三者会談

 虎徹こてつとシルヴィが各々の時間を過ごしている頃、パスカル・デイヴィーと鹿島かしまライラは他の十二星将とティータイムを嗜んでいた。

 相手は宝瓶宮、カスペル・ブラーウ。獅子宮、クリスティアナ・リリーホワイトと、二人のペアである陰陽師である。


 星将の間でライラの淹れるお茶は美味しいと評判であり、獅子宮のクリスティアナは仕事を差し置いて、毎度来るくらいに美味しかった。


 日夜戦いに明け暮れる祓魔師エクソシストの、数少ない癒しの時間。

 クリスティアナの自室で行なわれるため、相当緊急な用件でなければ連絡は来ない。

 ガラス張りの温室で育てられた花が彩る中、甘い香りのする紅茶が鼻腔の奥をくすぐって、5人はライラの淹れてくれるお茶を堪能していた。


 が、さすがに休息中とはいえ、状況が状況だ。

 のんびりばかりもしていられない。


「魔性崇拝教団、かぁ。噂は本当だったわ、け、だ。しかも神祖様直々に出て来るなんて、連中も本気と見るべき何だろうなぁってカスペルは思う訳だけど、お二方はどうよぉ」

「そうね。今まで正体不明だった組織の一部分が、ここに来て判明するだなんてね。まるで、誰かが計ったようなタイミングだわ。実際に見て、どうだったの? パスカル」

「……妙な魔力を感じたよ。人の姿に魔力を感じるって、妙な感覚だった。アイアン・メイデンみたいに、形は人だけど体は鉄、って訳でもない。人の肉、人の体に得体の知れない力が混じってるから、見ていてとても気持ち悪かったよ」

「魔力を持った人間、か……」


 パスカルの言う事に、誰も首を横には降らなかった。


 本来喋る事の出来ない人形が喋る事で生まれる、不気味さと恐怖。

 人面に見えると言うだけで不気味に思われる犬や魚。木の木目。天井のシミ。

 人の声、言葉に聞こえる奇怪音。


 本来そう在るべき物の外見、中身が違う。

 恐怖を覚えなくとも、気味が悪いと感じてしまうのは、本来そこに在るはずのないものが在るからだ。先入観の問題でもあるのだろうが、普通ではない異常を人は嫌う。


「人型の魔性も見た事はあるけれど、何処かしら人と違う部分はあった。でもあれは……アリス・ワンダーと名乗った彼女は、外見こそ人そのものだった。魔力を持っている事を除けば、人と間違ってもおかしくなかったよ」

「益々、気持ちの悪い話だな。人の皮を被った化け物か」

「あまり言ってあげないで。ミシェル・Bブック・ノートルダムの居場所が無くなるわ」

「カスペルは認めてねぇよ、あんな怪物。いつ正体を見せるか、わかったもんじゃない」


 ミシェルの存在を知っているのは、組織内部でも上層部と幹部だけだ。

 だがそのごくわずかの中でも、擁護派と反対派、中立派と派閥が分かれている。


 擁護派は文字通り、ミシェルを擁護し、組織の一員として認める派閥。組織の大部分がこれに当てはまる。大預言者ノストラダムスをリスペクトし、その思いを繋ごうという考えを持つ人が多い。

 反対派はミシェルを魔性として認知し、さっさと祓ってしまえという派閥。陰で彼女を暗殺する機会を狙っているとさえ噂されている危険な派閥だ。

 そして中立派は、の二文字を盾にどちらにも属さず、この話題から目を背ける卑怯者を総じて差す言葉だ。なので中立派だと言うと、あまりいい顔をされない。


 この3人で言うとクリスティアナは擁護派。カスペルは反対派。そして2人には他言していないが、パスカルは興味すら持たない中立派だ。

 言うとどちらかに割り切れとうるさいので、沈黙を貫いている状態である。


「そもそも、ミシェル・Bブック・ノートルダムは、実際何者なんですかって話だよ。カスペル達が時折渡されるあの紙に魔性を封じて、それをあれに封印してるって話だけど、あの紙の存在さえ謎な訳ですよ。知ってるのは現在の十二天将白虎と蘆屋あしやの陰陽師だけ。怪し過ぎるでしょ。本当にあれは、ノストラダムスの預言書に関連してるんですかね」

「あまり大声で叫ばない方がいいわ。蘆屋様に聞かれたら、それこそまともに返して貰えなくなるかもしれないもの」

「そこら辺どうなんだ? パスカル。おまえ、白虎と組むんだろ?」


 甘くほろ苦い紅茶の匂いに鼻腔をくすぐらせ、ぐい、と紅茶を飲む。

 一緒に言葉を呑み込んだパスカルは何も言わず、無言のままライラにお代わりを要求した。


 無視されたカスペルは身を乗り出そうとするが、クリスティアナの鎌の石突が先にカスペルの喉に届き、身を乗り出せば喉仏を潰せる位置にあって、カスペルはそれ以上動けなかった。

 するとカスペルが問い詰めるより先に、呑み込んだ言葉の代わりをパスカルが出す。


虎徹こてつ君が新しい礼装の調整だとかで最近出ている事が多いから、時々構ってあげてるよ。正義か悪か、で言うとまだ何とも言えないけれど少なくとも、彼女は子供だ。子供は正義と言うつもりはないけれど、完全な悪と断じるのはまだ難しいかな」

「保守的な意見だなぁ。もしかして中立か? 情けねぇ。子供の魔性なら躊躇うのか、天秤座」

「人間にも悪人と善人がいるように、魔性にも善と悪があるって話さ。まぁ残念ながら、魔性は九分九厘が悪だけれどね」

「問題をただ先延ばしにしてるだけじゃあねぇのか?」

「『急いては事を仕損じる』と、虎徹君の母国にはあるらしい。処女宮シュルヴェステルがいたら、きっとそう言ったはずだ。決断するにも、私達は彼女の事をあまりにも知らなさ過ぎる。ノストラダムスが遺した最後の希望……信じるか、信じないか。まずは知る努力を始めてからでも、おかしくはないんじゃないかな」


 此度の茶会は、その言葉で締められた。

 ティーカップを片付けるライラの後姿をボーっとした眼差しで見つめるパスカルは、自室の本棚に敷き詰められた膨大な量の本を指でなぞる。

 本棚にも収まり切らない数を誇りながら、そこには1冊としてミシェルが気に入りそうな児童向けの本も、美しい文章が並ぶ絵物語フェアリーテイルもなかった。


 この時代、この世界。

 児童向けの本というのも手に入り難い。職業柄、余計に組織にはそう言った本は関係ないと断じられ、入手し辛い傾向にあるのは明白。


 良くも悪くも、組織は断じるのが早い。

 悪と断じれば即刻に祓う。無駄と断じれば切り捨てる。

 本だろうと人だろうと、それは変わらない。


 その急いた考え方がいつしか身を滅ぼさない事を祈りながら、天秤座は命を計る。

 天秤座を司るパスカルが彼女を守護する白虎と組んだのは、ある意味手繰り寄せられた運命だったのかもしれない。

 彼女――ミシェル・Bブック・ノートルダムという魔性の存在意義を善と悪で測り、どちらに天瓶を傾けるかを託されているのかもしれない。


 出撃がないせいで、最近そんな事を思わされる。


「パスカル様? もしや、その……先程の紅茶、お気に召しませんでしたか?」

「……そんな事はないよ。ライラの淹れてくれるお茶はいつだって美味しいさ」


 紅茶だって、分量を違えば味も変わる。

 湯の温度を変えれば色が変わる。


 だから、簡単には断じられない。

 だから知らなければ。もっと多く。もっと広く。もっと深く。


「ミシェルは……あの子は紅茶は好きかな。今度、誘ってみようか」

「はい、パスカル様」


 ひと時の平穏の中でさえ、術師らの葛藤は止まない。

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