VS おとこのこ ROUND1

 東海地方。

 帝亜市。

 その敷地の大部分がテイア自動車とその関連企業で占められる企業城下町。

 そんな街の帝亜家にお邪魔する事になったのだが……


「ここが俺の家だ。

 ゆっくりしていってくれ」


 立派なお屋敷を見て、ここはゲーム設定なのねと妙な納得をしていた私を栄一くんは不思議そうな顔で見ていた。


「やあ。お嬢さん。

 無理を言ってすまなかったね」


「桂華院瑠奈と申します。

 今回はお招きに預かり感謝いたしますわ」


 レディらしい挨拶のあと私と栄一くんは席を勧められる。

 テイア自動車相談役。帝亜貴一。

 帝亜グループをここまで大きくした人物である。

 栄一くんの祖父である帝亜貴一は好々爺の笑みで私を出迎えるが、目はまったく笑っていない。

 栄一くんが緊張しているという事は、少なくともラブではなくビジネスの方と見た。


「一線を退いて暇になると、ついつい若い者に忠告をしたくなる。

 悪い癖だと思うが、少しだけ老人の戯言に付き合ってくれると嬉しい」


 貴一氏の前に私達が座り、目の前のテーブルにメイドがグレープジュースとコーラを置いてゆく。

 それに手を付けた所で、貴一氏が穏やかに語りだす。


「物を作るというのは人を作るという事だ。

 会社を買ってすぐに利益が上がるものではないよ」


 忠告とも警告とも取れる貴一氏の言葉に栄一くんが私を見て首をかしげる。

 彼とて馬鹿ではないから、この場が私に対する色恋沙汰ではないのを察したらしい。


「瑠奈。

 お前お爺様を怒らせるような何かをしたか?」


「いいえ。

 私が派手に買い物しているのは物流方面だし、越後重工の救済はしたけどあれは鉄道車両と産業プラントがメインだし……」


 越後重工は新潟県にある鉄道車両製造メーカーの一つで、海外での産業プラント部門の大規模赤字で経営危機に陥っていた。

 医療系プラントと化学系プラントを作っていたから、桂華製薬と桂華化学工業の二社の取引先でもあり急場しのぎでうちが助けたという経緯がある。

 なお、負債総額は二千三百億円なり。

 これじゃないだろうとかなり本気で考えて、ふと思いつく。


「鮎河自動車の四次や五次企業の町工場を集めて、OEM用のサプライヤーを作った事?」

「……そんな事やっていたのか。お前」


 手を叩いた私に栄一くんが呆れるが、あれとてまだ企画がスタートしたばかりだ。

 ボロい町工場の商売下手な社長技術者さんたちを集めて、過剰投資で苦しむ鮎河自動車の二次や三次企業の工場を買収して、最先端の部品製造ラインを構築集約。

 財布の紐は桂華銀行からの出向組が見張り、営業は赤松商事に委託。

 良い部品の安定供給を全国規模でという事で、大量受注能力を確保して各自動車メーカーの三次下請けとして売り込みをかけていた。

 日本の自動車企業はこのテイア自動車をはじめとして、ジャスト・イン・タイム方式を徹底しており極力在庫を持たないようにしている。

 その在庫管理と部品発送までのロスを最先端のIT技術で補い、大手運送企業のドッグエキスプレスを優先的に使えるから、急遽穴の空いた部品調達先として注目を集めていた。

 名前は桂華部品製作所で、越後重工の救済ついでにまとめるかと考えていた矢先のことである。


「たしかテイア自動車の下請けにも営業かけていたと思ったけど、それで何か失礼な事を言ったならば謝ります」


 ぺこりと頭を下げる私だが、貴一氏は軽く首を横に振って正解を告げた。


「四洋電機」

「……電池かぁ」


 正解を告げた貴一氏の目が細くなる。

 私が核心を突いたからだ。

 石油ファンヒーターのリコールとソーラーパネルの不正販売で社長が替わったばかりの四洋電機は、大規模投資をぶち上げて心機一転を図ろうとしていた。

 だが、その投資に桂華銀行が待ったを掛けただけでなく、帳簿に隠れた飛ばし損失を指摘した上で創業者一族の追放を主張し、激しく対立していたのだ。

 そんな四洋電機の強みの一つに電池部門がある。


「なるほどな。

 うちのハイブリッド車に瑠奈がちょっかいをかけていると爺様は考えた訳だ」


 栄一くんが納得するが、彼の額に汗が浮いている事が深刻さを物語っていた。

 テイア自動車が先行販売したハイブリッド車は技術的な問題点をほぼ解消して、これから大量生産と販売という所に移ろうしていた。

 そのハイブリッド車の一番要の部品が電池である。

 私が四洋電機を手に入れて電池部門を桂華部品製作所に渡し、ハイブリッド車用電池を他社向けにOEM供給すると考えた訳だ。

 そりゃ、うまくいかないよと警告したくもなる。


「栄一くんと喧嘩したくありません。

 けど、四洋電機はこの時点で一千億近い飛ばし損失があります。

 ばらした以上、最後まで四洋電機には付き合いますが、桂華ルールには従ってもらいます」


「だそうだ。栄一。

 いい機会だ。

 この件、お前がやってみなさい」


 え?

 栄一くん小学生ですけど?

 自分のことは棚に置きまくりますが、早くないですか?その判断。


「期間は瑠奈さんがこちらに滞在しているまでの間。

 秀一にプランを作らせるが、そのたたき台は栄一。お前が考えなさい。

 このお嬢さんは手強いぞ」


「ええ。

 知っていますよ。お爺様」


 そう言った栄一くんの横顔がかっこいいと思ったのは内緒にしておこうと思い、私はグレープジュースを飲み干しコップを置いて気付く。

 あれ?

 これお泊まり確定?




────────────────────────────────


越後重工

 総合重機の中堅メーカー

 書きながら思ったが、電池部門取れたらここでハイブリッド気動車作れるな。


四洋電機

 オールスターゲームの名前にもなって電機メーカーだが、ここで止血できていればその後の消滅は無かった。

 なお、合併先にも負債が行き、えらいことになったのは内緒。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る