第20話 従軍前のとある日

 木剣を手に、向かい合っていた男へ斬り込む。相手もまた木剣を手に僕を迎え撃ち、一合、二合と斬り結んで、鍔迫合ったと思った瞬間腹部を蹴り飛ばされた。

 後方へ吹き飛ばされるも、即座に体勢を整えて前進し、下方から斬り上げ。相手は頭上から木剣を振り下ろす。

 二つの剣が交錯すると、敵のそれは次の瞬間宙を舞っていた。

 素手になっても尚、向かってくるだろうと予想しており、実際その動きが見えたので、先んじて追撃の一発を見舞う。


 僕の右足が相手の股を蹴り上げ、その身体が僅かに浮いてから、彼は両膝を着いた。

「それまで」と、僕らの一騎打ちを見届けていたエデンが声を上げる。

 戦っていた相手は彼が雇っている魔剣士。僕が新たにその主の側へ戦力として加わると知り、腕を見たいと申し出られた結果の勝負だった。


「お見事」


「そちらも結構な腕前のようですが、最後の打ち下ろしは少し油断があったでしょう?」


「申し訳ない。渾身の力では怪我をさせるかと案じたが、とんだ非礼だったようだ」


 木剣を弾かれた際の動揺に付け込んで勝ったが、油断なく構えられ、尚且魔剣同士で戦ったら結果はどうなるだろう。五分の実力者であると感じる。

 貴族の中でも筆頭格の強者で、中でも最も前線に立ってきた男の従者と対等に渡り合ったのだから、本来なら己の力を誇って良い状況だ。魔物とばかり戦って自分の力の現在位置などまるきり把握する機会がなかったものの、僕自身もまた共に戦ってきた男の実力と名声に恥じないくらいに成長出来ていたと実感を得る。

 当の主を守り切れず生死不明にさせてしまっているようでは、喜んでいられないが。

 彼が生きているにせよ、そうでないにせよ、シャルルを倒し北西の人々を開放して、あの海岸に大きな社が建っていないか確認するまでは、只管精進あるのみだ。


「コノエ様、素晴らしい実力です。これならば逆賊との再戦に勝利することも叶いましょう」


「いえ、これではまだまだ……。悔しい限りですが、あのゴーレムを一人で攻略する自信はありません。皆様の助けをお借りしないと」


「私も居りますし、派閥は異なりますがロウグも居ります。二人でそれぞれ巨大なゴーレムの一体、二体は受け持ってみせましょう。どうか貴方様は隙きを見て迅速に本体を叩いて下さい」


 現在いるのはエデンの、ハイオニル家の敷地、会話が聞こえる範囲にいるのは僕と彼以外は今戦っていた魔剣士のみのため、王族として恭しく語りかけられる。魔剣士にはその辺りの事情も話してあるらしい。当然かもしれないが、強い信頼関係で結ばれているのが分かる。


「弱気と思われるかもしれませんが、確認しておきたいことがあります。今、一体、二体と仰っしゃりましたが、手に負えない程の数を繰り出されたらどうなさいますか。あの浜辺では四体用意していましたが、軍を率いての戦争となればそれ以上、持ち出してくる可能性が高いのではありませんか?」


「巨大ゴーレムの行使というのはとても大変なものです。かつての記録によると当時あの男が同時使用出来たのは三体が限界だったようなので、そこから四体まで力が伸びているのは驚異的ですが、用心を重ねまだ余力を残していたとしても五体が限度でしょう。五体目が出たとして、一体くらいならば私共以外の戦力で抑えられます」


「ならば、問題ないようですね」


 かなり懸念していた事態だったが、どうにかなる範囲らしい。実戦でもその算段通りに行けば。あのゴーレムの力は知っているが、エデン、ロウグの力はどうだろうか。

 エデンからは先程、彼とその祖先達が得意としてきたという雷槍の魔術を見せてもらっている。かなり強力そうだったが上空に向けて放たれただけだったので威力は定かでない。

 ロウグについても少し聞いてみたが、敵同様ゴーレムを用いるらしい。上限は四体。ならば彼一人で全てのゴーレムを抑えられるのではと思ったが、向こうも自らで敵対象の首級を狙っているだろうからその展開は期待し難いとのこと。自らへ向かってくる敵だけを押し留めたら、余分な戦力は敵本体の打倒に向かわせると予想出来た。全敵ゴーレムが彼を目指して襲いかかりでもすれば別だろうけれど。


 僕自身がシャルルの首を取れるかは兎も角、今の所、戦自体は勝てそうに思えた。

 ただ、反乱を起こすくらいなので、向こうにもこちらが予想していない勝算はあるだろうから、油断は出来ない。

 そもそもの問題として、僕が都へ帰り着いた日から何日も経っているにも拘らず、未だ戦争までの段取りが整っていなくて、一体いつ出陣出来るのか分からないというのもあった。


「軍の編成にはまだ掛かりそうですか?」


「恥ずかしながら、手間取っております。古の兵法書通りに雑兵まで含めて陣を展開すべしという意見と、魔術師と魔剣士のみで十分という意見さえ、漸く纏まった段階で」


「纏まったというのは、どちらに?」


「多くはありませんが一般人からも徴兵して、従軍させることとなりました」


「誰の意見ですか」


「オドマン、宰相です」


 魔術師どころか魔剣士ですからないではないか。そのような者の意見を容れて庶民へ更に負担を強いるなんて。そう言い募りたくなったが、エデンに言っても仕方ない。それが宮廷の勢力図なのだろう。


「火球で焼かれるだけでは……」


「一斉に矢を射掛ければこちらも十分に脅威を与えられるだろうと考えているようで」


 それがどれだけ効果を上げることか。弓の心得のある人間自体少数だろうに。あまり期待出来るきはしなかったが、決まったものは仕方ない。

 そのまま手合わせは終わり、ハイオニルの屋敷を後にして、呼び出しを受けていたタチバナの屋敷へと向かう。

 エデンのところのように真っ当に活気ある貴族の家を見た後だと、こちらはとても物寂しい空気を感じさせた。


「良くお越し下さいました、コノエ様。お会い出来て光栄でございます」


 屋敷の応接室に通されると、そこにはシキの他に見慣れぬ婦人の姿があった。その黒髪と顔立ち、年齢からシキの母親だと察しが付く。実際、その予想通りの挨拶がなされた。


「今日は母も貴方様に一目お会いしたいと言うので同席させたのですが、宜しいでしょうか」


「構いませんが……珍しいですね」


 最初にここへ足を踏み入れてから三年程経過し、彼女が顔を出したのはこれが初。サコンからは敢えて避けられているようだと聞かされていたし、その理由は気になった。


「本当はもっと早くお会いしてみたかったのですよ? ただ体調の優れない日も多く」


「母は病弱な上、人見知りが激しいのです。それより、エデン殿の下へはもう足を運ばれましたか」


「ここへ来る前に立ち寄ってきました」


「どうでしたか、彼の相棒は」


「とても強い方でしたが、今回は何とか勝てました」


「それは素晴らしい。サコンのみならず貴方様も、国の筆頭として数え得る力を身に付けていたのですね。頼もしいことだ。……他には何か、聞き及んでおりますか?」


「いえ? 特に何も」


「私から伝えておくと断っていたので、彼も敢えて言及しなかったのでしょう。実は貴方様と陛下の件について、話が纏まりました」


 この慌ただしい中でその話かと、意外に感じながらも耳を傾ける。


「陛下が反乱鎮圧において、最も功績の大きかった者の意見を取り入れると仰ったのです」


「禅譲も含めてということですか」


「特に留保はなかったので、そうでしょう。今回の騒動に大層御心を乱しているようなので、今決断を下さずとも、と制止も試みたのですが、聞き入れられず……。そもそも各派閥での話し合いによる合意が整おうとしていたのですけれど、あのように明言されてしまいますと……万が一にも負けられなくなりました。特にロウグが手柄でも上げようものなら、世間の混乱は増すでしょう」


 王室の交替。僕にとっては穏やかでない展開だ。


「陛下としては我々を競わせて、反乱鎮圧への奮起を促したいのかと。大将は宰相オドマンが務め、エデンとロウグが副将とまで決定されました。ナイア殿の派閥からも幾らか参加するようですが、肝心の派閥の長が非戦闘型で尚且高齢であり、また洛中を全く手薄にするわけにもいかぬとオドマンの進言もあって、ガルディア家の面々は都へ居残りになりそうです」


「すると婚姻派は特別不利な措置を受けたわけですか」


「単に残らせる人物としてナイア殿が適任だっただけかもしれません。まさか最も強いエデンとロウグを向かわせないわけにもいきませんし、オドマンに至っては残らせる意味もない。取り敢えず大将としての権限だけ与え、手柄を立て得る機会だけは用意して納得させたのだと思われます」


「実質的には保守派と禅譲派の勝負ですか。身が引き締まります」


「そもそも何を以て功績の大小を測るのか明確にされていない以上、オドマン達に対しても気は抜けませんが、シャルルの首級が最も重要なのは確かなはず。……ここで共に励みましょうと言えれば格好良かったのですけれど、残念ながらタチバナは皆、都へ居残りです。数も少ない上、唯一太陽の加護を受けているケイはどうやら再び身重のようで」


「それは……おめでとうございます」


「実はサコンとの子供なのですけどね」


 それを聞いて驚いていると、傍らの彼の母が咎めるように彼の名を呼んだ。シキはそれを無視する。


「私も貴方様同様、実際には女なのですよ。本来ならこの時点で家系断絶の危機ですね。それでサコンに頼み、こっそり魔力の強い血を取り込んでいたというわけです。本人からは何も聞いていませんでしたか?」


「はい、何も」


「影でも忠実だったようで……。惜しい男を失いました」


「まだ死んだとは限りません」


「…………そうでしたね。姉も、占いの結果ではまだ彼が生きていて、北西に潜伏していると言っていました。それが的中して、いずれ生還してくれると何よりです」


「ところでつまり、既にいる子供二人もサコンのということですか」


「そうです。戦友の忘れ形見、とまだ決まったわけではありませんが、貴方様にはそれとお伝えしておきたく……、本来ならこうした明言は厳禁なのですけれどね」


 知ってみると、サコンがメリアを連れてきた際のアリサの反応や、どことなく感じていた彼と姉妹との距離の近さについて合点が行く。


「本日お伝えしたい話は以上です」


「分かりました。ありがとうございます。帰る前にサコンの子供達と会うことは可能ですか?」


 そう問うとシキは席を立ち、僕を二階へと案内してくれた。アリサの部屋に連れて行かれ、そこには丁度ケイもいて、二人それぞれの子供とも改めて対面する。ここにも彼の子供がいたのかと思って眺めると、赤子達への心象も変わって、何とも奇妙な心地だった。

 母親であるアリサ、ケイの様子は、前者はかなり元気を失っていて、後者は少なくとも表面上、これまでの印象と変わらない。穏やかに子供を抱きかかえていた。

 長居はせずに立ち去って、シキに門まで見送られる。


「エデン様にも確認しましたが、軍勢が整うまではまだまだ時間が掛かるのですね?」


「恐らくもう一月程は」


 その答えを聞いてとある思案をしながら、次に向かったのはマヤの実家だった。しかしながらそこは奉公人が一人いるだけで他は皆留守だったため、マヤが引っ越していったサコンの屋敷へ向かった。

 到着してみると、ナガミツが庭先でカゲヨシと遊んでいる。彼に用件があったので丁度良いと思いつつ、一度二人へ挨拶を済ませてから屋敷の中へ。使用人姿のデニスが出てきて出迎え、マヤの下へ案内された。

 サコン自身に承認されて雇われたのはメリア一人だったが、マヤの許可を得て、娘共々屋敷で働いていた。都で腰を落ち着け、娘の給金でただ養われる立場となってみると案外気持ちが悪く、自ら働くことを申し出たらしい。


 当初、僕はあまり彼女を信用していなかったのだが、マヤによれば働きぶりは真面目とのこと。カゲヨシに言わせると、詰まらない。子守はあまり得意でないようだ。

 因みに娘のメリアに対する評価も似たもので、真面目で仕事の要領も良い反面、子供のカゲヨシからの評価はあまり高くない。マヤから見ても母親に増して口下手なそうだ。

 第二子を出産したばかりな上、共に暮すはずだった男の安否が知れなくなった彼女を気遣って、セリナとナガミツは頻繁に足を運んでいるという。特にセリナはメリア、デニスを仕切って共に働いている姿も見かける。


 マヤとサコンの第二子は女の子だった。名前はヨミ。

 マヤはサコンの身に起きた出来事に対し、あまり動揺は見せていなかった。反乱を起こした魔術師が相手というのは予想外だったが、役目柄、いつ何があって帰って来られなくなっても不思議でないと、常に覚悟はあったらしい。

 少しばかりやり取りして彼女とヨミが変わらず健やかであると確かめてから庭先に戻り、ナガミツへ声を掛ける。


「あの時の盗賊はどうなりましたか」


 そう確認すると、入れ墨と鞭打ちを食らって解放されたと教えられる。彼があの夜駆け込んだ先にいた盗品商も同じく解放されているため、行方を知りたいのならばあの店に足を運ぶのが良いのではないかとまで助言を貰い、遊ぼうとせがむカゲヨシには用事があるからまた今度と約束して、僕は南部まで歩き出す。

 魔術による占いでも生存の判定が出たと聞いて、僕の予感は後押しされた。

 サコンはきっとあの土地でどうにか、生き延びている。


 しかしそうすると、今尚敵から行方を捜索されながらの潜伏生活をしている可能性もあるということだ。ゴーレムにやられた負傷だって大きいだろう。

 軍隊が整うまで待って、ノロノロとした行軍で北西まで向かい、反乱軍を打ち破るまでただ彼を放置する以外、何か打てる手はないものかと案じた結果、思い付いたのが現地へ使いを放つことだった。

 ただの人間を送り込もうとしても潜入は容易でないだろうが、あの盗賊、ヘイオスという名前らしいが、彼ならば不可能でないはず。


 そして今、彼が金銭を必要としているのは想像に難くない。

 長い時間を歩いてあの夜突撃した酒場までやって来ると、そこには確かにあの日、捕らえた男の姿があった。目の下に入れ墨の入った顔で昼間から盃を呷っている。

 僕が店内に足を踏み入れると初めは胡乱な目付きでこちらを見つめ返していたが、やがて思い出したのか急にハッとした顔付きになる。それは店主の男も同じだった。


「アンタ……」


「久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


「ああ、アンタも元気そうで何よりだよ。念の為断っとくけど、逆恨みしてるなんて思わないでくれ。とっ捕まるのは覚悟の上だったし、あのおっかない魔術に襲われてたオレの命乞いをしてくれたのも、きっちり記憶してるから」


 むしろ感謝してるよ。そう言って向かいの席へ座るよう促されたので着席し、彼と対面する。店主からは酒で良いかいと訊かれ、それ以外で何かと答えておいた。彼の方は入れ墨もなく、あまり大きな罰にはならずに済んだようだ。


「それ以降、調子はどうでしょう。仕事はどうしてますか?」


「盗みって意味なら、やってない。真っ当な労働って意味なら……こっちもやってない。こうしてツケで飲みくれる毎日だよ」


「それなら仕事を引き受けてみる気はありませんか」


「仕事? …………まさか、あの旦那の下で働けって?」


「僕個人からの依頼です。多少危険ですが、その分、報酬は弾みますよ」


「……詳しく聞かせてくれ」


「北西の反乱はご存知ですね? 彼らが占領している地域へ忍び込んで、探って欲しい情報があるのです」


「そりゃまた……ドギツい依頼だ」


 ヘイオスは力なく笑った。


「で、何を探せば良い?」


「僕の相棒で、君を捕らえた男、彼があの地域の沿岸で行方と生死の分からない状態になっています。貴方には北西沿岸部を捜索して大きな社でも建っていないか、或いはあの辺りで不漁や流行病の兆候でもないか調べ、もしもそれらが見つからないようであれば生存しているはずなので、現地で彼を探し、合流して補佐をしてやって欲しいのです」


「…………借りがあるし、金も必要だし、勿論、引受させてもらうよ」


 どのような経緯を辿ってそうなったのか教えてくれと言われ、一連の事態を説明する。


「後から反乱軍へ投降でもしてたら?」


「その場合は……考えづらい事態ですが、こちらへ連れ戻せないか試みて下さい」


「分かった」


 北西へ入るための潜入路を教え、明日、報酬とは別に路銀と、サコンへ届けて欲しい荷物を渡すのでと告げて、最後に具体的な報酬額も決まり立ち去ろうとしたところ、ヘイオスに呼び止められる。


「オヤジ、紙とペン」


「何を?」


「契約書。オレは構わないが、アンタは口約束じゃ不安だろう?」


「いえ、構いませんけれど……」


「なら、オレからの誠意だ」


 店主が実際にそれらを持ってくると、意外なことに彼はサラサラと淀みなく纏まった契約を書面に認めた。読み書きが出来る辺り、元の生まれは良かったようだ。それから最後、自身の署名をするとこちらにも同様、署名を求める。


「読み書きは出来るよな?」


「はい」


「そうだと思った。育ちが良さそうだもんな。良いとこのご令嬢って感じ」


「……これでも男ですよ」


 えっ、という顔をするヘイオスを余所に僕自身の名をそこへ書き記す。


「あっ、大事なこと忘れてた」


「何でしょう?」


「この仕事でオレが死んだら、支払われるはずだった報酬と同じ額、ここのオヤジに預けてやって欲しい。後は適当にここらの連中へ配ってくれるはずだから。なあ、オヤジ?」


「おう、任せとけ」


 その求めに応じて、書面の余白に条件を付け足しておく。

 更にもう一枚、同じ文面の文書を用意して、一枚はヘイオスが持ち、もう一枚は僕のポケットへ収まった。

 それから酒場を後にして、翌日、中央の待ち合わせ場所で合流し、路銀と、形代用に紙束を渡して、北部までは海路を使うという彼を港まで送り、その船出を見届けた。

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