アンジェラ・サリバンの休日

 アンジェラ・サリバンの趣味は日本映画鑑賞である。

 とはいえ、時間が不定期な今の仕事で二時間近い映画を映画館で見るのは苦労する訳で。

 そんな彼女に科学技術は偉大なる新商品を与えてくれた。


 ビデオである。


「あれ?

 アンジェラ、もしかして映画見るの?」


 少し怯えながら私はアンジェラに確認する。

 一緒に見たのが日本ホラーでトラウマを植え付けられたばかりなので、既に逃げ腰なのは仕方がない事だろう。


「大丈夫です。お嬢様。

 ホラーじゃありませんから」


 そう言って、アンジェラはビデオテープの箱を見せる。

 TVでも何度も放映されていた、国民的映画だった。




「TVで何度か見ていたはずなんだけど、意外と覚えていないものよねー」

「ここまで作品数が増えると、ストーリーが定型なのでその差異を楽しむんですよ。

 今回のゲスト、ヒロイン、旅行先、そしていつものように終わる。

 この映画は日本人にとっての日常の再確認なんでしょうね」


 つらつらと解説してくれる米国人のアンジェラ・サリバン。

 それにうんうんと頷く私こと桂華院瑠奈。1/4日本人。


「アンジェラがこの映画が好きなんて知らなかったわよ」

「そうでもないですよ。

 米国人って『故郷』って言葉に弱いんですよ」


 私はコーラをチューチューとストローで飲みつつ、アンジェラはベーコンピザをパクパク手づかみで映画を見ながら話す。

 目はTVの映画から離さず、いつのまにか米国の建国神話に話が移っていた。


「元々米国を作った祖先の人たちは故郷を追われた人たちでした。

 だからこそ、新しい新大陸を故郷にせざるを得なかったんです」


「『ピルグリム・ファーザーズ』だっけ?」

「ええ。

 私たちの偉大なるご先祖様です」


 かれらの建国神話があのアメリカ合衆国を作ったと言えば分かりやす……ん?


「ご先祖様?」

「はい。

 私の家のご先祖様の一人がメイフラワー号に乗っていたんですよ」


 絶句する私をあざ笑うように、もっていたコーラのグラスの中の氷が音を立てた。

 グラスを置いて額に指をあててアンジェラの履歴書を思い出す。


「たしか、東海岸出身だったわよね?」

「ええ。一族の方が代々農場をやっていて、よくパーティーなんかに行きましたよ」

「で、何でそんな才媛が、こんな所で日本の人情映画見ているのよ?」


 農場というワードでほぼ確定。

 ピルグリム・ファーザーズに連なる家で、東海岸に農場持ち。

 米国は自由の国ではあるが、それゆえにかかる教育費用も青天井だ。

 CIAの情報分析官につく学力とコネがあると暗に言っているようなものだ。

 だから民主党支持者か。なるほど。

 アンジェラは米国上流階級出身だ。


「一つは、女性の社会進出運動に乗ったというのがありますね。

 80年代の米国の社会進出に乗って私はウォール街に席を置きました。

 その後、主人と知り合って娘ができたんですが」


「結婚していたの!?アンジェラ!!!!」


 たまらず叫ぶ私。

 というか、そういう事はプライベートだから触れないようにしていたので急に振られると実に困る。

 アンジェラは苦笑して更に衝撃の事実を突き付ける。


「まぁ、結婚する前に子供ができたという奴で。

 あの人、ついに帰ってこなかったんですよ」


「……」


 完全に何を言っても地雷になるので黙るしかない私に、アンジェラは淡々と昔話を語る。

 それは過去に踏ん切りをつけた女の顔だった。


「この映画が好きなのは、この主人公ちゃんと帰るじゃないですか。

 どこかにふらりと出かけても、ある時にふらっと帰って親族や知り合いにその顔を見せてゆく。

 あの人は、ついに帰ってきませんでしたから」


 黙っているので勝手に頭は推理を進める。

 そして、そういう可能性を私は自然と口に出した。

 アンジェラがCIAにいる理由、この国にいる理由がそれで説明できるから。


「アンジェラの恋人だった人が行方不明になったのが、この国って事ね?」


「さすがです。お嬢様。

 ですが、賢すぎる探偵は犯人に殺されるのでほどほどにしておくことをお勧めしますわ」


 すっと目を細めて冷気を飛ばすアンジェラに私は黙って首を縦に振る。

 キジも鳴かねば撃たれまい。


「あの時、同盟国だったこの国はバブルで、樺太にあった社会主義国家と水面下で激しくぶつかっていました。

 私と付き合いだした時は、ウォール街のビジネスマンを装っていましてね。

 姿を消した彼を探そうとしたときに、やっとその正体を知り合い経由で教えてもらって。

 深く真相を知るためにカンパニーに入って、この国に来てこんな所でこんな映画を見ているという訳です」


 映画は自然と終わっていた。

 ビデオをビデオデッキから取り出してアンジェラは微笑む。


「はい。

 映画の時間はここでおしまいです」




 部屋に戻った私は歴史書を確認する。

 80年代後半の大規模イベントと言ったらあれを外す事はできない。



 1989年 ベルリンの壁崩壊



 ここから始まる東側諸国の崩壊は多くの人たちを狂わせた。

 その中でアンジェラの恋人だった人は歴史の闇に消えた。

 また、その流れの中に桂華院瑠奈の父である桂華院乙麻呂の東側内通事件がある。

 人の繋がりは今だけではない。

 過去に縁がある事もあるし、今を遡ると過去にもというケースがあるのだ。

 そんな事を噛みしめながら、私は歴史書を閉じた。




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二人が見ている映画

 『男はつらいよ』。

 散々TVで見ていたはずなのに結構忘れているものである。

 後半の作品を見ていても、「あれ?私たちの生活はこうだったっけ?」と時代を感じずにはいられない。

 平成が過去になった今、昭和は完全に時代になったと嫌でも教えてくれる。


ピルグリム・ファーザーズ

 米国建国神話に出る、最初のアメリカ人たち。

 このあたりも色々資料が出てきているのだが、彼らが米国を作ったという神話は未だ幻想として米国に根付いている。

 ……かなりガタが来ているみたいだが……


米国上流階級

 『オールドマネー』と呼ばれる代々の資産を相続して暮らす連中。

 90年後半からのIT革命で新興金持ち層の台頭が米国政治を揺さぶるのだが、ひとまずおいておくとして。

 アンジェラの一族、多分本家筋に州上院議員とか州判事が居るのだろう。

 ここを読んでいる連中に分かりやすくいうと『ひぐらしのなく頃に』の園崎家。



作者メモ

 これ、アンジェラの主人が失踪した事件、樺太のマネーロンダリング事件と繋げられるな。

 主人の失踪がこれを調べて消されただと、色々話が楽になる。

 マークとの関係も面白い事になりそうだ。

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