桂華院瑠奈公爵令嬢暗殺未遂事件の一部始終 裏

 元CIA職員であり現桂華証券取締役であるアンジェラ・サリバンは、人生において最も多くFから始まる四文字の罵倒を日本の米国大使館で吐き散らかしていた。

 もちろん、原因は各局の前で披露された映画さながらのお嬢様危機一髪である。


「よくもお嬢様を危険に晒してくれたわね……許すものですか……っ!」


「君もすっかりお嬢様のしもべという訳だ」


 そんな声を掛けたマーク・バーンズに対してアンジェラは冷え冷えとした声で脅迫する。

 少なくとも二人の立場は、上下どころではなかった。


「司法取引で救われた身という事を忘れない事ね。

 刑務所に送られたくはないでしょう?」


「おお、怖い。怖い。

 けど、僕が与えた損害なんて、君の大事なお嬢様に比べたら微々たるものだと思うけどね。

 ウォール街で数百億ドルを消し飛ばしたあのお嬢様を未だ殺したい輩が多いのは、君も知っているだろうに。

 僕もあの仕手戦のヘマが無ければ、こうして名を変え身分を変えて君の所に保護を求めなかったさ」


 ヘラヘラと笑うマーク。

 少なくともそれができる胆力と切り札を彼は持っていたからこそ、こうして生きている。


「で、確認はしてきたのだろう?」


「ええ。

 貴方の話に嘘はなかった。

 『ロマノフ家の財宝』それは存在していた」


「秘密口座『アナスタシア』。

 旧北日本政府が樺太銀行に命じてスイスのプライベートバンクに作らせたロマノフ家の財宝……

 ……という名前を付けられたマネーロンダリングシステム。

 それを探った君はロシアンマフィアに殺されかかった。

 ネーミングセンスが最高過ぎて笑うしかないね」


「その秘密口座の全貌を知って逃げ込んだ貴方が言う台詞じゃないでしょう?」


 マネーロンダリングは、表に出せない金を洗濯する事で、表に出せる綺麗な金にする事である。

 要するに、セックス・ドラッグ・バイオレンスで得た金をビジネスを通じてまっとうな金に換える作業だ。

 その手段として、かつての北日本政府はロマノフ家の財宝という法螺話に目を付けた。


「東側崩壊直後、この口座に注ぎ込まれた資金はロマノフ家の正当後継者が出た時に開かれるというのを名目に、ロシアンマフィアの貯金箱と化した。

 そして、その貯金箱の資金を担保として、樺太銀行がまっとうな事業にその資金を貸し付ける。

 ロシア国内でマフィアとも繋がっていたオリガルヒの元にね。

 オリガルヒたちもロシア大統領に粛清されかねない可能性を考慮して、政権交代用にロマノフ家の復興という旗印が欲しがった。

 万一の事を考えて樺太独立を考えていた北日本政府の残党もこれに乗り、中の魑魅魍魎に取り込まれた樺太道や樺太復興庁の政治家や役人もそれを黙認した。

 誰もが幸せになるシステムだったんだよ。

 構築された当初はね」


「けど、ロシア金融危機が、そしてオリガルヒの失墜がこのシステムを破綻に導いた。

 そして、本物の財宝としてムーンライトファンドが注目されるようになった」


 アンジェラが口を挟むと、マークは肩をすくめた。

 彼は樺太銀行のトレーダーとして、このシステムをウォール街から管理していた。

 それゆえ、そのシステムが破綻する前に全てをばらして逃げ込んだのである。

 偽の経歴から整形手術までした彼の名前も姿も全て偽物。

 だからこそ、そのシステムを調べたアンジェラに暗殺者が送られた。


「アンジェラ。

 君の敬愛するお嬢様はやり過ぎたんだよ。

 アナスタシアは、欧州の武器密売と人身売買、南米からの麻薬の売り上げをウォール街で洗濯する事で成り立っている。

 ウォール街のプレイヤーであり、かつ統一による国有化で日の丸銀行として振舞える樺太銀行は、その点都合がよかったんだ。

 不良債権処理という形で税金を使った穴埋めも随時できるしね。

 お嬢様が吹き飛ばした数百億ドルの内、約百五十億ドルは樺太銀行が絡んだ債権だ」


「マーク。

 物事はもっと正確に言って頂戴。

 まず、ロシア金融危機でオリガルヒが失墜し、彼らに融資をしていた樺太銀行に不良債権が生じた。

 これを樺太道及び樺太復興庁が秘密裏に処理した結果、ロシアマフィアと彼らが繋がった。

 そして、米国ITバブル崩壊であなたたちは大やけどを負った。

 恋住政権の不良債権処理を終わらせる意思もあって、樺太銀行のこの損失は秘密裏に処理が出来ない。

 けど、そんな処理を簡単に片付けられる、ロマノフ家の財宝が本当にあったとしたら?

 しかも持ち主は、本物のロマノフ家の血を引くお嬢様」


 マークは実に芝居がかった仕草で手をたたく。

 まるで劇の役者よろしく、そのまま続きを口にした。


「ああ。アンジェラ。

 陰謀が劇のようならば、実に楽だったのにね」


「茶化さないで頂戴。

 で、その芝居に乗った連中は誰?」


 それで終わるなら、苦労はしない。

 少なくとも非公式ながらもCIAと繋がっているアンジェラに暗殺者を送る覚悟と金がある所は限られる。

 現ロシア大統領はロシアンマフィアとあまり良い関係では無い上に、お嬢様の所にアンジェラと同じ工作員を置いている。

 つまり、この三文芝居にはもう一人シナリオライターが居る。


「そこまで分かって、どうして気付かないのかな?

 お嬢様は仕掛けが『ドル円』だって気付いているんだろう?

 だったら、もう一つの通貨を何で外すんだい?」


 アンジェラの顔が真っ青になってゆく。

 今のドルは原油取引に用いられているから、ドルの信用は原油によって裏付けされているという言い方も出来なくもない。

 そんなドル決済を変更しようとした国があった。

 現在絶賛混乱中のイラクである。

 そのイラクが決済に用いようとしていた通貨の名前は『ユーロ』。


「……そういう事なのね?」


「そう。

 欧州系ファンドの連中さ。

 お嬢様のお遊びも、イラクのドンパチも、詰まる所この21世紀のハードカレンシーを決める争い。

 つまり、欧州の魔女たちがこのシナリオの黒幕という訳だ」




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欧州の魔女たち

 あくまでフィクションです。ええ。

 某ワーテルローで巨万の富を築いた某一族とかフィクションですとも。ええ。

 この世界、さらりと欧州で某結婚て領土を得てきた一族がさらりとオーストリアに帰還しているのに注意。

 奴らが中東と湾岸に手を出さない訳ないよなぁ。

 なお、この時期の奴らすげー面白い動きを……何だ荷物なんて頼んだ覚えはないのに……


ユーロ

 ハードカレンシー(基軸通貨)としてデビューしたばかりのユーロちゃん。

 システムが整うとともにドイツの一人勝ちが鮮明になってゆく。

 それはフランクフルトの立場が大きくなると同時に、ロンドンの立ち位置がまた面白く……


巨額損失

 大和銀行巨額損失事件。

 この時トレーダーが出した損失は11億ドル。

 その後罰金で3億4千万ドルを払って大和銀行は北米から撤退に追い込まれた。

 後で考えると、大和銀行はこれで選択肢を絞られたんだよなぁ……

 この年、ベアリングス銀行がトレーダーのデリバティブ失敗で破綻している。

 なんでこの年こんなに破綻しているんだと調べたら、阪神大震災で東証の大混乱が引き金になっていたのか。


時系列を並べてみよう

 95年 阪神大震災

 97年 香港返還 アジア通貨危機 三洋・拓銀・山一破綻

 98年 ロシア経済危機

 01年 9.11テロ ITバブル崩壊


 ほんとこれで損失を出さずに巨万の利益を叩き出せるお嬢様まじお嬢様

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