カサンドラの慟哭
融資審査 対小規模ベンチャー編
冬休みも終わってすぐの事。
私達カルテットは放課後呼ばれてこんな所にいる。
茅場町。桂華金融ホールディングス本社ビル。
その最上階の役員室のソファーに私達は腰掛けている。
なお、このフロアーには私の部屋もあるのだが、今回そこは使っていない。
「よくいらっしゃいました。
とりあえず気を楽にしてゆっくりしてください」
桂華金融ホールディングスCEO兼桂華銀行頭取の一条進は、私のジト目なんて気にせず営業スマイルでこう言ってくれた。
「一条。
私達を呼んだってことは、栄一くんたちのビジネスの件?」
「ええ。
あなた方のビジネスプランについて、現物をシリコンバレーのサーバーに送って向こうの評価を待つ段階ですが、向こうの評価は上々みたいなので審査をと。
帝亜財閥総帥帝亜秀一様からも『よろしく頼む』と一言いただきましたので」
根回しの速いことで。
私達の計画では、シリコンバレーにサイトを送って評価を得た上で、テイア自動車の開発部に売却する事を考えていた。
テイア自動車のウェブ事業になるから、資金についてはテイア自動車持ちでサイトの評価こそが大事と栄一くんの話に私が折れた形になっている。
「俺たちのプランやアイデアはともかく、本職のプログラマーの技術には勝てない。
ならばアイデアだけ売り払った方が楽に稼げる。
もともと携帯代分稼げばいいんだ」
開発室に売る事で得られる儲けは一人頭数十万円ぐらい。
普通の小学生には過ぎたお金だが、普段の生活でそれ相応の支払いを家からしていると物足りない金額ではあったりする。
「与えられたものではなく、俺達が一から作って手に入れたお金だ。
それに価値があるんだよ。桂華院」
私が介入しようとしたら拒否した光也くんの真摯な言葉に私も引っ込まざるを得なかった。
私なんかがそうだが、1から100や1000にするというのは経済に於いてそれほど難しくはない。
だが、0から1にするのにどれぐらいの努力と運が必要になるのか。
それを光也くんは理解していたからこそ、あえてお金という価値ではなく、大人に認められたという誇りを取った。
「今回は桂華院さんは引いてくれると嬉しいな。
これは僕たちが桂華院さんと同じ場所に立てるかどうかの話なんだから」
裕次郎くんの言葉を聞いて三人共、自分の価値と事業の目的を間違えないようにちゃんと教育されているのだなと感心したのは内緒だ。
で、私が諦めた融資審査をよりにもよって一条がするというのはどういう事なのかを尋ねる前に、私は気になった事を一条に聞いた。
「けど、よく気付いたわね。この話に。
少なくとも栄一くんたちの名前は出していなかったのに?」
評価目的だからこそ栄一くんたちの名前で評価される事を避けて、事業プランとウェブサイトのみで勝負という事を決めていた。
それを一条が見付けた謎を私は知りたかったのだが、一条は営業スマイルを崩さずに私の前にグレープジュースの入ったグラスを、栄一くんたちにもそれぞれの好きな飲み物を置いてその種明かしをした。
「これは部下に徹底させているのですか、重大な情報を得るためには絶対に大したことない情報も無視しないことが大事なんです。
そもそも、情報提供者がその情報の価値を知っているとは限りませんからね。
大したことない情報からでも他の情報と組み合わせれば化ける事もあります」
ここで一条は一息つく。
思ったが、現役企業人の情報論のレクチャーをしているのと同じじゃないか。
栄一くんたちの顔がマジになっている。
「何よりも大事なのが、どうでもいい情報をはね続けると、萎縮して情報そのものが上がらなくなってしまいます。
上に立つ人間は、絶対に情報そのものを『つまらない』や『忙しい』ではねたらいけません。
だから、こうしてこの話を捕まえられた」
「質問です。
それでしたら、情報の海に溺れると思うのですが、それをどう回避しているのでしょうか?」
真顔かつ真剣な声で栄一くんが質問をする。
大好きなコーラに手を付けずにだ。
「そのためにスタッフがいるんです。
情報を全て受け入れて、それを整理整頓するスタッフがね。
インターネット時代に入った今、情報はどんどん速く多くなっていくでしょう。
そして、それ専門のスタッフは絶対に必要になります」
あ。裕次郎くんがメモ取り始めている。
光也くんは……あれ小型レコーダーを置いて録音までしてる。
完全に経営論の授業じゃないか。これ。
「今回、私がこの件をキャッチできたのは、お嬢様案件は基本全部私に持ってくるようにという指示をスタッフに与えていたというのがあります。
お嬢様の財布を橘氏と共に預かっていますからね。
そんな中で、これだけ案件が異色なんですよ。
お嬢様は基本即断即決の人だ。
融資審査ならば私も気にしなかったのですが、事業プランに対して評価のみとなっていたのが気になりました。
つまり、お嬢様の手を通さなくて利益が出せる事業であると。
そうなると候補は身内に絞られます」
なるほど。
こうやって残った痕跡から真実までたどり着くのだから、一条は名探偵か何かなのかもしれない。
つくづく良い拾い物をした。
「そして、事業プランを見たら自動車情報のウェブサイトで、お嬢様と帝亜君が親しい事を知っていたらあとはもう分かったも同然です。
念のために帝亜グループの総帥に確認を取ったらという訳でして」
三人の一条を見る顔が尊敬に変わっている。
多分私も尊敬の顔になってるだろう。
「お嬢様は知っていると思いますが、私は地方銀行である極東銀行出身です。
つまり、この手の小規模ビジネスの融資を徹底的にやり続けて、東京支店長の地位を獲得したんですよ」
にっこりと営業スマイルを浮かべる一条を見て私を含めた四人の背筋に悪寒が走る。
あ。
これ審査という名前のガチ指導だ。
あるいは、事業審査に名を借りた栄一くんたちの審査かな?
「お話が聞ける時間は30分です。
さぁ。
私を説得して、融資を取り付けて見せてください」
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日本の場合、投資の担保に土地や社長の保証なんかが必要なので、潰れた後が修羅場に。
一方米国のベンチャー投資なんかはエンジェルなんて呼ばれる援助者や出資者がそのプランに金を出す。
そのため、夢を出し続ける人間の方が援助者を見つけやすい。
それが成功するかどうかはまた別問題なのだが。
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