第2話 新居
「予想以上に賑わっているのかしら?」
町へと続く行列を見て、そんな感想がこぼれる。
馬車に揺られること3日、とうとう新居がある目的の町へとたどり着いた。
冒険者たちが多いとは聞いていたけれど、短いとはいえ行列ができるような町だとは思わなかった。
並んでいるのは商人の馬車みたいなので、単に商人たちの一行にかち合っただけという可能性もある。
それでも、これだけの馬車が来る程度にはこの町が賑わっていることになるはずだ。
まあ、これからこの町に住むことを考えると、寂れた町よりは賑わっている町の方がうれしいので、歓迎すべき光景かもしれない。
「やっぱり冒険者が多いみたいね」
特に問題なく門を通過し、町中を進む馬車の窓から町の様子を眺めてつぶやく。
あまり領都の屋敷から出かけることがなかったので確かなことはわからないけれど、行き交う人の数は領都と変わらないかもしれない。
ただ、領都とは違って行き交う人の多くが腰に武器をぶら下げているので、その多くが冒険者と呼ばれる人たちだと思う。
そのことを意識して改めて町の様子を見ていると、宿屋や食事処、酒場の看板を掲げた店が多いことに気づく。
やはり、町自体が冒険者を中心としたものになっているのだろう。
「あれ?」
ぼんやりと町の様子を眺めながら馬車に揺られていると、馬車がゆっくりと停止した。
目的地に着いたのかと外を確認するも、目に映るのは何故かこの町に入るときにも目にした外壁。
思わず疑問の声も出るというものだ。
どういうことなのかと悩んでいる間に、再び馬車が動き出す。
そして、そのまま町を囲む外壁をくぐり抜け、町から離れるように進みだした。
「えっ?えっ?本当にどういうこと?」
驚きにまたしても疑問の声を漏らすが、御者台にまでは聞こえていないのか、答えが返ってくることはなかった。
「お嬢様、屋敷に到着しました」
内心の不安をよそに馬車はどんどんと進んでいき、国境となっている未開の森が見えてくる。
嫌な予感が大きくなっていく中、馬車はゆっくりと森へと近づいていき、森の中の道を進んだ先に一軒の屋敷が見えたところで御者のベイルから声をかけられた。
信じたくないという思いを抱えつつも、しっかりと自分の足で停止した馬車から降りる。
目の前には森の中には不似合いな立派な屋敷があった。
「思っていたより大きいのね」
周囲の森のことはあえて無視して、目の前の屋敷について感想を述べる。
恐らく、今まで住んでいた屋敷と同じかそれよりもやや大きいくらいなのではないだろうか。
正直、使用人たちが一緒に住むとはいえ、私1人のために用意するには大きすぎる気がする。
実は私が知らないだけで、他にも似たような境遇の子供がやってきたりというような話だったりするのだろうか。
私よりも幼い弟や妹には、妾の子もいるという話らしいし。
「では、屋敷の中をご案内します」
ぼんやりと屋敷を眺めたままそんなことを考えていると、ベイルから声をかけられる。
こちらを確認してから屋敷へと歩き出す彼に続き、私も馬車に持ち込んでいた荷物と共にその後へと続いた。
ベイルに続いて屋敷へと入ると、そこは貴族家の屋敷らしく吹き抜けの玄関ホールとなっていた。
正直、こんな辺境の森にある屋敷にそんなものが必要なのかと疑問を覚えるが、きっと見栄を張るのはもはや貴族としての本能みたいなものなんだろう。
そんなことを考えつつ、1階を案内される。
無駄に広い食堂にキッチン、使用人用の部屋、あとは応接室が2部屋あった。
一応、私が住むことになるということで改修工事の手は入っているらしく、キッチンの水回りなどは新しくなっていた。
ただ、時間がなかったからか費用をケチったからかはわからないが、手が入っているのは最低限らしく、応接室などはそのままの状態で放置されていた。
具体的に言うと、2部屋あるうちの1部屋が完全に物置と化していた。
おそらくだが、1部屋を使えるようにするためにもう片方の部屋を諦めて荷物を詰め込んだのだろう。
1階を回った後は2階へと移動する。
こちらには屋敷の主人のための執務室に主寝室、それに客室が3部屋あった。
一応、私が主人になるということで執務室と主寝室が片付けられていたが、はっきり言ってあんな広さはいらない。
正直、私にとっては客室の広さでも広いくらいだ。
その後、最後に向かったのが地下室。
この地下室は2部屋あって、片方は備蓄などに使われる倉庫になっているようだ。
まあ、食材だけでなく屋敷の維持管理に必要な道具なんかも置かれているみたいだけど。
私が見に行ったときには、馬車に積まれていた備蓄用の小麦などが収められた後だった。
そして、もう一つある地下室は実験室だった。
以前の住人が研究者だっただけあって、何に使うのか一目ではわからないような雑多な道具が転がっていた。
ちなみに、この地下の実験室がこの屋敷で一番大きな部屋だったりする。
「では、我々はこれで失礼させていただきます。
できれば、この屋敷の使用人が到着するまで残りたかったのですが、何分予定が詰まっておりますので」
「いえ、引っ越しを手伝ってもらえただけでも十分です。
屋敷が無駄に広いのが落ち着かないですけど、心配しなくとも1人で待つくらいのことはできますから」
屋敷の確認を終え、簡単な昼食をとってから1階の応接室で休んでいると、ベイルが私に向かって辞去の言葉を述べてきた。
ベイルが用意してくれた食後のお茶を飲みながらまったりとしていたのだけれど、彼らは私のようにゆっくりするような暇もないくらい忙しいらしい。
正直、馬車で3日もかかるのだからお茶の時間くらい誤差だろうと思ったりもするのだけれど、無理に引き留めることもためらわれる。
彼が言う通り、屋敷の使用人が到着するまではと思わなくもないけれど、それを口にするくらいには本当に忙しいのだろう。
私にできるのは、礼を述べて引き留めることなく見送ることくらいだ。
手に持っていたカップを置いて、部屋を出る彼の後に続く。
「では、失礼します」
屋敷の外まで見送りにきた私に対し、丁寧に頭を下げてからベイルが御者台へと乗り込む。
それを見ながら、そういえばベイルたちのことをほとんど聞かなかったなという思いが浮かぶ。
一応は主家筋の人間と使用人という立場だったとはいえ、ここまで3日も共にいたのだからお互い薄情なものだと思う。
結局、彼らのことは名前と本宅の使用人たちだということくらいしか知ることがなかった。
そんなことを考えながら、敷地を出ていく馬車を見送った。
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