第13話 残り95日 魔王、ミスリルを得る

 まずは、勇者の情報を得ることだ。

 魔王ハルヒはそう考えていたため、エルフの死体から抽出されるというミスリル銀の入手を最優先にした。


 ミスリル銀があれば、魔王であるハルヒが魔法陣を刻んでも、その力に耐えられるはずだった。

 ハルヒはダークエルフのことを疑ってはいなかった。ハルヒが何もしなくても、裏切れば皆殺しになる。そのことを、既に多くの犠牲によって知っているからだ。


 城の建築地からエルフの森に出発し、エルフの森の縄張りに近づいたところで、先導していたダークエルフの生き残りが一斉に土下座した。


「ど、どうか、これ以上は森に近づかないでください」

「どうしてよ」

「枯れるってことですよ」


 ハルヒの足元で、ドレス兎のコーデが言った。


「失礼ね。木が枯れたのは、私を怒らせたからよ。私を怒らせなければいいだけじゃない」


 宣言すると、魔王ハルヒは土下座するダークエルフたちを無視して進んだ。

 ダークエルフたちが立ち上がり、ハルヒの後を追う。ハルヒを囲むように位置どりをしているのは、樹木が枯らされるぐらいなら、自分たちの命を投げ出すつもりなのだろう。


「ほらっ! 枯れたりはしないでしょ」


 ハルヒは、自分の足元を必死に追いかけてくるドレス兎を持ち上げながら言った。


「そうだ。お前たち、魔王様に失礼だぞ」


 ドレス兎が胸をそらせた。


「樹が枯れるかどうかを試しに来たわけではないわ。ミスリル銀……だったっけ? 製造している場所を見たいのだけど」

「では、こちらです」


 ダークエルフは顔の陰影がほとんどない。真っ黒の肌をしているためだ。そのため、ハルヒにも見分けがついていなかったが、魔王に話しかけ、応対をしているダークエルフは一人だけらしいと気づいた。


 ※


 魔王ハルヒはダークエルフたちに導かれるままに移動した。

 エルフの森に入り、案内役なのか数人のダークエルフはハルヒの側に随行しているが、他の者たちはやや遠巻きに、ダークエルフの居住地を守るように配置していた。


 ハルヒが案内されたのは、魔の山の中でも暗い、日陰の場所だった。

 くぼみがあり、横に倒した長方体のロッカーのような箱がある。平たい石で作られているようだ。


「棺のようね……ひとつだけなの?」


 ハルヒは四角い石の箱を覗き込んだ。尋ねたのは、100体以上の死体を運んできたからだ。

 箱の上には蓋がなく、内部を覗けば黒い煤がこびりついていた。


「エルフ族は長寿です。争いがなければ、滅多に死人が出ません。ですから、ミスリル銀の抽出も滅多には行われません」

「死体も残らないから、お墓も必要ないってことね」

「……はい」


 ダークエルフたちはハルヒに従うようについてきていた。

 それとは別に、魔王に従わず魔の山から逃げることに決めた、大量のダークエルフの死体が魔物たちによって運び込まれた。

 森のクマさんや赤鬼ノエルといった力自慢の魔物たちだ。


「ミスリル銀は、エルフ族の死体から抽出すると言ったわね。ここでやるの?」

「はい

「やってみせて」


 魔王ハルヒの要望に応え、ダークエルフたちは、無造作に積み上げられた同族の死体を運び、四角い箱に納めた。一体だけだ。

 ハルヒが場所を開ける。黒い肌をした一人が箱の前に立ち、箱に両腕を向けた。

 死者を送る祝詞のような言葉と共に、箱の下部に炎が生じる。


「魔法?」

「そうですね」


 ハルヒの問いに、ドレス兎が答える。

 ハルヒは長い間、加熱される箱を見ていた。すると箱の底から、やはり石製の細長い管が伸びていることに気づいた。

 ダークエルフの祝詞が終わる。


「そろそろです」


 祝詞をあげていたエルフが、管の先端に木製の器をあてがうと、管を通して銀色の液体が伝い流れてきた。


「これが……ミスリル銀なの?」

「はい。エルフ一人から、この程度しか抽出できません」


 ダークエルフが示した器の底に、銀の液体がこびりついている。


「では……たくさん死んでくれたことに、感謝しなくてはいけないわね」


 魔王ハルヒは、死体の山に残忍な笑顔を向けた。

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