側近団たちの憂鬱 その1
社会というものは上手くいったからといって、めでたしめでたしで終わるとは限らない。
テロを未然に防いだお嬢様とてメイド長に正座させられた上にお説教を食らい、警備責任者だった警部も始末書を書かされた以上、お嬢様のご学友でもある側近団もその余波から逃れる事はできなかった。
「で、今後の警護についてですが、何か意見がある者は遠慮なく言って頂戴」
側近団リーダー役の久春内七海が疲れた顔で言う。
あの事件の後自室でビスクドールを抱えて落ち込んでいたのは公然の秘密なのだが、それをこの場で言う空気の読めない人間はこの場には居なかった。
「私ら要らない子として結論付けた方が建設的では?」
側近団参謀役の野月美咲が投げやりな口調で、今までの話をまとめる。
なお、ネットゲームでお嬢様相手に『バカですかあなた』と罵倒したが、お嬢様はネットゲームでも一人無双で特攻しているなと思い出した為にその顔には悟りが見える。
「それができたら苦労はないわよ。
私たちにはお嬢様以外に何もないのよ!」
遠淵結奈が強めの口調でたしなめるが、困ったことに事実なのが救い難い。
護衛チームのリーダーとして次はさせないと決意したはいいが、あのお嬢様だけに一抹の不安が滲み出ていることに彼女自身気付いていない。
あの成田空港テロ事件は、過程はともかく結果だけ見れば、わざわざテロリストの前にお嬢様を晒した挙句にお嬢様を危険な目に合わせた、というお粗末な成り行きが浮かび上がるのである。
だから、警備責任者だった夏目警部はキャリアに傷の付く始末書を書く羽目になったのである。
他にも、警備担当の北雲涼子と中島淳元大尉の二人が給料の一部自主返納という形で責任を取ることになった。
側近団を統括する橘由香は執事の橘隆二共々お嬢様に謝罪し責任云々は一応ケリが付いたのだが、はいそうですかで終われないのもよくある話な訳で。
特に上が責任取ったので遠淵結奈はお咎めなしとなったのがまた心に痛い。
関係各所が対テロ警備計画及び護衛計画の手直しに追われる中、側近団たちも今後について話し合う機会が設けられたのである。
橘由香がこの場に居ないのは、彼女なりの気を利かせてというやつだ。
「とはいえ、あれをどう想定しろと?」
そのお嬢様に脇をすり抜けられた秋辺莉子が嘆く。
器用貧乏ななんでも屋だったからあの時お嬢様の近くで盾になったのだが、その器用貧乏さがお嬢様のチートスキルを越えられないとなると話は全く別である。
盾になる覚悟も訓練もしていたが、流石に護衛対象が脇をすり抜けてテロリストの鎮圧に動くなんてオプションまでは想定していなかった。
「そりゃあ、ドラマとか映画でお嬢様の動きが凄いってのは分かっていましたけど、実際にするなんて思わないじゃないですかぁ」
メイドでバックアップ要員だった留高美羽もそれに続く。
あの時は秋辺莉子とコンビを組んでいたが、彼女で抑えられないお嬢様を留高美羽に抑えられる訳もなく。
そのあたりは割り切っているので彼女は冷静に、ある意味淡々とこの議題に当たっていた。
「あれ、カンパニーでも映像解析したんだけど、お嬢様が鎮圧に動かなかったら手榴弾炸裂していた可能性が高いんだって」
CIAのひも付きであるユーリア・モロトヴァが淡々と語り、それをロシア政府のひも付きであるイリーナ・ベロソヴァが追認する。
なお、二人ともひも付き先から『お前ら何をやっていた?』という小言をもらっていたりする。
で、『ならそちらだったら防げたんですかぁ?』と減らず口を叩いて、彼らも頭を抱えるという笑い話があったとかなかったとか。
書類改ざんして実年齢が少し高いこの二人は、今回の事件が色々な所に波及しているのを理解していたので、この話題についてはあまり身が入っていなかった。
「こっちもその見解になったわ。
何より、あの時のお嬢様のタイミングまでに動けていなかったら、テロリストを倒した帝亜さまの身が危なかった。
我々を動かして待つより、己の身体能力のポテンシャルを把握していたお嬢様自ら動かれた方がリスクは少ないと出たわよ」
普通の護衛対象なら逃げる所だし、彼女たちを盾にして身を守る所なのだ。
それを、うっすらとだが感じたお嬢様の優しさである『側近団の彼女たちを危険に晒したくない』という言外の意志に気付かないほど彼女たちは無能でも役立たずでもない。
だからこそ、こうして頭を抱えて存在意義の再定義に追われる訳なのだが。
「で、現実問題としてどうする?
私たちの目は前にある訳で、後ろにいるお嬢様までは見えないから行動を阻止できないわよ」
グラーシャ・マルシェヴァが肩をすくめて確認を取る。
授業に遅れないようにこの場でも復習していたりするのだが、彼女みたいに警護役として前に立って盾になると、どうしても後ろのお嬢様への対処が遅れる。
留高美羽と同じバックアップ要員でお嬢様の後ろにいる守備位置になる劉鈴音が冗談を言う。
「お嬢様に紐でも付けます?」
もちろんそれが一番なのだろうが、何処に護衛対象へ紐を付ける護衛がいるというのか。
かくして、皆仲良くため息をついた所で、第三者の登場と相成った。
「そんなあなたたちにアイデアを持ってきたわよ!」
なお、この場は帝都学習館学園の食堂であり、奥のテーブルで露骨に来ないでオーラを出しての話し合いだったりする。
理由?
そのお嬢様に悟らせない為だ。
全員集まってのミーティングなんてしたらすぐに勘繰られるので、専用食堂で昼食を取っているお嬢様を華月詩織に預けてこのミーティングを開いているのである。
そんなオーラをものともせずに、手を繋がれてドナドナされた橘由香を引き連れてこの場に堂々とやって来たのは春日乃明日香と開法院蛍の二人。
理由?
あのお嬢様が手を打たない訳無いだろうに。
という訳でさり気なくフォローお願いと頼まれた二人は、開法院蛍のファンタジー能力の隠蔽で一部始終を見て、こりゃさり気なくは駄目だと橘由香を拉致してこの場へ登場と相成ったのである。
なお、唐突に現れたので、一同びっくりしたのは言うまでもない。
「か、春日乃様に開法院様?
あ、アイデア!?」
久春内七海の戸惑う声に、橘由香のげっそりとした顔で全てを察した野月美咲が天井を見上げた。
あのお嬢様のお友達なのだ。
只者ではないし、突拍子もない事だろう。
そしてそれは悲しいことに的中した。
彼女はぽんとお嬢様がハマっているコミックをテーブルに置いたのである。
正確には、お嬢様から借りて返そうとした本を。
「あなたたちに足りないのは大人よ!」
────────────────────────────────
お嬢様のアクションの悪化ぶり
某国情報局画像解析班「これ『リベリオン』……」
上司「それを上に報告してみろ。我々はアラスカで鹿でも数える羽目になるぞ」
なお、このテロが10月以降だったら、この解析班の言葉はこう変わっていた。
「これ『キル・ビル』……」
なお、お嬢様的には『NOIR』のつもりで、翌年になると究極進化『ヤンマーニ』になる。
はまったアニメを一緒に見ることが多い野月美咲は、迷う事なくお嬢様に『イントッカービレ』と名付け、見事各国情報機関に広がった模様。
春日乃明日香が持ってきた本
『GUNSLINGER GIRL』(相田裕 アスキー・メディアワークス)
アニメではまった口。
完結していたのか。今度読まないと……
2019/12/09
側近団の背景あたりを加筆。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます