規格外番号(ナンバーズ)参、アイアン・メイデン―弐
(入った……!)
戦いを見ていた誰もが、
だがメイデンが倒れそうになった時、一番に反応したのは虎徹だった。
倒れそうになる背中を伝う髪が彼女を支えたかと思えば、胸元から飛び出して来た鋼鉄の鋭刃が後退する虎徹を追って伸び、虎徹の描く軌跡にぶつかって地面に突き刺さり、停止する。
誰もが反撃など予測出来ていなかった中、攻撃の手応えに対して一喜一憂する感情を持たない虎徹だけが冷静に対応出来た。
もしもあそこに自分がいたら――そんな架空の未来を描いて、シルヴェストール――シルヴィは震える自身の肩を抱く。
「だ、大丈夫ですか?!」
「問題ない」
返される言葉はわかっていたのに、問うてしまった事に後悔した。
特攻を仕掛けた際、全身に負った切り傷から溢れ出る血液が衣服に染み込んで、衣服が取りこぼした血が足元に滴っている。
その量を見るからに、とても大丈夫とは思えない。
なのに彼は問題ないと平気で言うし、平気そうな背中を見せる。
自分がそんな彼の隣に立てず、後ろで背中を見ている事に、シルヴィは胸を痛めた。
同時、彼女もまた、痛むらしい胸部を見下ろす。
数多の刃物を生み出した胸部の内側で、痺れるように鼓動する仮の核を触るメイデンは、不思議そうに目を丸くしていた。
胸から飛び出た刃を折り、左指先を流動させて変形。
手刀を先端に長く伸びた腕が螺旋を描き、高速で回転。空を掻き裂く螺旋刃を携え、半壊した面を捨てる虎徹へと跳び込んで来た。
「シルヴィ」
名前を呼ばれる。
続く言葉こそないものの、省略された言葉の中身を察したシルヴィはすぐ、地面に手を添えて錬金術を展開した。
「“
地面の中から抜き出されたのは、鉱物から錬成されたとは思えないほど柔く動く黒い鞭。
一つの持ち手から
「“――
高速回転していた螺旋が止まる。
無論、ずっと止めておくことは出来ないが、一瞬でも止まれば隙は生じる。
「今です!」
「ん」
先に捨てた面を蹴り上げ、顔に押さえ付けて目隠しに。
全力の斬撃一つでは足りないと察した虎徹は手刀を構え、メイデンの全身から伸びる針に突き刺されながら胸部の核へと手刀での刺突を突き入れ、斬撃の術式を体の奥深くへと叩き込んだ。
「……シルヴィ」
「はい!」
八岐の鞭が、メイデンの四肢を縛り上げる。
鞭に仕込まれた刃が刺さるところだが、鋼の体には突き刺さらず、引っ掻くのが精一杯。
メイデンの流動する体は変形しながら拘束を抜け、自身の両腕をシルヴィと似た形状の鞭型形状武器へと変化させる。
「2秒」
「いえ、5秒!」
「頼む」
大気を穿ち、破裂させる鞭打の応酬合戦。
本来拷問用の武器である鞭の生じる破裂音は、相手の恐怖心を煽り動揺を誘う。
残念ながら、メイデンを相手にその手は通じないし期待も出来ないが、そういった部分での牽制を、シルヴィはまるで狙ってなどいなかった。
単純な強度の差で、シルヴィの鞭がぶつかる度に砕かれる。
その度に強い衝撃が全身を巡り、死之型の反動に耐え切れなくなったシルヴィの体が悲鳴を上げ、体の至る部位から血飛沫を上げる。
が、シルヴィは退くどころか前進し、砕かれた鞭をその場で錬成して無理矢理繋げ、攻撃を続行。
わずか5秒間の攻防で、シルヴィは13度鞭を砕かれ、1度もメイデン相手に傷を付けられなかったが、約束は果たした。
「虎徹!」
蓄積時間は5秒。
並の術師ならば短いと嘆こうが、最速2秒で済ませられる虎徹には充分過ぎる。
質は保ち、数を増やす。単純な事ながら難しい事を、金刀比羅虎徹という術師はやってのける。
格子状に描いた軌跡に乗った斬撃が1つにまとまり、鋼鉄の胸倉を狙う弩弓となって、虎徹の描く軌跡に従い、解き放たれた。
名は――ない。なかった。今まで必要として来なかった。
しかし今、
過去対峙した、山より巨大な巨人の魔性。その紅顔を射貫く一撃の名は。
「“
過去、巨人の顔を穿った一撃は、主に対空迎撃用であり、地上に放たれたのはこれが初めて。
その威力は、今まさにここへ集おうとした他十二天将勢力を吹き飛ばし、大地は溶解。大気は焼却。
星の中心とさえ謳われた一枚岩ウルルは、魔性支配から1000年の時を経て、皮肉な事に、人間の手によって破壊された。
そして肝心の鋼鉄の処女、アイアン・メイデンには。
「……」
「虎徹――」
「失敗だ」
彼女はまだ立っていた。
胸の中央に風穴を開けられ、仮の核を破壊されて尚、立ち、目は2人を追っていた。
そうして相手の生存を確認した時点で、シルヴィを担ぎ上げていた虎徹はすぐさま撤退。悔し涙で泣く友の声を耳に聞き入れつつ、それでも背を向けて走り続ける。
そして、鋼鉄の処女アイアン・メイデンは、そんな2人を追う事もせず、ずっと見つめたままだった。
追えなかったのではない。追わなかった。
過去、最も彼女を追い詰めたと言える戦いの中で、戦う彼女は頭部が半壊し、両腕が壊れていたという。
そんな彼女が、ただ胸に風穴を開けられた程度で止まるとは思えない。誰も思わない。
故にこれは、紛れもない敗走。完全なる作戦失敗。
そう誰もが見限る中、同じ結論にあって尚、最後までその場から撤退しなかった十二天将の青龍は、動かないアイアン・メイデンを視界に入れ続けながら、通信端末の電源を入れた。
「こちら、青龍の
その後数秒の沈黙を置き、その中でも変わらぬ光景を見て、夜刀は断じて言い切る。
「アイアン・メイデン、沈黙。その目の色に……一切の敵意、無し」
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