27 大好きな人:ラミリア視点
私は初め何が起きたのか分からなかった。
(……う、動けなイっ!)
動かせない体に動揺していると、リーシアお姉ちゃんは私を後ろから抱きしめて裏門越しにイスラに問いかける。
「ラミリアさんに何をしたんですか!? ……それに、この門が開けない限りネルド村に入る事はできません! 諦めてお帰り頂けないでしょうか!」
「……ふふ、威勢のいいお嬢さんだ。そなたの名を教えて頂こうか?」
「わ、私はリーシア・ラリエットと申します」
「リーシア……あぁ、レオナード殿が仰っていた女性というのはお前の事か」
「……レオナードってアラバスト王国の? 一体、どういう……」
「お前を捕虜にしろと指示が入っているのだ。この門を開けてくれたらお嬢さんの身は保障しようじゃないか。……どうだろう、この門を開けて頂けないかな?」
「そんな……い、嫌です!」
私は動かせない体に困惑しながらも、リーシアお姉ちゃんとイスラのやり取りを聞く。
すると、大勢の足音が近づいてきた。
「イスラ様! お一人で先陣を切るのは危険です!!」
「ふ、いいではないか。交渉ぐらいさせて頂きたいものだ。……まぁ、交渉は決裂したのだがな。……では、わが軍も到着したところでネルド村に入らせて貰おう。……さぁラミリア、この門を開けるのだ!!」
イスラがそう呟いた直後、私の体は勝手に動き出した。
私を抱きしめていたリーシアお姉ちゃんの手を強引に振り払う。
「……ラミリアさん!?」
(私のカラダ……何をする気なノ?)
私の右手はそのまま裏門に向けられ――
『……コメットストライク』
――以前エイルという女性によって脳裏に刻まれた強力な召喚魔法を勝手に呟くと、上空に小さな岩石を召喚させた。
その岩石は空から勢いよく裏門へと向かっていき――
――ドゴォォォォォォォォォン!!!!
落下した岩石は固く閉ざしていた裏門を粉々に粉砕する。
「キャァァッ!」
「うぁぁぁ!」
リーシアお姉ちゃんと見張り台にいた人は衝撃で後方に吹き飛ばされる。
(……いやだ!! 何で勝手に魔法がっ!?)
――バラバラッ
粉々に砕けた裏門の砂煙の奥から、見たくもない人の顔が現れる。
「ふふ、これほどの威力とは……やはり魔法というものは恐ろしいモノだな。……いいぞラミリア。お前の体には実験の際に制御術式を埋め込んでいたのだ。……この杖がある限り、我の思い通りに動かせる!」
イスラの手に持っていた先端に水晶を固定されている杖のようなものを私に突き出してきた。
(……そんなっ!!)
私の想いとは裏腹に体は酷く冷静だった。
「おい! お前達、まずは薬屋に火を放て!」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
後ろに待機していた大軍の兵士達は、イスラの号令によって私が粉砕した裏門から次々とネルド村に入りこんできた。
「キャ――!!」
「こないでー!!」
「お助けを!」
入り込んできた兵士達は、次々と村人に襲い掛かり切り捨てていく。
武器は持っていたものの村人達の実戦経験は皆無に等しく、対抗する経験が圧倒的に足りていなかった。
(……あぁ……私が……裏門を開けなけれバ……)
畑を踏み荒らし、私たちの薬屋に火を放ち始める。
私のせいで私の大切なモノが傷ついていく光景に絶望していると、岩石の落下の勢いで飛ばされたリーシアお姉ちゃんが手から血を流しながら歩み寄ってくる。
「……うぅ……なんで、ラミリアさん」
痛みを我慢する表情を浮かべたリーシアお姉ちゃんは私を見つめてくる。
「ふふ、簡単なことだ。ラミリアは我らの仲間、お前達を裏切ったのだ! お前は自分の目で見たことも理解できぬのか?」
(……違う違う違ウ!!!! 私がしたかったのは、こんなことじゃなイ!!!!)
私がいくら心の中で叫んでも誰にも響かない。
「……うぅ……ラミリアさん」
それでもリーシアお姉ちゃんは私に近づいてくる。
「ふん、わからぬ女だな。ラミリア、こいつは殺してはならぬ存在だ。動けない程度に痛めつけておけ」
イスラは杖を私に向けて残酷な命令を告げる。
(……やダ……やダ!!!!)
私の想いとは裏腹にリーシアお姉ちゃんに向かって右手を添えて――
『……ウィンドカッター』
――風の刃が物凄い速度でリーシアお姉ちゃんに襲い掛かる。
風の刃はリーシアお姉ちゃんの足を抉り、鮮血を噴出させ――
――バタンッ!
リーシアお姉ちゃんはその場に倒れ込む。
「うぅっ!! ……ラミリアさん、なんで……」
それでも地面を這いつくばって私に近づいてくる。
「この女……なぜそこまでするのだ!! ラミリアはお前達を裏切ったのだぞ!」
(もうやダ……もうイヤダ!!!!)
すると、微かに口が動かせるのに気づき、私の想いをリーシアお姉ちゃんに告げる。
「リーシア……おねえ……ちゃん……にげ……テ……」
私はこれ以上リーシアお姉ちゃんを傷つけないように、強引に口を動かしリーシアお姉ちゃんに逃げるように伝える。
だが――
――ぎゅっ
リーシアお姉ちゃんを血が滴り落ちる腕で私を優しく抱きしめる。
「……泣かないでください、ラミリアさん。……何か、事情があるんですよね」
リーシアお姉ちゃんは耳元で優しい言葉を呟き、私は涙を流していた事に気付く。
私を暖かく包み込んでくれる感覚で、より多くの涙が私の目から流れ落ちていった。
「ふはははは、強情な女だ! もういいラミリア、そんな女は捨て置いて我と共にネルド村を滅ぼすのだ!!!」
私を抱きしめるリーシアお姉ちゃんの手が微かに震えている。
何で……何でこんな時に私は自由に動けないんだ……っ!
(……アーノルド! 助けて、アーノルド!!!)
心の中で叫んだその時、私を縛り付けていた鎖がブチ壊される感覚を覚える。
(……え)
≪おっまたせしました~ラミリアさ~ん! ちょ~~っとだけ、時間かかっちゃいましたよ~!≫
突然、聞き覚えのある女性の声が脳裏に響く。
(……な、なニ!?)
≪いやぁ……念のため、ラミリアさんの精神と私をつなげて置いて本当に良かったです~。今、ラミリアさんを縛り付けていた呪縛は壊しておいたので、もう自由に動けると思いますよ。……あっ、もう時間がないみたいなので、失礼しま~す≫
慌ただしく話始めた女性の声は聞こえなくなった。
私は試しに体を動かそうとすると――
「……動けル!」
「……え? ……ラミリア……さん?」
――自由に体が動かせるようになっていた。
「……リーシアお姉ちゃん、もうダジョイウブ!!!」
私はすぐにリーシアお姉ちゃんを背にしてイスラを睨みつける。
「……なにっ!? なぜ、私の制御から解放されたのだ! ラミリア、共にネルド村を滅ぼすのだ!」
イスラは再度杖を私にかざして命令するが、以前のように体を拘束される感覚は襲ってこない。
「もうお前の言いなりにはならないイ!!!! ネルド村は私が守るんダ!!!」
「……えぇい、所詮欠陥品が! ……仕方ない、お前事ネルド村を滅ぼしてやる!」
イスラは杖を投げ捨て、腰から剣を抜く。
「させるもんカ!!!!」
私はまず、村人を襲っている兵士達に視線を向けた。
以前、アーノルドが使っていた魔法を思い出す。
(……あれダ!!)
村人を襲っている兵士達に右手を向けて――
『フルバインド!!!』
――ドサドサドサァァ!
下半身を一時的に麻痺させる魔法を行使し、私の魔法によって全ての兵士が次々と倒れていく。
「ぐぬぅ!!! 小癪な!!! !!!」
怒り狂うイスラの声が響き渡る。
「……す、すごいです!! ラミリアさん!!」
リーシアお姉ちゃんは傷ついた体を気遣いながら私に笑顔を向けてくる。
私もリーシアお姉ちゃんに笑顔を向けようとした時――
「……あレ」
――バタンッ!
私は体の力が抜ける感覚に襲われ、その場に倒れた。
倒れた私を見て、取り乱していたイスラは落ち着きを取り戻していた。
「……ふ、脅かしよって……結局、お前は誰も守れぬのだ!」
(……もしかして、魔力……切れ……)
私は以前、魔法を脳裏に刻み込んでくれた女性からそのような注意事項を言われていた事を思い出す。
そう思い出していると、すぐにリーシアお姉ちゃんが倒れた私を抱きかかえる。
「ラミリアさん! 大丈夫ですか!?」
「……うぅ……リーシアお姉ちゃん……さっきは傷つけてごめんなさイ。私はもう動けなイ……逃げテ」
「そんな事……できる訳ないです!」
私は最後の気力を振り絞って願いを伝えるが、リーシアお姉ちゃんは私を力強く抱きしめて顔を左右に振る。
そして、リーシアお姉ちゃんはイスラを睨みつける。
「ほぅ……傷だらけでまだそんな目が出来るのか。……気に入ったぞ娘。本来ならレオナード殿に献上する約束だったが、殺めてしまった事にしよう。お前が私の妻になるというのなら、お前の身の安全は保障する。……まぁ、ネルド村は滅ぼさせてもらうがな……どうだろうか?」
「お断りします!!! 私は貴方のモノにはなりません!」
「ふ……残念だ。ならば二人共々……死ぬがいい!!!!」
男が剣を振りかぶった際、リーシアお姉ちゃんは私を守るように強く抱きしめてくる。
(……このままだとリーシアお姉ちゃんが……アーノルド……ごめんなさイ。リーシアお姉ちゃんを守ってあげられなくテ……)
動けない私は何もかもを諦めて目を瞑る。
次の瞬間――
――ガキィィィィィィィンッ!
振り落とされる剣の音ではなく、剣を受け止めた金属音が鳴り響く。
不思議に思った私は目を開けると、そこには――
「ふぅ……どうやら、間に合ったみたいだな」
――アーノルドがイスラの剣を受け止めていた。
アラバスト軍の元へ向かっていたはずのアーノルドは、いつもの優しい笑顔を私に向けてきた。
「……あ……あ……アーノルドぉ!!!」
私は魔力も体力も底をつき意識も途切れそうになりながらも、目からは涙が溢れて止まらずその現れた大好きな人の名前を叫ばずにはいられなかった。
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