縁で、戦場で小金を稼ぐエルドに声をかけたのは彼女の方だ。「姉御」と呼んではいるが、彼女とは同い年である。
エルドはレジーナの足を解放すると、
「分かった分かった、仕事をすりゃあいいんでしょ」
「最初から素直に頷いていればよかったものを」
レジーナは改造を施した足を下ろし、
「それでは5分後に出発しろ」
「なあ、今回の仕事って1人か?」
「そんな訳ないだろう」
レジーナはエルドのサボり癖をしっかりと見抜いていた。切れ長の双眸をエルドに投げかけ、
「お前は目を離すとすぐにサボるからな。見張り役としてヤーコブをつけておいた、彼を振り払おうとするんじゃないぞ」
「へいへい、分かってますよ姉御」
適当に返事をするエルドに心配そうな眼差しを送りながらも、レジーナは「頼んだぞ」と言い残して立ち去った。
傭兵団の団長様も忙しいのだ。1人の傭兵如きに時間を割いていられないのである。
エルドは大きな欠伸をすると、
「支度するかァ」
仕事を引き受けてしまったら、やらなければ気が済まない性格なのだ。非常に気乗りしないが、給金の為に頑張ろう。
エルドは小声で「面倒臭え……」と呟きながら、扉を閉ざした。
そういえば、レジーナの応対をしている時も下着1枚だったことに今更ながら気がついた。往来で下着姿を晒すとか、どんな変態なのだろうか。
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