討伐対象:ウルルの■■■王
長期討伐任務、9日目。
討伐数70と3。
今日は今回の遠征の中でも、1番数の少ない日だった。
それだけ虎徹が頑張って来た証拠。今日この日の記録を終えたシルヴェストール、シルヴィはそう思う事にして、端末の電源を落とす。
これから交代で1時間ずつ休憩して、最後にブルーエメラルドで最も階級が高い魔性が住み着いていると思しき世界最大クラスの一枚岩ウルル――通称、エアーズロックに向かう。
今までの感じからして、S級は確実。1位か2位か。鬼の首魁以上の化け物がいる事は間違いない。
数が減ったお陰で、虎徹の
休憩も挟めているので、最終戦は十全に近い状態で臨めそうだ。
「シルヴィ」
「ようやく慣れて来ましたね、その呼び方。で、何ですか」
「鬼種の魔性を祓ったのは、俺が祓った首魁が最後で間違いないか。その後、残党に遭遇したりは、1度もないんでいいんだな」
「えぇ、私の記憶する限りでは。それが何か?」
「……いや」
S級2位の鬼。
自分の脆さをカバーするために殻を被っていたり、一兵卒程度の術師ならば確実に葬れるだろう戦斧の扱いといい、とても前回の規模が、あの鬼の最終総合戦力とは思えない。
まだ何処かに残党がいて、いずれ対峙するものと思っていたのだが、今日になっても出て来ないとなると――
「また何か、思い当たる節でも?」
「いや、何も」
「また、推測の域を出ない限りは言っても無駄、ですか? 全てがそうとは限らないと思いますし、情報共有の大切さは訓練生時代にも言い聞かせられて来たはずですよ。ちゃんとお手本を見せて下さい? 十二天将、白虎様?」
「……あくまで、可能性の話だ」
この長期討伐依頼を通して、シルヴィは勝手ながら、虎徹との間にある距離が縮まったように感じられていた。
長く戦いを共にして来たからか。自分達の立ち居振る舞いを弁えて来たからか。
いずれにせよ、最初の頃より虎徹との接し方がわかってきたのは違いない。そうでなければ今だって、話を聞く事も出来ていなかったはずなのだから。
「なるほど。確かにあれだけの首魁がいて、あれだけの規模と言うのはおかしい話ですね。S級3位と言われてもおかしくない格の鬼だったのに」
「鬼種の魔性の最高階級はSの5位。だが鬼は階級が上がるに連れ、群れるよりも1体でいる事が多くなっていく。この前の奴ならば、より多くの鬼を率いていても、おかしくなかった」
「単に、この土地にもう鬼がいなかった、というだけの話では?」
「ならばそれで構わない。俺の描く最悪は、S級の鬼を喰らった何者かが、更に力を得ているという状況だ」
★ ★ ★ ★ ★
元オーストラリア領を代表する一枚岩、ウルル。
それはさながら、この大地を支配する王が如く君臨していた。
魔性の遺骸を組み上げて作ったと思われるぐちゃぐちゃの王座に、一体どれだけの間座っていたのだろう。その王座へと、どれだけの供物が捧げられたのだろうか。
住んでいた人々はもちろん、生息していた動物も住まいにしていた自然も、ありとあらゆる物が捧げられた結果、今のオーストラリア――ブルーエメラルドがある。
何も育む事なく、全てを奪って破壊して今に至る王と言うのも、歴史を遡れば人間の時代にだってあったはずだ。
しかし、繁栄を一切目指さない魔性の国と化した大地は凄惨の一言で、果たして元の姿を取り戻す事が出来るのかと問われると、とても首を縦に触れない程、ウルル周辺は酷かった。
そんな王に引導を渡すべくやって来た2人は――いや、シルヴィは言葉を失った。
驚愕のあまり、次に出て来る言葉が見つからない。
確かにそこには、ウルルを中心としてブルーエメラルドを支配する王がいた。
ただし討伐すべき王の首は、既に第三者の手によって――今回の依頼の次第で討伐にあたるはずだった
「これは……」
どちらが先だったかなど、最早些事。
結果、王の首を捨てた腕を変形させた鎌で、背後に回ってからシルヴィの首を狙ったメイデンの不意を狙った一撃を先読みし、術式を纏った掌底で受け止めた虎徹の腕が、メイデンの華奢な体躯を弾き飛ばした。
「呆けるな」
「は、はい……!」
ならば
メイデンの体は全身が液状化した金属。それらに形状を記憶させ、凝固させる事で攻防一体をなす、まさに
つま先立ちになって上がった踵から垂れた金属がそのまま鋭利なヒールとなり、鎌から人の腕に戻ったかと思った矢先、肘が青龍刀のように曲がりながら鋭利に伸びる。
風を受けても揺らめく事のない髪が変形。所々にニードルを付けたマントのようになって、彼女の背中で広がった。
「私の専売特許、取らないで頂きたいですね……!」
「別におまえだけの物でもないだろう」
「冷静に突っ込まれると少し悲しくなるのですが」
「ならばその冷静を保て。欠いた瞬間に負けると思え」
「……はい」
自分の鼓動が、やけに騒がしく聞こえる。
喉奥に溜まった唾液を呑み込み、緊張から噴き出した汗が一筋流れて、顎を伝い落ちる。
大王を除けば、人類最大の脅威となる13体の
番号は強さの順ではなく、あくまで発見された順であるけれど、もはや順序など関係ない。
どれであろうと規格外。人間という存在を砂利同様に扱い、家畜同然に狩り殺す存在であるのだから。
見開かれた青い瞳の中から、赤い涙が流れ出る。
悲しみの果て、感情を欠落して尚泣く美しい姿とは裏腹に、血の流れない体に溜まった赤い体液を両目から流れ出すのが、この魔性の臨戦態勢の合図となる。
関節を無視して滅茶苦茶に動く指。
縦でも横でも延々と回せる首。
彼女の一挙手一投足が恐怖を誘い、一歩――踏ん張っても半歩、下がらせる。
果たしてこの緊張と恐怖は、虎徹も感じているのだろうかなどと、そんな事を考えたが杞憂であったとすぐに気付く。
杞憂に終わる一瞥を配るより先、予備動作もなしにメイデンが仕掛けるより更に先に、虎徹が、メイデン目掛けて突貫。
繰り出された肘の刃を万象切断の陰陽術で真っ向から迎え撃ち、数秒の攻防が続く均衡の直後、2本の指を立てて構える陰陽師の基本の形から手刀に変わった虎徹の術が、今まで切断不可とされてきた鋼鉄の体、その一部を斬り飛ばしたのである。
元より言葉を持たず、感情の在り処さえ不明瞭なメイデンさえ驚愕する中、手刀から指を突き立てる形に変えて胸座に五指を突き立てた虎徹が、小さく、しかし確実な殺意を籠めて零す。
「悪鬼、滅殺……!」
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