生臭いお茶会 その3

 カリンCEOは約一時間後に『アヴァンティー』にすっ飛んできた。

 いつものきっちりとしたビジネススーツ姿ではあるが、その笑顔に汗が光る。


「ハイ!

 お嬢様とそのご友人たち!

 カリン・ビオラと申します。

 よろしくね♪」


 陽気な口調でフレンドリーにカリンCEOは自己紹介をし、栄一くんたちと握手及び名刺交換をする。

 小学生が名刺交換もなにもジョークみたいな話だが、私を含めたこの四人が『TIGバックアップシステム』の取締役なので、ITセミナーなどで派手にばらまいている。

 私と栄一くんは、それぞれ桂華グループと帝亜グループの社章入り名刺も用意しているが、公式身分はあくまでこの『TIGバックアップシステム』取締役という意味合いで、そっちの名刺は基本使っていない。

 そんなやり取りの後、カリンはコーヒーを頼んで商談に入った。


「率直に申し上げます。

 お買いになるべきです。

 買わないならば、私が買います」


 即答である。

 そこまでの価値があるとカリンCEOは言い切った。

 そして、話を続ける。


「データセンターというのは、情報の集積だけでなくその情報を整理し分析して販売できる宝の山です。

 既に米国ではそのビジネスが始まろうとしています」


 今、私達が頼んだコーヒーなりコーラなりの商品もクレジットカードで買うと、決済データとして記録される。

 クレジットカードは本人・仕事・性別・年齢等の個人情報の山だ。

 その個人情報が、何時何処で何を買ったかという数千万のデータを整理し分析すると、売れる商品と売れない商品の傾向が見えてくる。

 その傾向を会社に、今のたとえならば飲料水メーカーに売るのだ。

 商品開発がずっと楽になる。


「なるほど。

 俺の勘も捨てたものじゃないな。

 けど、七百億円の買い物で、元が取れるのか?」


 栄一くんの質問にカリンCEOはあっさりと言い切る。

 このあたりの視野と数字が現役プレジデントの視点なのだと言わんばかりに。


「日本の人口一億四千万人。

 そのうち桂華グループで発行する予定の統一カード利用者の数はおよそ四千万人。

 その四千万人の買い物データですよ。

 帝西百貨店グループの商戦にどれほど役に立つか。

 身内だけでも回せますし、関東圏から北海道・樺太の人たちの購買データですから、他企業に売却してゆくだけで元は取れます」


 採算は取れる自信があるとカリンCEOは言い切った。

 そして、彼らの失敗の理由も語る。


「閑古鳥が鳴くのは当たり前です。

 彼らは巣箱を作って、そこに入る鳥を用意していなかった。

 私達はカードという巨大な渡り鳥の群れを持っているんです。

 儲からないわけが無いですよ♪」


 ここまで来ると、私達でも理解できる。

 だから栄一くんが私達を見渡して確認をとる。


「決まりだ。

 うちで救済しよう。

 そっちの提案に乗って株を半分売って、残りは銀行から融資を……」


「え?

 うちにTIGバックアップシステム全部売らないのですか?」


 カリンCEOの怪訝な声に、肝心の話がまだだったと私達は笑う。

 カリンCEOからすると、この会社は全部食べてしまって自分の足場にしたいだろうからだ。

 こうして、栄一くんとカリンCEOの舌戦が始まる。


「あいにく、株の過半数は売るけど、経営権は手放すつもりはない。

 うちの爺様のご命令でな」


「それは、この会社を帝亜グループとして引き受けるという意味ですか?」


「設立からこの会社は桂華グループだよ。

 何しろ瑠奈の足元を見て作った会社だ。

 それは俺たちも承知している。

 ただ、瑠奈が見ているものを俺たちも見てみたい。

 この会社の設立理由がこれでね」


 栄一くんの話を聞いていたカリンCEOは首をかしげた。

 何か違和感があったらしく、それを口にした。


「失礼ですが、お嬢様はインベスターであって、プレジデントではありませんよ」


「……あ」


 多分栄一くんが気付いていなかった違いをたった一言で言い当てるあたり、さすが現役トップクラスのCEOである。

 傍で聞いていた私が思わず茶化す。


「私、インベーダーだったんだ」


「インベスター。

 もっとも、桂華院はインベーダーみたいなものと世間は思っているかもしれんが」

「たしかに」


 光也くんと裕次郎くんのツッコミに場が軽くなる。

 その一方で、栄一くんとカリンCEOは口では笑っているが、目は笑っていない。

 そこで私が助け舟を出す。


「半分で我慢しなさいな。

 カリン。

 子会社化はそれで十分だし、何よりもそれで我慢してくれると……」


「してくれると?」


「私含めたここの四人、この会社の案件に限り顎でこき使えるわよ♪」


 カリンCEOはコーヒーを飲み干して、カップをテーブルに置く。

 その乾いた音が議論終了の音となった。


「おーけー。お嬢様。

 要するに、私にティーチャーもやれと?」


 カリンCEOの苦笑に栄一くんもニヤリと笑う。

 次の言葉で己の立ち位置をしっかりと提示した。


「ご安心を。ボス。

 あんたに迷惑はかけないように、しっかりと盗んでゆくさ」


「私の授業料は高いわよ。

 坊や達」


 TIGバックアップシステムはみんなの持ち分から半分を売却する形で得た資金と桂華銀行からの融資で、テイア自動車の合弁会社を買収。

 9月に発足する桂華電機連合に加わる事になり、それまでは古川通信に所属する事が決定した。

 カリンCEO直轄事業な上に、取締役に並ぶお子様たちの名前のネームバリューから、旧古川通信も旧四洋社員もカリンCEOを侮らなくなり、カリンCEOは合併企業CEOとして最初の関門を越えることになる。

 なお、カリンCEOの授業はたしかに厳しく、それに食らいついてゆく栄一くんたちの奮闘もあって、TIGバックアップシステムはさらなる発展を遂げるのだが、それは別の話。 




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名刺

 日本のビジネスでとても大事なもの。

 なお、瑠奈が本来の身分を提示する場合、桂華院家の家紋が彫られた名刺の上に『桂華院家公爵令嬢』という肩書がつく。

 ちなみに、TIGバックアップシステムでの瑠奈の役職は営業担当副社長。

 お得意様とかした穂波銀行に営業に行った際は、頭取が出迎えるという本末転倒な事態になったそうな。


インベスター

 投資家。

 今の瑠奈を最も的確に表している言葉。

 ここを栄一くんは勘違いしていた。


プレジデント

 社長。

 まぁ、瑠奈の場合たった数年で総資産十兆以上の巨大コンツェルンを作り出したのだから社長みたいなものではあるのだが、お子様故に表に立てないという制約から社長ではないのがポイント。

 そんな訳で、TIGバックアップシステム副社長の肩書は瑠奈にとって初の公式身分であり、実は本人かなりウキウキで手放したくないものだったりする。 

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