7 サボる為には
俺はラミリアという助手を持つようになってから慌ただしく毎日を過ごしていた。
本来であれば、様々な部位に応じて担当を変えて患者を診るのが通例だが、俺は例外で女神の祝福の能力ですべての部位の治療をすることができる。
「はい。もう大丈夫ですよ」
俺は処方が終わった背中を向ける年配の患者にそう伝えると、患者が振り返って俺に視線を向ける。
「……先生、ありがとうねぇ」
「いえ、また何かあれば来てください」
椅子から立ち上がった患者の手をラミリアが引き診療室の外へと誘導していく。
ラミリアと入れ替わりにオイドが診療室に顔を出す。
「アーノルド。次の患者じゃ」
出て行ったかと思ったら次の患者を連れてくるオイド。
「……う。どうぞ、今日はどうしましたか――」
それからも何人もの村人の診療を続けていく。
(……って、さすがに忙しすぎるだろ!)
俺は慌ただしい午前の仕事をひと段落したところで、オイドに尋ねる。
「……オイド、このネルド村ってこんなに人、多かったか?」
「ん? 知らないのか? アーノルドの治療の腕が話題を生んで近隣の村からも多くの患者が訪れているんじゃ」
「いや、初耳なんだけど。……はぁ、誰だよ。そんな話を広めたのは」
「わしじゃ」
(お前かよ!)
俺は軽く眩暈がしたので診療室にある机に突っ伏して顔を伏せる。
すると、ラミリアが俺の頭を撫で始めてくる。
「……ラミリアも今の内に休んでおけ。午後からもまた患者が来るからな」
ラミリアは顔を勢いよく左右に振り、俺にしがみ付いてくる。
「……はぁ、お好きにどうぞ」
脱力する俺にオイドが話しかけてくる。
「じゃが、アーノルドはすごいのぉ。来た患者をその日に治してしまうんじゃから。わしは初めに宮廷から凄腕医師が来たと広めただけで、実際に来た患者たちがすぐに治してしまうお主の腕を人づてに話広めているのも事実じゃよ」
「まぁ……そうだろうね。そうじゃないとこの忙しさに説明が付かない」
俺は自身の右手を見つめながら呟く。
「俺の力を使えば、どんな症状も治すことが出来るが、こんなに忙しいんじゃあまり話が出回るのも面倒だな」
「なんじゃ勿体ない。使えるモノは使い倒すに限るからの」
オイドには何故か俺の力について教えてしまった。
(……一緒に医療所に住んでいるので情が移ってしまったのだろうか)
と言うよりも、人が少なすぎてすぐ患者を治す仕組みをオイドに隠し通す事が出来なかった。
……というのが正しいか。
「はあ……時間もないし、早く飯を食ってしまおう」
何度目かのため息を吐いた後、俺は席を立つ。
「ふぉっふぉっ……そうじゃの。仕込みは済んでおるからすぐに食べてしまう。こっちじゃ」
オイドはそう呟くと、奥にある住宅区域へ歩いていった。
「ほら、行くぞ。ラミリア」
勢いよく頷くラミリアは俺の後ろをトボトボと小走りで付き添うようについて来る。
俺はそんなラミリアを横目にオイドが向かった通路を進み、台所がある場所へと向かった。
台所に到着すると、オイドが既にテーブルに食事を置いてくれていた。
オイドの作る飯はあまり美味くはないが作って貰っている手前、特に指摘せずに食べている。
「ほれ、午後も患者が多いからの。しっかり食べるんじゃ」
俺は椅子を引き腰を下ろす。
「……だな。よし、ラミリア。サクッと食べるぞ」
ラミリアは頷くと、オイドが用意した昼飯にがっつき始める。
(……いつ見ても、ラミリアの食い方は野生じみているな)
お行儀と言う概念に関心がない俺は、気にもせずに自身の食事に口を付けていく。
程なくして食べ終わった後、オイドは数多くの薬を取り出して飲み始める。
「前から気になっていたんだが、オイドはいつも何を飲んでいるんだ?」
「……ん? これか……ワシも年じゃ、薬の力を借りないと生きていけないからの」
「へぇ……そりゃ大変だな。それで、その薬はどこで仕入れているんだ?」
「ちと距離があるアラバスト王国からじゃよ。この村にはこの診療所しかないからの、他の街を頼るしかないんじゃ」
「アラバスト王国か……」
また、その王国の名を聞くとは思わなかったな。
「それで、その薬は効くのか?」
「もちろんじゃ。この薬があるから今もこうして動いておられるんじゃよ」
「へぇ……ちょっと待ってろ」
俺は席から立ち上がりコップに水を入れた後、気まぐれで右手から女神の祝福の力を水に付与した物をオイドの前に置く。
「ほら、これで飲めばいい」
「お、すまんのぉ」
オイドは俺の用意した水を使って薬を飲む。
すると、すぐにオイドは元気よく立ち上がる。
「……ん? ……なんじゃ……力がみなぎってくるぞ! 休憩したからじゃろうか!?」
「そりゃよかったな」
「アーノルド、何かしたのかの? 先ほどの水、ネルド村の水にしてはやけに透き通っておったが」
「……ちょっとな。俺の力を水に付与してみたんだ。どうやら、体の調子は良さそうだな」
俺は元気になったオイドを見て、この糞忙しい状況を打破できる方法を思いつく。
(ちょっと待て……。診察にくる患者に今みたいなモノを薬として処方すればもっとサボれるんじゃないか?)
「……と、話をしていたらもうこんな時間じゃ。……ほれアーノルド、午後の患者に向けてすぐ準備じゃ!」
「あ……あぁ。わかったよ。ラミリア、行くぞ」
頷くラミリアを横目に、俺は密かに思いついた事を練りつつ診療室に戻るのだった。
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