放課後の中学生らしくない男女の会話

「瑠奈。

 ちょっといいか?」


 放課後、栄一くんに呼び止められる。

 長い付き合いで、こういう目の栄一くんの場合はお仕事絡みだと察しを付けて、私も思考をお仕事モードに入れる。


「何?」

「うちの家二木財閥から独立することになったんだが、それでTIGバックアップシステムの事が話題に上がってな」

「あー」


 恋住政権は時価会計の導入に伴い不良債権処理の最終的解決を目指し、必要ならば公的資金注入も辞さずという姿勢でメガバンクに迫っていた。

 栄一くんの実家であるテイア自動車が所属していた二木財閥は淀屋橋財閥とくっ付く事で解決しようとし、それにともない不良債権処理の原資として多くの保有株を売却していた。

 二木財閥が持っていたテイア自動車株はテイア自動車が買い戻す形になり、テイア自動車は独立を果たすことになる。

 当人たちは全く望んでいなかったのだが。


「テイア自動車を頂点にグループ各社で帝亜グループみたいなものを作る事になると思う。

 その中に入れるかという話が出てな。

 俺自身はあれは瑠奈の所だと思って断ったが、一言お前に話して筋だけは通しておこうと思ってな」


「義理堅いのね。

 けど、そういうのは助かるわ。

 ありがとう」


「完全にこっちの事情だからな。

 帝亜グループ側から何か言ってきたら言ってくれ。

 俺が出る」


 TIGバックアップシステムは桂華電機連合の子会社ではあるが、50%の株式を私・栄一くん・裕次郎くん・光也くんのカルテットが握っている会社でもある。

 栄一くんの持ち分は12.5%なのだが、発足するであろう帝亜グループとしては見栄えを良くしたいという考えを持っている輩が居たわけだ。

 私達から株を買い取って、帝亜グループ子会社という体を取りたいのだろう。


「ちなみに、帝亜グループってどんな会社が入るの?」


「テイア自動車に帝亜織物製造、帝亜貿易に帝亜不動産、沖ノ山興産に大緑建設に近江屋百貨店……」


 企業名を聞いて、ピンと来る私。

 そのピンと来る企業を桂華グループも買ったからである。


「五和尾三銀行がメインバンクの所じゃない?」


「ああ。

 金融庁に追い込みを掛けられているらしい。

 必死に金をかき集めていて、うちの独立にかこつけて泣き付いて来た」


 それ、おそらく帝亜グループが五和尾三銀行を救済しろって言っている気がするんだよなぁ。

 多分、帝亜グループ首脳部はそれを理解した上で断っているのだろうけど。

 私が探りを入れてみる。


「そんなに悪いの?」


「どちらかといえば、恩とかの話さ。

 尾三銀行だけなら恩もあるし救済したい所なんだが、五和の連中尾三系の粛清をやってくれて」


 日本人はこういう所で恩讐が出るから怖い。

 しっかりと江戸の仇を長崎で討たれた訳だ。


「じゃあ、メインバンクは二木淀屋橋銀行一本に絞るの?」

「淀屋橋にも因縁が有るんだよなぁ。

 今、お詫び行脚中だが」


 栄一くんの口調を察するに、まぁそれで許すつもりなのだろう。

 そんな栄一くんが逆に私に尋ねてきた。


「瑠奈は買わないのか?

 五和尾三銀行?」


「難しい所なのよね。

 桂華金融ホールディングスは上場に向けて動き出しているし、食べちゃうとメガバンクとして突出しちゃうのよ。

 金融庁は、メガバンクの再編を考えているのでしょうね」


 不良再編処理で遅れていた金融ビッグバンを加速させて、世界に通用するメガバンクに再編する。


「不良債権処理という負の処理を終わらせて世界と戦える新銀行を!」


という武永金融政担当大臣の声にメガバンクは戦々恐々としていた。

 そのやり玉に挙げられているのが、五和尾三銀行であり、穂波銀行である。

 私的には、食べるなら穂波銀行の方だよなと思っていたり。


「政府は不良債権処理が終わっているウチをさっさと上場させて、不良債権処理終了のシンボルにしたいのよ。

 その上で、帝都岩崎か二木淀屋橋のどちらかを次点にしたいのでしょうね」


 この時、言われていたのが、


「日本のメガバンクは4つまで」


という言葉で、この言葉にはからくりがあり、郵便貯金と農林中金まで入れての4つである。

 つまり、桂華・帝都岩崎・二木淀屋橋・穂波・五和尾三・樺太銀行の六行に上の2つを足しての4つ。

 半分はくっ付いてもらうと言っているに等しい。

 私の話を聞いた栄一くんがぽつり。


「やっぱり、瑠奈と結婚するとメリットが大きいんだよなぁ」

「その分厄介事も多いと思うけど?」


 慣れてきたもので、このやり取りも平常に行いつつある私が居た。

 栄一くんはそんな私の心情を知らずに自信満々に己の考えを語る。


「メインバンクがふらついていたら安心して事業ができない。

 うちは、一度それで痛い目を見て金を溜め込んでいるが、メインバンクが後ろにいると安心感が違うんだよなぁ」


 なお、『晴れている時に傘を貸し、雨が降り出すと取り上げる』と罵倒されたのが私の前世におけるこの時期の金融機関である。

 メインバンクを始めとして不良債権処理に追われているが、その傷は明らかに軽かったのを知っているのは私だけ。


「思うのだけど、私との結婚に恋とか愛とか無いの?」


 私のため息混じりの言葉に、栄一くんはキョトンとして一言。


「要るのか?それ?

 お前に?」


「……」


 おーけーわかった。

 栄一くんを呼び寄せて、耳元ではっきりと大声で罵倒してあげよう。

 ふんだ!


「えーいちくんの、ばぁかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




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帝亜グループに入っている会社たち

 『みどり会』。

 三和銀行の親睦会に近い企業グループ。

 UFJ銀行の経営危機の表面化がこの時期なので、信用が有る帝亜グループに駆け込んだという設定。


農林中金

 正式名称は農林中央金庫。

 国内最大規模の機関投資家なのだが、ここも伏魔殿だったりする。

 何より、この農林中金は管轄が金融庁でなく農林水産省が所轄という時点でもぉ……

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