第29話 紹介

 羽織を脱ぎ捨て袴を履き、太刀を腰に下げて、従者と二人、魔物と対峙する。

 人間への加害を止めるよう警告され、反発して向かってきた小柄な魔物へコノエが剣を振るった。小柄と言っても虎程の体躯はあるそれの足元を飛んでいった斬撃が斬り裂いて、怯んで立ち止まった相手に控え目な威力の火球を叩きつける。

 魔物は必死に回避行動を取って、幾らか火傷を負いながらも生き残っていた。


 もう一度、人へ危害を加えないよう頼み込んでみると、不承不承といった様子ながら同意して、相手は山の中へと帰っていく。

 どうせ殺してしまっても祠一つで済む相手だ。交渉が拗れ次第一息にやってしまって良いのではないかと思うのだけれど、学院の方針として魔物は極力殺すなとされているので従っている。


 幸い、魔物達は案外律儀なようで、こうやって追い払った後、魔術師がいなくなったのを見計らって再び人里が襲われるといった事例はとても少ない。新たな魔物が現れて縄張り争いに敗れ、いよいよ近隣一帯の山野に居場所がなくなったなどの場合に、例外的な行動へ出るようだ。

 村の人々の下へ二人で戻り、問題が片付いたことを報告し、それからそれぞれの馬に乗って町へと出発する。最後に村長が本当に謝礼はいらないのかと確認してきたが、十分な俸禄を貰っているので必要ないと断った。


 俺としてはくれるというのだから貰っておきたかったし、実際に最初はそうしていたのだが、コノエが内心それを良く思ってないことを知ってから控えるようにした。貧しい農村から幾許かの金銭を頂戴するよりは相棒のご機嫌取りである。


 正式に魔術師となってから、既に半年が経過していた。この間、俸禄は順調に伸び続けており、貯蓄も増え続けている。

 初仕事では加減を誤って相手の魔物を殺してしまい、祭祀まで行うことになってしまったが、それ以降は先程のように順調で、シキの働きかけもあるようだが、ひっきりなしと言って良いくらい立て続けに仕事を任されていた。

 見習いを終えてから三日を越えて連続して洛中に滞在出来たことがない。直ぐに仕事が入ってくる。タダツグ、セスとも、見習いを終えて以降、顔を合わせられていない状態だ。


 所得という分かりやすい見返りがあるため不満はないものの、単純な感想として良くもこれだけ仕事があるものだと少し不思議に思い、シキへ尋ねたことがある。国土が広いと言っても一軒一軒の村ごとに見れば魔物なんてそう頻繁に現れるものでもないし、魔術師もこれだけの数がいるのに、こうも沢山仕事を用意出来るものなのかと問うと、単純に、それでも人手が足りていないのだと答えられた。魔術師の中でも本当に戦闘向きと言えるのは一部であり、率先して命の危険が伴う現場へ立ちたがるのは更にほんの一部。そのため、積極的に仕事を引き受けたがっている俺のような者の出番はとても多くなるそうだ。

 あのエデンも同じ口で、貴族の家の当主でありながら洛外に出ていることが多いのだとか。


 命の危険がある仕事とは言ってもこれまで然程の強敵に出会ったことはなく、殺してしまわないよう加減が必要な案件ばかりだったので、実態として魔物退治は割の良い仕事なのではないかと俺は思っていたのだが、あまり多数派の思考ではないようだ。

 まあ、お陰で出世の道は早い。俸禄だけ見ればもう、洛中に小さな屋敷の一つでも借りられる水準だ。出突っ張りの上、現在の住まいも好条件なので引っ越す予定はないのだが。


 現場への移動を馬車ではなく、直接馬に乗って行うようになったのはコノエの勧めにより、短い休暇を利用して乗馬を覚えたことが切っ掛けだった。立派な車内でのんびり揺られながら移動するのも悪くないが、こちらの方が速かったし眺めも良く、移動が楽しかった。マヤを連れてこられないという難点はあったが、不都合はそれくらいだ。

 町から町へ移動して都へ帰還し、学院へ借りていた馬を返却して事務局へ向かう。また俸禄が加増されるらしい。

 仕事が終わった後のお決まりとして町中へ繰り出し、ちょっと贅沢な食事をコノエと済ませてから別れ、マヤに会うべくタチバナの屋敷へと向かった。


 到着すると一先ずアリサへ顔を出して帰還の挨拶をし、それからマヤがやって来て二人で彼女の実家へ向かう。最近の彼女の仕事は俺が洛中に帰り次第、俺の世話となっているようで、休暇中は殆ど一緒に過ごさせてもらっている。

 翌朝になるとシキから使い。今回の休みも短かったなと思いつつ屋敷へ向かった。

 応接室で向かい合うと、一通の手紙を差し出される。


「流石に半年も働き詰めだし、そろそろ纏まった休みを上げようと思っていたところだったのだけど、その前に一つ大仕事になりそうだ」


「……他家の貴族から、何かご依頼ですか」


 封筒に書かれている差出人の名は貴族のもののようで、カラスマという一家からだった。

 エデンから祟り神への対応を頼まれた際のやり取りが思い返される。


「その通り」


「俺もコノエもまだまだ働けますよ。別段疲れてはいません」


「それならば良いのだけど。とはいえ疲れる前に休んでもらうよ。それに君も少しは座学に当てる時間が欲しいだろう?」


 確かにその通りだった。魔術の勉強という面ではこの半年、あまり進んでいない。同意しておく。


「さて、この手紙の話だ。カラスマ家は私達同様、東洋系出身の、建国以来の貴族だよ。そこから当家を介して、君への頼み事さ」


 このことは秘匿されているわけではないけれど、極力他言しないように前置きされてから詳細が語られる。


「そこのご子息がね、仕事を失敗したんだって。魔物を退けようとして返り討ち。幸い命は取られなかったけど」


「相当強力な魔物ってことですか?」


「どうだろうね……。最初、現地から上がってきた報告ではちょっと大きな猿の魔物程度の話だったんだけど、手紙によれば見上げるような巨体に黒い体毛で、かなり筋肉の発達した身体だったらしい。説明が詳細だから多分後者が概ね正しいとは思う。前者は多分、報告を入れた現地民と、それを書簡に纏めた役人との意思疎通に問題があったのだろう。……とはいえ家の人間が敗北した手前、カラスマ側が少し話を盛っている可能性もあるけれど」


 いずれにしても、これまで相手取ってきた魔物の中でも手強そうだ。貴族の子弟が敗北する程である。


「何にしても、近頃売出し中の君にこの件へ協力して欲しいそうだよ。協力と言ってもカラスマの魔術師が一人、表面上同行するだけで実際には君とコノエ君が片付けることになるのだろうけれど」


「それでしたら、最初から俺とコノエだけでは駄目なのですか?」


 完全に俺の仕事として預けてもらった方が功績としても大きく勘定されそうだ。見知らぬ貴族と旅をするなどという、正直に行って面倒くさい話も回避出来る。


「全くどうにもなりませんでしたで学院側へ仕事を差し戻しては、一家の沽券に関わるから。勿論、これが平民の話なら素直に出来ませんと報告するのが正解なのだけど、貴族はね……。失敗している時点で同じだろうと思われるかもしれないけれど、他の魔術師へ事実上代理してもらってでも、書面の上では成功したことにしないとっていう事情があるんだよ。それが一番、波風が立たない」


「成程。ではお役に立てるよう全力を尽くします」


「君も協力者として学院に報告されることになるし、学院側も実際の事情は察してるはずだから、功績は単独での仕事並みに評価されるはずだ。カラスマ家にも恩を売れる。悪い話じゃないさ」


 それから手紙の中身に一通り目を通させられて、カラスマの屋敷へと向かうことになる。

 今回、失敗したのはその家の次男で、形式上はその仕事を長男が肩代わりしたことになっているらしい。出発する前にシキへその長男について尋ねてみると、私同様凡庸な人物さと、思いがけない答えが返され、それ以上は訊けなかった。

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