VS メガファーマ その1

「そういえば、お義父様の会社の合併ってどうなっているの?」


 会社の偉い人を集めての食事会。

 私の体調が悪かったのでしばらくできなかったが、復調アピールを兼ねて久々に開くことに。

 最初は一条と橘のみのささやかな食事会が、今や九段下桂華ホテルのホールを借りての大パーティに。

 中核事業五社(桂華金融ホールディングス・赤松商事・桂華電機連合・桂華鉄道・桂華岩崎製薬)の元、数十の子会社とその役員連中がやって来て食事をする様子はささやかとは言い切れないものがある。

 なお、今回の参加者の話題は、私の体調回復の他に、来年度に事業再編が予定される赤松商事改め桂華商事と桂華鉄道の再編進捗と、国会の動向を見ながら上場スケジュールを考えている桂華金融ホールディングスと、私が口に出した桂華岩崎製薬であり、とりあえず合併が一段落した桂華電機連合以外の桂華グループが新しい時代に適応しようともがいていた最中だったのである。

 そんな最中の実質的オーナーである私の体調不良はかなり影響を与えていたらしい。反省。


「畑辺製薬との経営統合は近く覚書を交わすそうですよ。

 桂華岩崎畑辺製薬となるそうです」


 私の隣で食事をせずに控えていたアンジェラが即座に報告してくれる。

 彼女も来年には桂華金融ホールディングスの桂華証券役員として出向し、いずれは桂華金融ホールディングスのCEOとなる事が内定している。

 それが寂しくもあり、アンジェラなら間違いはないだろうと安堵したり。


「ただ、ちょっと気になる噂がありまして」


 そんな事を考えていたら、アンジェラの呟きに不穏な空気が乗る。

 さすがに食事の後に一度確認を取っておかないといけないなと思いながら、その呟きを耳に入れた。


「メガファーマの某社が、この合併会社全体を買収するという話があるみたいなのです」



 メガファーマ。

 正式には『メガ・ファーマシー』で巨大製薬企業と訳す。

 90年後半から近年に掛けて欧米の製薬企業は、高騰する新薬開発費用の捻出の為に買収と合併を繰り返して規模を拡大させていった。

 そんな世界的巨大製薬企業が、バブル崩壊の後遺症で苦しんでいるとは言え世界二位の経済規模を誇る日本市場を見逃す訳もなく、参入の機会を虎視眈々と狙っていたという訳だ。

 食事会の後、控室でプリンを食べながら私はアンジェラに詳しい話を聞く。

 

「お義父様の会社が買われる理由ってあるの?」

「分かりやすいのは、丸ごと買って日本での販売網を一気に抑えることですね」


 日本参入の障壁となる言葉の壁や文化の壁。

 特に製薬事業は必然的にこの国の象牙の塔こと医学界とお付き合いをしないといけないから、新参者はとにかく苦労する。

 買収で規模がでかくなったメガファーマにとって、いちいち新規参入するぐらいなら日本の製薬企業を買った方が時間と手間を省けるという訳だ。


「それだったら、他の会社でもいいんじゃない?」

「桂華岩崎製薬は在日米軍や自衛隊に薬を納入しています。

 自衛隊および米軍は、密かにですが幾つかの薬品の備蓄を秘密裏に進めています」


 少しだけ気分が悪くなったが、目を閉じてそれを抑え込む。

 つまり、自衛隊と米軍が開戦準備に入っているという事実は、何処を攻めるかということに繋がる訳で。

 それはイラクしか考えられない。


「その幾つかの薬って対化学兵器予防の薬?」

「ご想像におまかせします」


 控えていたメイドの橘由香が気分を落ち着かせるハーブティーを差し出し、私はその香りを楽しみながら心を落ち着ける。

 日本の国策に寄り添って財閥を成していた岩崎財閥企業の一つである岩崎製薬と、その事業発展に軍の関与が見え隠れする桂華製薬は、そういう意味でこの手の秘密依頼をこなしやすい企業でもあった。

 それは、戦中戦後に渡って、長期安定的に利益を出せることを意味する。

 狙われるポイントに上げられても無理はない。 


「私の予想で狙われた一番の理由は、お嬢様の存在が大きいかと」

「私?」


 きょとんとする私に、アンジェラは米国の経営思想でその理由を告げた。

 実に分かりやすい資本の論理というやつだ。


「桂華グループの創業企業で中核企業に入れていますが、明らかに格が落ちるんです。

 ここだけ岩崎財閥と重なっていますからね。

 おまけに、お嬢様が遠慮なされた結果、お嬢様を頂点とする桂華グループから外れている。

 外からこれを見たら、桂華岩崎製薬はスピンオフ対象だとウォール街なら思いますよ」


「あー」


 なんとも間抜けな声を上げる私。

 こちらの家の論理とか理解出来ないし、しようともしない訳だ。

 あげくに会社の規模が一回りどころか二回りぐらい違うから何かあったら札束でぶん殴ればいいと。

 それだけならこちらが防衛すればどうにでもなるか、と考えていた時に、ドアが開いて仲麻呂お義兄様が入ってきた。


「ちょうど良かった。

 食事の席で瑠奈がうちのことを気にしていたみたいだからと耳に入れてくれた社員が居てね。

 顔を見るついでにやって来たという訳だ。

 だいぶ元気になってきたみたいだね」


「色々とご心配をおかけしました。

 桜子さんは?」


「相変わらずだよ。

 今度時間を作って、食事でもしよう。

 桜子も楽しみにしているそうだ」


「その時は、薫さんと一緒に参りますわ」


 家族としての挨拶の後、仲麻呂お義兄様は桂華岩崎製薬執行役員の顔で私に資料を手渡す。

 さすがの私も何を書いているのか分からない。


「去年ニューヨークに行く予定だったのは覚えているかい?

 あれは新薬の見本市の視察を兼ねていたのだが、あの後幾つかのベンチャー企業と契約を交わすことができた。

 その内の一つが、成果を上げたみたいでね。

 米国で話題になっている」


「おめでとうございます。

 良かったじゃないですか。

 開発製造の費用でしたら喜んで提供しますよ」


 今や新薬開発は数百億円と十年の時間を掛けないといけない巨大プロジェクトに成り果てた。

 その費用と時間を捻出する為に合併と買収を繰り返した成れの果てが、先程まで話題に上がったメガファーマである。


「いや。

 上手く行き過ぎたんだ。

 あまりに有望だったから、会社ごと、つまり桂華岩崎畑辺製薬ごと買い取ろうと動いているみたいなんだよ」


 なるほど。

 こうやって繋がるのか。




────────────────────────────────


 上手く行き過ぎた薬。

 このあたりは知識がないからあえて書かずにごまかすことにした。

 候補としては、高血圧と糖尿病あたりかな?

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