2.やってるじゃん!

 宝神の卒業式は午後からの予定だ。

 つまりみんなお昼ご飯を食べてから参加することになる。

 お昼のニュースを見ていると比和さんが言った。

「そろそろお食事にしますか?」

「そうだね。遅れると拙いし」

「私ぃは食べてから着替えるですぅ」

「では」

 比和さんが立ってキッチンからお重を3つ持ってきた。

 今日のお昼は弁当だ。

 とても作っている暇がないということで仕出しになったとか。


「私が作って差し上げたかったのですが」

 比和さんがお吸い物を用意しながら溜息をつく。

「無理でしょ。時間が勿体ない」

「確かにですぅ。比和先輩のぉ雇用費用は時給換算だとぉ何十万円ですぅ」

 そんな超高給のメイドさんなんか使えないって(笑)。


 最高のメイドであるはずの比和さんはもう完全に経営者だ。

 メイドをやりたがっているんだけど、どうにも時間が取れない。

 メイドをやる必要もない。

 矢代家には通いのメイドさんがいて何でも片付けてしまうからね。

 大首領メイドクイーンたる比和さんのお膝元に派遣されてくるメイドさんたちはもちろん最優秀だ。

 ていうか噂によると矢代家に派遣されるメイドさんは昇進が約束されているらしい。

 何のこっちゃ(泣)。


 ちょっとお行儀が悪いけどリビングでテレビを観ながらお重を食べる。

 美味しかった。

「これは?」

「矢代ホームサービスのフーズデリバリー部門の商品ですね。総合的な家政サービスの一環としてデリフーズも導入しています」

「うん判った。詳しい事はいいよ」

 比和さん配下の部門なんだろうな。


 矢代ホームサービスは矢代興業の子会社なんだけど、元々は比和さんが始めた清掃部門から発展した総合生活支援サービス会社だ。

 警備セキュリティ部門や医療部門、あるいはメイドやその他の人員派遣事業なんかもあるらしい。

 僕はよく知らないけど。

 矢代家に来てくれるメイドさんや僕たちが外出する時についてくれる護衛兵じゃなくて警備員はここの所属だと聞いている。

 多分、矢代家の維持管理を丸ごと請け負っているんだろうな。

 気にしない気にしない。


「「「ご馳走様でした」」」

 なぜか同時に食べ終わるとすぐに信楽さんが立った。

「それではぁ着替えてくるですぅ」

「うん」

「出発は30分後ですので」

「はいですぅ」

 信楽さんがリビングを出ていって比和さんがお重やお吸い物の容器を片付ける間に僕はトイレに行った。


 ちなみに僕は既によそ行きに着替えている。

 オーダーメードの背広だ。

 もうイージーオーダーでは済まないということで作らされた。

 値段はよく知らない。

 多分、メチャクチャ高いと思う。

 でも着心地はイージーオーダーとほとんど変わらないんだよなあ。


「ダイチ様?」

「いや、こんな背広オーダースーツが必要なのかと思って」

「よくお似合いです」

 そういう比和さんの女性用スーツやタイトスカートもオーダーメードのはずだ。

 まあ、僕たちだけじゃないんだけどね。

 矢代興業の幹部は全員、フルオーダーで仕立てている。

 そんなの何でもないくらいの給料貰っているし。


 改めて比和さんが煎れてくれた珈琲を啜りながら雑談していると信楽さんが来た。

「お待ちどうさまですぅ」

「まだ時間はあるよ」

「信楽殿もよくお似合いです」

 ソファーにそろそろと腰を降ろす信楽さんは、比和さんに反対するわけじゃないけどあまり経営者には見えなかった。

 いや可愛いよ?

 フレッシュで可憐で。

 就活中の女子大生、いやむしろ専門学校生としては満点。


「矢代理事長のぉ言いたいことは判るですぅ。言わないで欲しいですぅ」

「言わないけど。どうしたのそれ?」

 信楽さんが溜息をついた。

「面倒でぇ洋服屋さんにぃお任せしたところぉ」

「ああ、就活用と間違われたと」

「それはさすがに違うと思いますがぁ」


 まあ、肉体年齢が二十歳だとしたら経営者を名乗るのにも限界はあるよね。

 しかも信楽さんは癒やし系アイドル風の美少女だ。

 外見的には一番経営者には向かないタイプだし、比和さんみたいなタイトスカート的な衣装を着せたら場違い感が酷くなる。

 今のスーツも就活生ならともかく経営者としてはアレだけど。


「まあ服なんかどうでもいいよ。僕だって経営者というよりは就活に挑む大学生に見えるもんね」

 鏡を見てそう思った。

 僕、小柄で細くて童顔だから。

 やたらに身体に合った高級な背広を着ていてもそうなんだよ。

 もう22歳なのに!

 ていうか世間的には22歳って大学出たての青二才だ。

 年相応に見えるだけか。


「そんなことはありません! ダイチ様は完璧です」

「ありがとう。比和さんこそ完璧だよ」

 これは本当だ。

 だって「ボーグ」の表紙を飾ったんだよ。

 その話をすると比和さんの機嫌が悪くなるのでタブーになっているけど本当の話だ。

 僕も比和さんが載った号の雑誌を見たけど恐ろしいくらい研ぎ澄まされた美貌の比和さんがこっちを睨んでいた。

 視線が凄かった。


 何でも黒岩くんたちに騙された挙げ句、王女様高巣さんの命令で一度だけということでポーズをとったそうだ。

 女性経営者特集か何かだったらしい。

 怖いので聞けなくて真相は闇だ。

 その時の衣装は気品がある女性用スーツだったんだけど、今も似たような服だった。

 メチャクチャ似合っている。

 経営者としてはちょっと巨乳過ぎるけど(笑)。


「私はダイチ様のメイドがやりたいだけですのに。どうしてこうなったのでしょうか」

「どうしてだろうね」

 二人で溜息をつく。

 僕たち、全然そんなこと望んでなかったのになあ。

「しょうがないですぅ。運命ですぅ」

 信楽さんが運命の女神モイライの一人みたいな口調で言った。

 ギリシャ神話に出てくる運命の三女神だけど、ヲタクには漫画の方が有名だ。

 ラシキスとか。

 もっとも信楽さんはファティマには見えないけどね。

 あんなに細くない(笑)。


「酷いですぅ。私ぃはこれでもぉ」

「ご免。でも心を読んで反論するのは止めて」

 信楽さんもAIさん並みにこっちの思考を読んでくるからなあ。

 別にいいんだけどね。

 ポケットのスマホが言った。

『碧はもうそんなことはしません。沈黙の意味を学びました』

 やってるじゃん!

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