エースはどこにある? その7
昔の話である。
第二次世界大戦敗戦によって資本主義体制に組み込まれたこの国は、国共内戦と満州戦争による北日本政府の建国、ベトナム戦争による赤化の波の防波堤に仕立て上げられた。
そんなこの国での恐怖は労働組合結成を始めとした社会主義運動の広がりであり、当時の政府は経済界と協力してこの赤化の波に対処する事にした。
その手段の一つが、東側プロパガンダに対抗するメディアの設置であり、経済界の共同出資で作られたのが富嶽放送という訳だ。
「当時、合法化された日本労働者党は労働組合を通じて勢力を拡大しており、その背後には樺太の北日本政府がありました。
富嶽放送はそのプロパガンダに対抗するために財界が協力して作ったのです」
「もちろん、労働組合潰しが綺麗に行われる訳ありまへんな。
当時の経営陣と富嶽放送が手ぇ組んでそういう事やった結果、この国の政財界は富嶽放送に弱みを握られる事になりましてん」
橘の説明に天満橋のおっさんが補足する。
羽織ゴロという言葉がある。
羽織、つまり立派な着物を着てヤクザまがいの事をする輩で、新聞記者の蔑称の一つでもある。
まさかそれを財界が合法的にやっていたとは。
これは、私の爺様こと桂華院彦摩呂も多分一枚噛んでいたな。
「で、この流れを米国は強力に支援しました。
この国を反共の砦とするために。この国が二度と米国に戦争を吹っ掛けないように」
アンジェラの言葉にぽんと手を叩く私。
日米安保条約は米国の利益を優先うんぬんという批判はこの頃でも聞こえていた。
とはいえ、日本の利益と米国の利益が同一線上にあるのならば、それは問題にならないのだ。
だから、こんな言葉が自然と口から出る。
「なるほど。
アンジェラを含めた米露の諜報関係者がここにいるのは、私を旗印にした誰かに国際関係がかき回されないようにという面もある訳だ」
渕上元総理の言葉を思い出す。
「小さな女王陛下。
君は国を持ってはいけないよ。
樺太の、ロシアの、何処かの国の女王になってはいけない。
国際社会は、歴史は、君という女優を使い潰して歴史の闇に消すよ。
君はもはやそういう存在なのだとまずは自覚しなさい」
橘が、アンジェラが、アニーシャが、私の知らない間にどれだけの陰謀がうごめき、そしてそれを潰してきたのやら……
「お嬢様。
それを知るにはまだ早すぎます。
どうか、まだその体は綺麗なままでいてくださるように」
日頃軽口を叩くアニーシャが私の内心を見抜いて諫める。
それほど国際政治における闇は暗く深い。
そして、それを見せまいとする大人の優しさを理解できた。
「そうやって設立された富嶽放送ですが、富嶽テレビ、富嶽新聞とメディア企業に広がってゆく過程で、この設立時の暗部を色々と利用しました。
立憲政友党の派閥政治は、足の引っ張り合いにおいてメディアを利用してきました。
スキャンダルをメディアに流して相手派閥を失脚させる、もしくはスキャンダルを鎮静化させるために情報を操作する。
そういう意味でも手元にあるメディアは重要だったのです」
橘の言葉にまた天満橋のおっさんが続く。
「バブルとその崩壊で企業側の暗い所もメディアに握られてしもて、何度悔しい目に遭うた事か。
あの業界は筋者が食い込んどるさかい、不良債権処理で筋者を抑える為にメディア頼って、広告料っちゅうみかじめ料吹っ掛けられましたな。
とはいえ、世の中は金と女。
これだけテレビの世の中になった今、連中に楯突く勇気はありまへんがな」
「不良債権処理もメディアの報道姿勢で処理が遅れたんですよね。
住専処理は税金の投入やむなしでしたが、『国民の血税をあんな奴らの後始末に使うのは何事か!』と。
困ったことに、言っている事は感情的には納得できるからたちが悪い」
一条も思い出すように述懐する。
なるほど。歴史的経緯は理解できた。
「けど、そのあたりは他のメディアも似たり寄ったりでしょうに。
この富嶽放送だけにある『黒革の手帖』って何なの?」
「お嬢様。
お嬢様は既に答えをご存じですよ」
アンジェラが私に優しく諭す。
首をひねって考える事数十秒。
気づいた私は、その答えを口にした。
「湾岸土地開発」
「ご明察でございます」
現在の湾岸土地開発は、バブル期の土地不足の解消から始まっている。
という事は、その土地取引において派手に金が舞いバブルの紳士淑女が踊った訳で。
その一等地に陣取っているのが富嶽テレビ本社ビルというのは、偶然ではありえない。
「帝西鉄道が文教族に食い込み、五輪を始めとしたスポーツを利用して全国のリゾート地を開発していたのはご存じかと思われます。
国威高揚としてのスポーツと、開催に伴う開発による経済の活性化。
スポーツは政治と切り離してというのが建前ですが、経済と切り離せない以上政治はいやでも関与しているのです。
とはいえ、バブル崩壊において帝西鉄道も不良債権処理の波に巻き込まれました。
長野五輪の成功は、一つのモデルケースとなりうるものだったのです」
橘の言葉に淀みはない。
長野五輪においては長野新幹線を始めとしたインフラ投資が行われ、軽井沢の地価が反転していた。
本来ならば不良債権処理にさらに苦しむはずだったのだが、私が金融危機を防いだ結果、経済が上向きになりつつあるのも大きい。
かの地のリゾート開発の中核を担っていた帝西鉄道は、その土地の含み益で返済が可能とみられており、あの会社の創業者一族が経営から退いたのは、後ろ暗い所をヘッジファンドに狙われたのが理由である。
「そうか。
長野で成功したのならば、東京でやればその効果は大きいわね」
『都市再生特別措置法』という法的支援もある。
新宿ジオフロントという残土が莫大に出る巨大プロジェクトがある。
湾岸の埋め立て地が巨万の価値を生むイベントを用意できるならば、これに合わせて国土インフラの投資で経済を活性化させるならば、効果が乗算されて莫大な経済効果が期待できる。
で、その土地に陣取っているのが富嶽テレビ。
その中心で群がり踊った政財官連中のリストを持っているのだろう。
さらに言うと、富嶽放送は創業者一族がクーデターで追放されている。
その創業者一族の復権阻止に、彼らが政財官の群がった連中に蜜を吸わせたのも容易に想像できる。
「……失礼。
……」
一条の携帯が鳴り、彼は何も言わずにTVをつけた。
富嶽テレビのアナウンサーは、緊迫した声で次のステージに移ったのを伝えたのだった。
『……富嶽放送を巡るアイアン・パートナーズのTOBで、阿蘇総務大臣の記者会見を受けてアイアン・パートナーズは51%を目指すと発表しました。
現在アイアン・パートナーズは富嶽放送株を14%保有し、物言う株主として有名な町下ファンドも8%を保有しています。
情報によると既に33.4%の確保にはめどがついたと思われ、51%を保有して経営権を握った後で転売する事を目的としており、既に複数海外メディア企業と国内ネット企業が接触していると思われます。
また、ホワイトナイトとして桂華グループに期待しているとの声もあり……』
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この物語はフィクションです。
筋者 やのつく自由業の別名
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