現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変
二日市とふろう
私の髪が金髪な訳
2008年9月15日
東京台場帝亜タワーの最上階。
そのラウンジで行われている日本有数の財閥、帝亜グループの新規プロジェクト完成披露パーティーの場にて私は摩天楼を眺めていた。
本来ならば、この場にて婚約破棄が言い渡されて私と私の家の破滅が決定付けられる。
私が知っていたゲームの話ならば。
昔遊んだ乙女ゲー『桜散る先で君と恋を語ろう』のラストシーンにこの場所は使われていた。
窓ガラスに映る己の姿に今でも戸惑うことがある。
私はこんな美しい金髪ではなかった。
私はこんなに色白でもなかった。
私はこんなに妖艶でもなかった。
私はこんなにも悪女ではなかった。
「探したぞ。
瑠奈」
私は瑠奈と呼ばれることも、桂華院瑠奈という名前でも無かった。
背後から声が掛かったので振り向くと、婚約者になる男が映る。
帝亜栄一。
帝亜グループの次期後継者にて、若年ながら帝亜グループにて才覚を現していた彼の視線は冷たい。
「あら?栄一さん。
私では無く、瑞穂さんの所に行ってあげたら?」
さも興味が無いふりをして追い払おうとするのに、栄一さんは私を見詰めたまま。
その目には不信感がはっきりと映っていた。
「お前は一体何をやっている?」
その声は少なくとも愛を囁くような声ではなく、私を弾劾する声。
とはいえ、その弾劾を私は肯定せざるを得ない。
ゲームならば、ここで弾劾されて私は破滅する。
「帝亜グループの迷惑にはならないように手は打ったつもりですが?」
「そういう事じゃない!!」
栄一さんの怒声が耳に心地よい。
イケメンからのイケメンボイスは本来ならご褒美である。
断罪されるのが私でなかったらの話だが。
「何で俺に相談してくれなかった!
光也も、裕次郎もお前の動きを気にしていたんだぞ!!
瑞穂もお前の事を……」
彼が言葉を止めたのは、私が再度夜景を見たからだ。
露骨なまでの拒絶。
後藤光也は父親が財務省事務次官という官僚一家の秀才、泉川裕次郎は父親が与党代議士という政治家一族の御曹司だ。
彼ら三人から断罪されて破滅するのが本来の私の役回りだった。ゲームでは。
よくある転生というものだ。
前世の記憶を持ち、破滅しないようにと努力した成れの果て。
それでもこういう形でイケメンとすれ違ってしまった。
「まぁ、栄一さんを含めたお三方に隠そうとしても無理ですわよね」
あっさりと私はそれを言う。
やった事は大した事ではない。
タックスヘイブンにペーパーカンパニーを用意して資金をかき集め、意のままに動くファンドトレーダー達の資金供給源となっただけ。
持つべきものはコネである。
「瑠奈さん!
何で頼ってくれないんですか!
私達友達だって言ったじゃないですか!!」
主人公である小鳥遊瑞穂が隠れていたのに我慢できずに入ってくる。
その登場がゲームと同じだったので私は笑ってしまう。
結局、私は悪役にすらなれなかった訳だ。
「何を笑っているんですか!
瑠奈さん!!」
怒っている瑞穂さんがまたかわいい。
だからこそ、せめて悪役らしく、分かるような嘘で退場してあげよう。
「瑞穂さん。
知っていました?
私、貴方のことを軽蔑していましたのよ」
唖然とする二人に私は笑みを向けてこの場を終わらせる。
良き敗北者として、この物語の幕を引こう。
「お幸せに。
では御機嫌よう」
唖然とする二人を尻目に私はラウンジを後にする。
ラウンジを出た所で 私付きメイドの橘由香が静々と入ってくる。
「お嬢様」
愁嘆場と思ったのか顔に心配の色が映っているが、私は彼女に用件を促した。
この時間で来るとは思っていなかったが、うっすらとそんな気はしていた。
かつての生。
前世と呼ぶべきあの時間で起こったあのイベントでかつての私の人生は暗転したのだ。
仮に、この世界がゲームの中だとしても、それが現代日本を舞台にしているならば、必ず起こると私は信じた。
そして、その賭けはいやな事に的中する。
「先ほど投資銀行のリーザンシスターズがチャプター11を申請しました。
ニューヨーク市場は大混乱に陥っています」
前世はろくでもない人生だった。
会社が潰れ、ブラック企業の低賃金で働き体を壊し、あっさりと解雇されてあとはそのまま底辺へ野垂れ死にという末路。
何よりも時代が私達をないがしろにした。
これは、私が断罪される物語ではない。
私が、私達が時代に行う復讐の物語。
「よろしくてよ。
さぁ、ゲームを始めましょう」
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用語解説
タックスヘイブン
租税回避地。悪さをするファンドの資金源である。
ペーパーカンパニー
幽霊会社もしくはダミー会社。会社である事で受けるメリットを享受するために用いる。
チャプター11
連邦倒産法第11章。日本でいう民事再生法。
使うと債権者はろくな目に合わないが、使わないともっとろくでもない結末になる。
2008年9月15日
現実ではリーマン・ショック勃発。
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