占われても、未来は見通せなくて。
『私のこと、どこから気付いてたか、私には、分かるよ』
回想に浸っていた僕の心を、現在に引き戻すように、彼女の声がした。
高校生の姿をした葉瑠がほほ笑む。僕の人生でいままで見てきた誰よりも魅力的な女性が、この時の葉瑠だ。ただ容姿の話をしているわけではなく、たぶんそれは僕の彼女を見る目が変わったからだ。彼女に抱く気持ちがどういう種類のものなのか、自覚してしまったことによって。小学生の頃は、あまりにもそういう感情に無頓着だったのだ。
「じゃあ聞くけど、どこから?」
『電車に乗っていた時から』
「……当たり」
『ねぇ、むかしのこと、覚えてる? ふたりで、さ。このお屋敷に忍び込んだよね。あの時、私たちが見た幽霊、って私のことだったんだね』
「と、いうことになる、ね。この屋敷に幽霊として出てきちゃう縁でもある?」
『いや、全然。それに……いや、分かってて、聞いてるでしょ』
そう、僕が見ないようにしていただけだ。確かにそこにいた、にも関わらず。
僕が電車に乗っていた時点で、もう彼女の気配があった。地元を離れている間、近くに葉瑠のいる感覚を抱いたことはないので、もしかしたら彼女はこの地には縛られているのかもしれない。だけど、すくなくともこの屋敷の中だけで存在している感じではない。
「まぁ、ね。でも、僕たちが小学生の時に、未来の葉瑠、きみを見たのは、事実だ」
『あの時は、未来の自分が目の前にいるなんて、想像もしてなかった。ただ……なんとなく、懐かしさは感じてたかもしれない。なんで、たった一回しか来たことのない……ここで、あんな未来を見たんだろうね。あぁまぁ、今回で二回目か……、とりあえず生きている間、って話で、ね』
「ここ自体、普通な場所じゃないからね。あの日記の話、覚えてる?」
『私は、読めなかったけどね』
葉瑠が拗ねた表情を浮かべる。
「仕方ないだろ。夜の、あんな状況だったんだから」
すこしずれたところで文句を言う、そんな彼女らしさに、僕は思わず笑ってしまった。
『まぁ、いいんだけどね。それで?』
「僕だって、もちろん答えを知っているわけじゃないよ。ただあの日記を見る限り、この場所では、殺人か、もし殺人ではなかったとしても、それに近い惨劇が起こったことは間違いない。あの頃の僕たちは、そういうことに無頓着だったから気付かなかっただけで……、いや、もしかしたら無意識のうちに、気付かないふりをしていただけなのかもしれない。この場所には怨念が渦巻いていて、不可思議なものを引き寄せていた、といまになると、そんなふうに思うんだ。ただそれが、日記に書いてある通りのものだったのかは分からない。結果は無数に解釈できるけど」
『結城くんの口から、そんな言葉が出て来るなんて』
ふふっ、と葉瑠がからかいを含んだ笑みを浮かべる。楽しげだ。
「だってむかしとは違って、いまは視えてしまっているわけだから」
大人になるにつれて、現実を知り、人知をこえた不思議なものと寄り添うことはできなくなっていく、みんながみんな、そうではないだろう。ただ、多くはそうだ。僕の近くにいる一番の好例を挙げるなら、それはおそらく、姉だろう。
視えないのは、いないのと同じなんだな、と思うようになってきて、と姉はそう言っていた。好奇心に満ちていたかつての瞳に、冷めたものが混じるように。ちょっと寂しくは感じるけれど、それは仕方のないことなのかもしれない。
僕だって、いまの姉と同じような考えを持っていたのだから。
『小学生の時は、そんなこと言う子、馬鹿にしてたのに……。ほら、覚えてる? マキちゃんの、占いのこと』
「また、懐かしい話を。……いま聞いて、思い出した」
『六年生の時だったよね。占いで、予言ができる、って、女子たちで盛り上がってて』
そんなこともあったなぁ。
僕たちと同じクラスメートに、
僕はその頃、大抵の同級生の女子を呼び捨てで呼んでいたけれど、彼女にだけは、さん、を付けていた。相手に対して優位性を取りたがる口調に対して、無意識のうちに、そうなってしまったのだ、と思う。
その清水さんが、占いに凝っていた時期がある。
「女子たちは、よく一喜一憂してたね」
『女の子は、そういうものが好きなんだよ』
「女の子にだって色々いるでしょ。別にあんまり興味のない子だって、いたでしょ」
『まぁ、ね。そもそも、私があんまり興味なかったから。でも、ほら、ああいうことをしてる時のマキちゃんには、興味のある顔をしておかないと、あとで大変だから』
将来、誰がどういうひとと付き合うのか。そんな未来を占うことができる、と清水さんの机の周りに女子が囲んでいる様子は、そのある一時期の見慣れた光景だった。
同級生の〇〇くんと、将来付き合えるよ、なんて言われて喜んだり、〇〇くんへの告白はうまくいかないかも、なんて言われて泣いたり、と。清水さんの言葉に、ころころと表情を変える女子たちの姿を見ながら、そんなの気にしなくても、と思っていた記憶がある。ただ言ってしまうと、清水さんに何を言われるか怖かったから、口にはしなかった。
葉瑠以外には。
「いまでも、清水さんの占いに関してはひとつも信じてないよ。あれはうわさ好きの清水さんが、女子たちの好きな男子を探って、それをうまく利用しただけだ、と思っている。だからあんなに具体的な名前が出たんだよ。もし本当に未来が分かるなら、僕たちの知らない未来の恋人の名前を挙げられるはずじゃないか。そんな身近なクラスメート同士だけじゃなくて」
『あの時も、同じこと言ってたね』
「そもそも、あの占いが当たっているなら、僕たちは付き合っていない、とおかしいわけだけど……」結局、僕たちは付き合わないままだった、と暗に添える。「そんなことなく、終わってしまった」
私の未来の恋人は、結城くん、なんだって。
困ったような表情で、僕を見るかつての彼女の顔がふとよみがえり、思わずどきりとしてしまった。その時も、さっきと似たような、占い自体を否定するような言葉を、僕は彼女に伝えた。もっと言い回しは幼かったけれど、内容はまったく一緒だ。
葉瑠が不満そうな顔をする。
『まだ終わったわけじゃないよ。これから付き合う?』
「幽霊、と?」
『あっ、その言い方、ひどい』
「ごめんごめん」
『幽霊の私が言うのもなんだけど、幽霊に慣れすぎじゃない』
「まぁ、そりゃあ。慣れるさ……。話がだいぶ逸れたね。戻すよ。そう、ここが特殊な場所だったからこそ、トリガーのように、不可思議なものを引き寄せていたのかもしれない。だから僕たちは、ここであの時、未来を見た」
『こじつけ感が、すごいね』
「答えのないものに無理やり答えを出そうとしているんだから、どうしてもそうなるよ」
『ふぅん。……まぁ、でも実際そんなものかもしれないね』
葉瑠がぼろぼろになった椅子に、腰を掛ける。手で、僕にも座るよう促すが、残念ながら僕はまだ、幽霊じゃない。こんな座った瞬間、壊れてしまいそうな椅子に体重を預けることはできない。
『さて……、そんな話なんて、本当はどうでもいいよ。大事なことは別にある。私にとっても、あなたにとっても』
「うん」
『なんで、戻ってきたの。私から、逃げたくせに』
ここから思い出すのは、鈍色をした、これまでよりも、もっとあとの記憶だ。
僕は彼女の顔を見ていて、窓の先にある景色なんてひとつも見ていなかった。だから音を聞いただけだ。強くなっていく、雨の音を。
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