図書館での読書談義

「あ。光也くん。

 何読んでいるの?」


 昼休み、図書館で光也くんを見掛けたので読んでいる本を見ると、この春映画化されたやつだった。

 まぁ、今のライトノベルの祖の一つだからな。この物語。


「なんというか、小説は映画に比べてまどろっこしいな」


「分かる。

 けどそれがいいって人もいるのよ」


 光也くんの向かいの椅子に座る。

 この物語は壮大過ぎて、前作が霞んでしまう奥行きがある。

 私は先にこっちを読んでしまい、前作との違いに「え!?」ってなった口である。


「これでもまだ読みやすくなった方じゃないかしら。

 地図とか挿絵とか付いているし」


「今まで読んできたファンタジーのキャラをイメージして読んではいるけどな。

 こいつが元なのか」


 映画でイメージの可視化が行われたので、それを固定して読むと更に物語が面白く見える。

 この物語は、後半の大戦争と別視点での個人の選択が最後の最後で物語の帰趨を決めるから面白いのだ。


「思ったのだが、桂華院よ。

 俺たちがこの主人公として、似たような選択を取れると思うか?」


「無理でしょうね。

 力はどうしてもそれを持つ者を魅了するし、一度手にした力を失うのが怖くなるわ」


 栞を挟んで本を閉じると光也くんが苦笑する。

 その力を今既に持っているだろうという無言の視線を感じで、私は自分のことを告げる。


「大きくなりすぎた力って制御できないのよ。

 もちろん、敵対者から全て奪われるという可能性もあるけどね」


 これでも悪役令嬢としての弾劾没落エンドは想定しているのだが、それはそれとしてその後の人生を最低限文化的な生活で過ごせる程度の準備は済ませているつもりだ。

 通信教育という形で神戸教授の大学の学位を取ろうとしているのもそうだし、ムーンライトファンドもスイスのプライベートバンクだから全部取られるとも思えない。

 一条や橘の事だ。

 複数の口座に資金を分散しているだろうし。


「何かを成すために力を欲したのに、その力に溺れるか。

 そう考えると、この物語の彼も哀れに思えてきた」


「きっと、物語ではかなわなかったけど、彼がその力を取り戻してもきっと幸せにはなれなかったのでしょうね」


 なんとなく私はそれを確信していた。

 その深淵を覗いて、大人たちに引っ張り上げられたから。


「失うのが怖くなる。

 敵が居るのが怖くなる。

 そうやって恐れ、怯えた果てに世界そのものが怖くなる」


「だから魔王に成り果てる……か」


 魔王になるぐらいの力の持ち主だ。

 きっと神様にだってなれただろう。

 それができなかったのは、彼がそれを思い付かなかったのではなく、彼がその力を失うのを恐れたから。

 持っているだけで怯え、使うだけで怯え、全てに怯えた成れの果て。


「そういえば、お前そんな話の漫画を読んで、感銘を受けていなかったか?」


「わかる?

 この考え方もその漫画の受け売りなのよ」


 麻雀漫画なのだが。

 というか、あの生き方は私には絶対に出来ない。

 そこまで人間を捨てられない。


「そういえば、うちの社員から聞いた面白い話があってね。

 企業の就職でのアピールで『麻雀に強い』ってのは結構強烈なアピールポイントになったんだって」


 それを言ったのは岡崎である。

 ゲーセンに遊びに行った時、脱衣麻雀をちらちら眺めながらそんな話をしてくれたのを思い出す。


「麻雀は運と実力のバランスが最適なのよね。

 そして、上の世代に結構している人が多いから、接待とかでも役に立つ。

 何よりも、ゴルフよりも時間が掛からない」


 企業がまだプラス思考で雑多な人材を使っていた頃の名残らしい。

 今の時期辺りからそうした雑多な人材を抱え込める余裕がなくなり、即戦力を取ろうとしてかえって人材を劣化させてゆくのだが。


「会社って結局人の営みだからね。

 何処でどういう人材が役立つか分からない」


「とはいえ、『麻雀強いです』でアピールされても今だと不採用だろうけどな」


「で、最初の話に戻るけど、そういう組織に限ってまったく想定外の何かに足元をすくわれるのよ」


 あの物語のクライマックスは正にそれだった。

 最後の勝者は主人公でも魔王でもなく、その力を失いながらも追い求めた哀れな男の執念だった。

 だからこそ、この物語は美しい。


「なあ。

 桂華院。

 お前がその力を持ったら、どう動いた?」


 雑談とも真剣とも付かない口調で光也くんが尋ねる。

 そういう所に私が立っているというのを彼は理解しているから。


「多分力に取り込まれたでしょうね。

 そして、想定外の何かに足をすくわれて……」


「どうかな?」


 私の言葉を光也くんが遮る。

 そしてまっすぐに私を見据えてこんな事を言った。


「お前はひとりじゃない。

 きっと取り込まれる前に、お前を助けてやるさ」


 その言い方が思ったより真剣なので、私はたまらず笑う。

 真剣だったからこそ、光也くんの顔が不機嫌になるのがさらに私には面白い。


「あはははは。

 なにそれ。

 けど、そうなったら、私を引き上げて頂戴ね♪」


「ああ。

 きれいに足をすくって、助け出してやる」


 昼休み終了の予鈴が鳴る。

 本を持って光也くんが立ち上がる。

 続きは借りて読むのだろう。


「貸し出しカウンターに行ってくる。

 先に戻っててくれ」

「はいはい」


 貸し出しカウンターに向かう光也くんを見送って、私は一言。

 ゲームの断罪を思い出しながら、それを口にした。


「うそつき。

 助けてくれなかったじゃない……」


 この世界では、光也くんは私を助けてくれるのだろうか?

 それとも断罪するのだろうか?

 その問いに答えを出すこともなく、私も立ち上がって図書館を後にした。




────────────────────────────────


光也くんの読んだ本

 『指輪物語』 J・R・R・トールキン

 これの映画版第二作『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』が二月に公開されている。

 この前作というのが『ホビットの冒険』である。


麻雀漫画

 『アカギ』鷲巣編。

 鷲巣編が始まったのが97年。

 あの麻雀があんなに長くなるとは思わなかったなぁ……

 アカギの最後は『天 天和通りの快男児』の方に書かれている。

 ある意味理想的な死に方である。


麻雀が強いがアピールポイント

 これ、私のゼミ教授から直に聞いた話で、教授推薦で企業に紹介し企業担当二人と教授とその学生で宅を作って、勝ったら採用していたらしい。

 教授は麻雀に強くないので実質三対一での打ち回しで勝てるならそりゃアピールポイントになるだろうと。

 教授が企業担当に聞いた所だと、特に注目しているのが場のコントロール力らしい。

 三対一で勝つなら文句なしなのだが、きっちりこの宅の意味を理解して、僅差で勝った上に教授を最下位にさせた(つまり企業担当二人を接待して恥をかかせなかった)奴はまずハズレが居なかったそうな。


哀れな男

 ゴクリ。

 彼の執念と彼を生かしたビルボの情が世界の運命を決めた。

 この年になると、ゴクリの生き方が愛しく思えるのはなぜだろう……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る