狸親父のギャンブル心理学 その2
「2つ聞かせて。
なぜそれを私達に言うのか?
もう一つは、事業再編会議でムーンライトファンドを本社直轄にしようとした理由を」
詰まる所、彼がこっちに来た理由は私が勝てる目がまだあると踏んだからだ。
その上で、彼がどれぐらいこっちに付くのかを確認しないと先の話ができない。
「そうでんな。
見返りはお嬢の方が大きい、っちゅうのが一番でんな。
もう一つはちょっと話回りくどうなりますけど、かまいまへんか?」
長くなりそうだ。
だからこそ、私は頷いてメイドのエヴァに告げる。
「そのまえに、お茶と茶請けの漬物を。
みんなにも振る舞って頂戴」
「かしこまりました」
メイドのエヴァが頭を下げて部屋を出てゆく。
少し休憩時間が欲しかったのだが、このおっさん場の掌握力が凄い。
休憩のサインを無視して、話を進めに来る。
「『月光投資公司』。
この名前に聞き覚えありまっか?」
答えたのは岡崎だった。
そのあたり手抜かりはないらしい。
「大陸のパチもんですね。
露骨に偽物臭い上、何件か問い合わせが来たので無関係と関係各所に通達し、向こうの政府に名称変更のお願いをしていたはずです」
「変わっていないということは、賄賂が少なかったか、そのファンドに政府要人が絡んでいるか、あるいはその両方なのでしょう」
岡崎の言葉を藤堂が補足する。
大陸のコネ社会は同時に賄賂万歳な社会でもあり、大金を積みさえすれば黒を白に言いくるめられる。
そんなファンドの名前を出したこの狸親父は、あっさりと爆弾を投げ込んだ。
「そのファンド、こっちのムーンライトファンドと同じような動きしてマネーロンダリングしてますねん。
嬢ちゃん。
あんたはやり過ぎたんや」
おっさんの声に黙り込む私と岡崎。
たしかに、この間三百五十億ドルを掻っ払ってきたのはヤリ過ぎだったなぁと反省しなくもない。
とはいえ、まだ着地点がよく見えていない私達に、天満橋満は楽しそうに語る。
「奴らの狙いはな。嬢ちゃん。
金やない。
名なんや。
『イングランド銀行を潰した男』よろしく、『女王陛下の護衛艦隊』て大層な看板付いとるムーンライトファンドの名がほんまの狙いなんや」
何よ。その『女王陛下の護衛艦隊』って?
なんか心にときめくものがくるなと思っていたら、一条がぽんと手を叩く。
「なるほど。
当時大蔵省の金融行政は護送船団と呼ばれていましたねぇ。
それを崩壊させずに守りきったから護衛艦隊ですか。
こういう言い方をするって事は、ロンドンの連中なんでしょうなぁ」
中二ちっくなワードにも意味を探れば歴史が付いて来る。
第一次・第二次大戦は詰まる所英国が干上がるかどうかの勝負であり、英国に物資を運び続けた護送船団を守る護衛艦隊の活躍なしには語ることはできない。
ついでにいうと、金融の中心地である英国イングランド銀行は、『イングランド銀行を潰した男』によってポンド防衛に失敗しているのでロンドンの連中がムーンライトファンドをどういう目線で見ていたか分かろうというもの。
「なんとなく分かってきたわ。
不良債権処理が最終章に入っている今、桂華ルールで救済されると困る銀行が狙いな訳ね。
外国のファンドが、日本市場を狙う為に」
私の前世では実際に起こった事だ。
一山証券や長信銀行は外資に買われハゲタカたちに搾り取られたのだが、それが狙いだろうと自信満々に言った私の言葉に対して、この狸親父はしてやったりの顔で首を横に振る。
腹立つ。
「そないなせこい仕掛けやおまへん。
総理に楯突いとる嬢ちゃんのファンドが、この国に喧嘩を売る。
それがどないな意味持つか考えてみなはれ」
「……」
岡崎の顔色が変わり、続いて一条と藤堂の顔色も岡崎と同じになる。
そのためのクーデター。
総理に敵対しない私を押し込めた上で、私が総理と敵対するというストーリーを市場に流す。
彼らの本当の狙いは……
「『円』ね」
日本円。
通貨そのものという大仕掛け。
真顔の私を見て、天満橋満は正解とばかりに手を叩く。
実に小憎たらしい。
「それ分かって貰うたら、ワイがムーンライトファンドを本社直轄にせえ言うとる意味、理解できまっしゃろ。
嬢ちゃんの手法は、小回りが効く攻撃型や。
防戦になってしもたら手数足りひんようなってまうし、大人の枠に入られへん嬢ちゃんは代理人通さな手出しできひんから押し切られる。
総理との勝負に負けたんはここや。
今回の仕掛け、総理みたいなえらいさん相手やないかわりに、もっとえげつない手仕掛けてきまっせ」
黙っていた橘がここで口を開く。
多分、表も裏もやり手のこの狸親父とサシで戦えるのは橘ぐらいだろう。
実際、私を見るおっさんと橘の方を見るおっさんだと空気が露骨に違う。
「その情報を貴方は何処で仕入れてきたのですか?」
「この国の総合商社は諜報機関としての側面を持っとります。
世界各地に出向いて物の売り買いしとれば、情報も集まってくるのは必然でっしゃろ。
武器の商いは、そのまんま世界情勢を見るんと変わりまへんからな」
そういえば、帝商石井にはその手のコネがあったなぁ。
このおっさんはそのコネから情報を仕入れたという訳だ。
そこから出てきた情報はお茶と茶請けを持ってきたメイド兼CIAのエヴァを驚愕させる情報だった。
「イラク、都合良ういっとらんみたいですな。
クルド人問題でトルコが実質的に内戦状態に陥ってしもて、占領地の治安は悪化中。
介入したイランに足元を見られ、国防長官と国務長官の両方が更迭されるっちゅう噂が出て来てまっせ」
エヴァが私に差し出したお茶が波うっていた。
CIAで感情コントロール訓練を行っているはずの彼女が動揺してやがる。
このおっさんの情報は本当らしい。
「おかげで、兵器も傭兵も相場はうなぎ登り。
戦費を調達せなあかん米国は、さらなる金融緩和と大規模な国債発行を避けられへんでしょう。
で、そないなると、貿易と財政の双子の赤字で円が跳ね上がる」
バブル崩壊まで散々日米の経済問題の元凶になった双子の赤字である。
何度も何度も繰り返された光景であり、ハゲタカを始めとしたヘッジファンドは今頃、準備のために円を仕入れているのだろう。
この手の仕手戦で大事なのが、『旗』であり『物語』であり『金』だ。
「月光投資公司はムーンライトファンドのペーパーカンパニーと偽って、大量に資金をかき集めとる最中ですわ。
ほんでから、クーデターで押し込められた嬢ちゃんの切り札を装うてこの国に牙をむく。
嬢ちゃんと総理の確執はかなり根深う見えますから、疑う人間はほとんどおらんでしょう。
同時に、野党が嬢ちゃんの支援を謳うて泉川派を寝返らせ、首相を退陣なり解散に追い込んで政権を潰す。
この状況になってしもたら、円の防衛は無理ですわな」
「お嬢様が反総理で動かなければこの話は終わりだからこそ、お嬢様の代わりに公爵様が目を付けられたと。
桂華グループのクーデターは総理の仕掛けと囁かれれば、公爵もお嬢様を守る為に反総理で立たざるを得ません。
桂華グループ内部のクーデターの動きすら囮ですか……」
橘が感心するような呆れるような声を出す。
大掛かりな仕掛けであり私も感心するしかないこの仕掛けは、ファンドに大量に資金を投入しないといけない金融機関が絶対に必要だった。
そんな金融機関に私は心当たりがあったので、口に出してみる。
「樺太銀行」
楽しそうな狸親父の目が、獰猛な肉食獣の視線に変わる。
やっぱり、月光投資公司のカネの出所はそこだったか。
「当てずっぽうだけど正解みたいね。
不良債権処理、あの銀行も話題に上がっていたのよ」
まぁ、前世知識にない銀行だったし、ゲームだと間違いなくあそこマネーロンダリングに絡んでいるし。
桂華院瑠奈である以上、手を変え品を変えて絡んでくるだろうなと思っただけである。
言うつもりはないが。
「ほんまに惜しゅうおますなぁ。
あと二十年早う生まれておれば、この国の頂点すら掴めたんでしょうに……」
「何が悲しくて若い身空でこれ以上苦労を背負い込まないといけないのよ。
藤堂。
彼を副社長の椅子に座らせて、この件の対策を任せなさい。
私にこれだけ言ったのだから、やってもらおうじゃないの」
「お嬢様!」
「まいど!」
藤堂と天満橋の声がハモる。
これだけ有益な情報を持ってきたのだから、最高値で買ってあげようじゃないか。
「せいぜい気張らせてもらいましょ。
あ、それとおまけを一つ」
最高値で買った事で、このおっさんは最後まで取っていたおまけを私に提供してくれた。
聞き捨てならないおまけを。
「食事会に来とったバーンズはん。
シルバー・ウーマン証券に入る前は樺太銀行のニューヨーク支店でファンドマネージャーしてはったそうですな。
えらいあくどいことをしてはったみたいやから、話ぐらいは聞いとっても損は無い思いまっせ」
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『イングランド銀行を潰した男』
通貨がらみの仕手戦では必ず名前が出る人。
彼のファンドはこの仕手戦で、十億から二十億ドルを掻っ攫った。
時代が違うとは言え、三百五十億ドルを掻っ攫ってきた瑠奈&岡崎のコンビがいかに市場関係者に恐れられているかわかろうというもの。
帝商石井の武器のコネ
ダグラス・グラマン事件。
日本の戦闘機購入に伴い、米国の戦闘機メーカーが日本の商社を代理店にして政界に金をばらまいて戦闘機購入を決定しようとした事件。
この時、日商岩井は自殺者まで出した。
国防長官と国務長官の更迭
パウエル国務長官は2005年。
ラムズフェルド国防長官は2006年。
なお、チェイニー副大統領は任期を全うした。
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