4.迷惑な!

 宝神に着くまで全員が黙ったままだった。

 だって僕、今更あれは冗談ジョークだったとか言えないし。

 かといって何か言ったら益々事態を悪化させそうで。

 比和さんと信楽さんは紅くなったまま沈黙していた。

 何か微笑んでいるというか幸せそうだからいいか。

 とりあえず僕の中ではなかった事にする。

(鬼畜、いやチャラ男か)

 違うけどもういいよ!


 リムジンが護衛の車と共に車用通用口から入って事務棟の裏口に横付けしてくれた。

 正門から入らないのはそこが人でごった返していたかららしい。

 凄い人数だな。

「あんなに人呼んだ?」

 信楽さんに聞いたら肩を竦められた。

「呼んでないですぅ。でもぉコネを辿って押し寄せて来るですぅ」

 断れなかったり矢代興業の経営戦略上の理由で黙認したりしている人だけで大量にいるそうだ。

「大丈夫なの?」

「セキュリティはしっかり確保してますぅ。それにぃ騒ぎを起こしたらぁ所属組織ごと出入禁止ですぅ」

 信楽さんがきっぱり言うからには問題ないんだろうな。

 まあいいか。


「ダイチ様。私はここで失礼させて頂きます」

 比和さんが綺麗に礼をした。

 自分の学部の世話があるからね。

 僕みたいに心理歴史学講座ひとつというわけにはいかない。

「無理しないでね」

「ありがとうございます。大丈夫です」

 タイトスカートの裾を閃かせて去る比和さんの周りにはいつの間にか何人もの人が張り付いていた。

 護衛兼助手といったところか。

 そう言えば。


「信楽さんはいいの?」

「今日はぁ矢代興業のCOOはオフですぅ。今の私ぃは心理歴史学講座の助教ですぅ」

 さいですか。

 確かに信楽さんは事務局長を辞しているから宝神での職務は僕の講座の助教だけだ。

 矢代興業の最高執行責任者COOとしての仕事が忙しくなって、ほぼそれに集中しているんだよね。

 心理歴史学講座自体は詐欺というか特に何もやることがない講座なので在籍しているだけだったりして。


 僕も4年もやっていると慣れて教授として何とか仕事をこなしていけるようになった。

 いや学生の人たちの目標管理に難癖つけてるだけだけど。

 それでも4年も大学生やっていたらみんなそれなりに風格が出てきたりして。

 今年度卒業予定の人たち、つまり僕の同期である4年生は全員無事に卒業する事が出来た。


 宝神総合大学の第一期生である僕たちは合計しても百人くらいしかいない。

 僕の心理歴史学講座の学生は何らかの理由で他の講座に所属するのが都合が悪かった人たちで、例えば比和さんなんか自分が学部長だからね。

 そんな人を学生として引き受けるのが僕しかいなかったという。

 もっとも比和さんは僕と一緒に末長教授の経営学講座にも所属しているから、そっちでも学位を貰えるんだけど。

 経営専門学士か。

 僕もそれだったりして(笑)。


 ちなみに心理歴史学講座が与える学位は「総合専門学士」という思い切り怪しげなものになってしまった。

 だって説明しようがないんだよ。

 そもそも心理歴史学なんていう学問はないし講座としての活動もしていない。

 所属学生はそれぞれの職場で好き勝手に仕事しているだけだ。

 僕は学生さんが書いた目標管理シートに添ってその目標が達成出来たかどうかを確認する。

 出来てなかったり放棄したりしたら単位はあげない。


 でも仕事だから実際には毎回目標を達成出来るとは限らないんだけどね。

 例えば比和さんの4年時の目標は新会社を2桁立ち上げるとかその半分を黒字にするとか自分が担当している企業のうち最低1つを東証に上場させるとかいう桁違いなものだった。

 しかも達成してしまったからSをつけたりして。


 静村さんは自由形フリーで世界新を出すとかいう荒唐無稽なもので、そんなのチャレンジだけでAだ。

 でもやってしまった。

 だからS。

 そんな物凄い学生ばっかじゃないからいいんだけど。


『矢代理事長。末長学長がお話があると』

 ポケットから秘書さんの声がしたので周りを見回すと初老のイケメンが手を振っていた。

 末長さんは宝神総合大学の学長にして理事長代理だ。

 つまりは大学の最高権力者と言っていい。

 僕が理事長なのは名前だけ。

 実際、もう大学理事長の仕事はほとんどやってないからね。


 信楽さんと一緒に末長さんの所に行くと壇上に呼ばれて貴賓席に座らされた。

 学長自らの案内なので断れない。

 しまったな。

 どっかに逃げ込もうと思っていたのに。

「今日は何もしなくてもいいと聞いてるんですが」

「マスコミを入れてしまいましてな。ここに座っていて下さい。後は引き受けますので」


 しょうがない。

 何もしませんからねと断って座る。

 信楽さんも僕の隣に腰掛けた。

 本当に傍観者に徹するみたい。

 仕方なく前を見たら宝神総合大学で一番大きな講堂が人で埋まっていた。

 卒業式に在校生は呼んでないし卒業する学生は百人くらいのはずなんだけど。


「こんなにいるんだ」

「半分は護衛ですぅ。今日はぁ部外者が大量に入り込んでいますのでぇ」

 信楽さんが諦めたような口調で言った。

 そうか。

 信楽さんにはこういう場所で命令する権限がないからね。

 警備はお任せだ。


「でも多すぎない? 宝神の卒業式なんか何が起こるというわけでもないのに」

「それがですねぇ」

 信楽さんが言いかけた途端だった。

 講堂の一角から歓声が上がった。

 拍手も聞こえる。

「あれが理由ですぅ」


 信楽さんに教えて貰うまでもない。

 大勢の護衛聖騎士隊に囲まれて講堂を進む一人の美女。

 前方の群衆? が分かれていく。

 海を渡るモーゼのようだ。

 もっともモーゼの奇跡って実は自然現象だったという話を聞いたことがあるんだけどね。

 でも聖女様アレは自然現象じゃないよなあ。

「世界の聖女様ミス・アイザワがぁ宝神のぉ卒業式で歌うですぅ。それ目当てのぉミーハーが押し寄せたですぅ」

 迷惑な!

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