「なにかあったの?」

 自分の部屋に鳩を案内してから、コーヒーを二人分淹れて戻ってきた幹は青色のクッションの上に座りながら鳩に言った。

「……お兄ちゃんと喧嘩したんです」

 と恥ずかしそうに顔を赤くしながら鳩は言った。

 幹と燕と鳩は幼馴染の関係で、鳩がお兄ちゃんの燕と喧嘩をして、こうやって幹のところにやってくることは子供のころからよくあった。

 でもさすがに高校生になってからは一度もないことだった。(燕と鳩が喧嘩をすることもなくなった。二人は本当に中の良い兄妹だった)

 だから鳩は久しぶりに燕と喧嘩をして泣いてしまって、子供のころのように幹のところにやってきた自分のことを冷静になって振り返ってすごく恥ずかしい気持ちになっているようだったし、幹のほうはなんだか久しぶりに泣いている鳩を自分の部屋に案内して、まるで子供のころに時間がタイムスリップでもしたみたいな、とても懐かしい気持ちになっていた。

 今日の空模様は朝からずっと曇っていたのだけど、幹と鳩が部屋の中で二人きりになったところで、窓の外では雨が降り出した。

 二人の間に会話はなかった。

 最初はそんな風には全然感じていなかったのだけど、鳩とこうして二人だけで沈黙の中にいると、幹はだんだんと少し気まずい雰囲気を感じ始めた。

 三人が集まって遊ぶとき、もともとおしゃべりではない幹と燕の代わりによく話をしていたのはおしゃべりな鳩だった。

 でも今日の鳩は自分から言葉を話さなかった。それはとても珍しいことのように幹には思えた。

 幹と鳩の二人で話す会話の内容は、そのほとんどが燕に関することだった。 

 だから今日も、気まずさに耐えかねて口を開いた幹が出した話題はやっぱり燕のことだった。

 幹は鳩に燕の言っていた『孤独な彗星』の話をした。

 その話を聞くと目を丸くした鳩は少ししてからくすくすと、本当に面白そうな顔をして、幹の前で笑い出した。

 幹は鳩がなんで笑ったのか、その理由はよくわからなかったのだけど、とりあえず、泣いていた鳩が笑ってくれて良かったと(本当に)心の底からそう思った。

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