5 去った者の代償:シャルロッテ視点

私はノック音が鳴り響く扉に視線を向ける。

すると、扉の向こうから――


「おはようございます。シャルロッテ様。御着替えに参りました」


――と、いつも私のお着替えを手伝ってくださるメイドさんの声が聞こえた。


「おはようございます。……今開けますね」


私はドアのロックを解除し、部屋の前で待機していた三名のメイドの方達を部屋へ招き入れる。


「いつもありがとうございます」

「いえ、私共もシャルロッテ様のお傍でお仕え出来て光栄です」

「ふふ、そう言って貰えると嬉しいですね」


それから私は着ていたネグリジェからメイドの方達によってにドレスに着替えさせてもらう。


「シャルロッテ様、着付けが終わりました」

「皆さん、ありがとうございます」


私はメイドの方達にお礼を伝えた後、近くにあった椅子に腰を下ろす。


「それではシャルロッテ様、これにて失礼――」


――バタンッ!

メイドの方達が部屋から出ようとすると、突如扉が勢いよく開かれた。


「シャルロッテ様! 大変です!」


私の部屋に入って来たのは医療班のトップであるコルチさんだった。


「コルチさん、朝からそんなに慌てて何事ですか?」

「……これは失礼致しました! 御着替え中でしたか」

「いえ、コルチさんは女性の方ですし、気にしていませんよ」

「ありがとうございます。……と、呑気に話している場合じゃありません! シャルロッテ様、ギルバート様が突然倒れたのです!」


――ガタッ!

私はコルチさんの知らせを聞き、椅子から勢いよく立ち上がる。


「なんですって! ……容体は!?」

「はい。心臓発作によるもので私共ですぐに応急処置をしたのですが……」


私は数年前にアラバスト王国で胸を押さえて苦しんでいたお父様の姿を思い出す。


「……そんな! すぐにお父様の所へ案内して頂けますか!」

「付いてきてください!」


困惑するメイドの方々を横目に私はコルチさんと共に部屋から出て、お父様がいる場所へと向かう。




部屋に案内されると、大きなベットでお父様が目を瞑り横になっていた。


「お父様!!」


私は駆け寄ると、お父様は微かに目を開ける。


「……シャルロッテか……」

「あぁよかった……私の声が聞こえるのですね。お父様」

「……すまない、心配させてしまったようだな」

「いいのです。それでお父様。一体どうしたというのですか?」

「あぁ、朝起き上がった時に急に胸が苦しくなってな……数年前にアーノルドに見て貰ってからは落ち着いていたが、また症状がぶり返したようだ……ゴホッゴホッ」

「……わかりました。もう、話さずに横になっていてください」


お父様は申し訳なさそうな表情を私に向けてくる。

そんな私の肩に、そっとコルチさんの手が置かれる。


「シャルロッテ様、少しよろしいでしょうか」


振り向くと、コルチさんは通路側を指差す。


「……わかりました」


私はコルチさんと廊下に出て、少し部屋から距離を開けた後――


「……シャルロッテ様、ギルバート様の心臓はもう限界です。このままでは……もう長くないでしょう」


――と、コルチさんは私にお父様の残酷な症状を共有してくる。


「そんな! ……もう手立てはないのですかっ!?」

「……アーノルドがいれば何か対処できたかもしれませんが、もう宮廷にいない者の話をしてもしょうがありません」


コルチさんの話を聞いて私はアーノルドと出会った時にお父様の心臓の発作を治していた事を思い出す。


「……っ! ……では何故、アーノルドがこの宮廷を去らなければいけなかったのですか!」


アーノルドが宮廷から去ってしまった理由はバッカスさんから嫌と言う程聞いていたが、私はどうしようもない悲しい感情をコルチさんにぶつけてしまう。


「……それは」


コルチさんは俯き、言葉に詰まる。


(……無理もないです、それほど宮廷の誰もがバッカスさんに歯向かえないような状況だったのですから)




◇◇◇




元々、半年前にお父様が自身の体の事を考え、跡継ぎを作る為に私達と同じエルフ族が治めるカンク帝国の皇太子を婚約者に勧めてきた話が出始めた事がキッカケとなり、話がトントン拍子で進んでいきました。


(……あの時、断っていれば)


私はお父様の願いを断る事が出来ず、承諾したのは良いものの……私はバッカスさんをすぐに信用することができませんでした。

一年間の経過観察を得て結婚という話でしたので、私は出来る限りバッカスさんを知ろうと警戒しながら過ごそうと決意しておりました。


(それが、こんな事になるなんて……)


バッカスさんは日に日に宮廷での派閥構築を進めていき、味方を増やし確固たる布陣を形成してしまっていたのです。

そんな中、表側は紳士的な素振りをしながらも裏側では傲慢ごうまんさをにじみだしており、人間族を嫌ってたバッカスさんとアーノルドとの関係は全くと言っていいほどよくありませんでした。

あまつさえお父様も、バッカスさんの操り人形と化してしまう始末。


(……なぜ、あのような方を宮廷に招き入れてしまったのでしょうか)


バッカスさんは次第に夜のお誘いも行ってきましたが、それだけは未だに断り続けて貞操は守る事ができているのは奇跡的な状態でしょう。


(……考えていても仕方ありません!)

「コルチさん、私にお任せください!」

「シャルロッテ様……一体何を?」


私はすぐにお父様が寝ておられる病室に駆けだす。


「ま、待ってください! シャルロッテ様!」


病室に戻った私は、すぐお父様に近寄る。


「お父様! お願いがあります!」

「……なんだ、シャルロッテよ」

「はい。……この宮廷の王位をこの場で私に継承して頂けないでしょうか!」


私は思い切ったお願いをお父様にするのでした。

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