第26話 小柴家の戦略
ゴールデンウィークが終わろうかという土曜日の午後、風花にミオから祖母と一緒に自宅に来てほしいという電話があった。来春のかるた会で使う袴のことで、そういったことに詳しい祖母に相談があるという。
「あら、何かしら。しばらくかるた会には顔も出してないのに」
祖母も首を傾げながら、ちょうどいい気晴らしになるからと、散歩がてら風花は祖母と2人で坂道を下ってミオの家へ向かった。
いつものように国道を横切り商店街のアーケードに入ると、少し先に小さな人だかりが見えた。
「あら、あの辺にも尾道ラーメンのお店ができたのかしら」
と祖母がいう。
最近は、ご当地ラーメンとして尾道ラーメンが繰り返しマスコミにも取り上げられたこともあり、すっかり尾道の名物してラーメンが定着し、いくつかの店舗に行列ができるほど賑わっている。スープに豚の背脂がぷかぷか浮かぶ独特のクセのある風味が尾道ラーメンの特徴だ。
だが、2人が近づくにつれてそこが「小柴呉服店」の前だと気がついた。いったいこれは何事だろう。
何か事件でもあったのかと少し離れた場所で近寄るのをためらっていると、人混みの中にミオがいて、こちらに気がついたらしく手を大きく振った。
そこは店のディスプレイを大幅にリニューアルした小柴呉服店があった。ウィンドウには大きく3枚の掛け軸のような写真が飾られており——
風花はまずその大きさに圧倒された。鮮やかな鶯色の袴を着た自分が実際の自分より遥かに大きく少し斜めに構えて店の前に立っていたのだ。そして店舗の入り口を挟んだ右隣にはミオが涼しげな古典柄の浴衣、風花の左隣には羽織袴の孝太が腕組みをして気取って立っている。
和服も普段着で——
それが今回のリニューアルのコンセプトだとミオがいう。
そういえば、あの写真撮影の時も髪をわざわざ結ったりはしなかった。風花の髪は美織のように長くないので、いつものように髪ゴムでキュッと小さく後ろに縛り、袴の色味に合わせたシュシュでアクセントをつけただけだった。
ミオは見た目は華奢なので、オーソドックスな古典柄の浴衣がとても可愛らしい。髪はいつものようにポニーテールのままだ。
そして、いつの間に撮ったのか知らないが、若い孝太の羽織袴もなかなかかっこいい。髪は坊主——むしろいつもより短い。それが案外素敵だった。
和服はお祝い事に着るものという考えも、こんな写真を見たら、たまには普段着にもいいかなと思えてくる。
店の前の人だかりは、この商店街の仲間たちらしい。老舗呉服店による思い切ったディスプレイのリニューアルをみんなが楽しんでいた。つられて観光客と思しき人たちも足を止め、スマホで写真を撮ったりしている。
どうやら小柴家の戦略はあたったらしい。
自分の写真があまりにも大きいため、さすがに風花は恥ずかしくて近寄るのをためらっていたが、
「ああ、これは綺麗。風花、本当に綺麗だわ」
と、心の底から感嘆の声をあげて、つつつと駆け寄りガラス越しに手でなぞりながら、上から下まで嬉しそうに眺めていた。
「ほら、風花もこっちにおいでよ」
そこへミオがじれたように声をかけてきたので、恐る恐る風花もウインドウに近寄った。
近くで見ると、さらに大きく感じる。よくよく見ると、足元には少し小さな額縁に入れた、風花が後ろ向きで腰に手を当てて首だけ振り返っている写真が置いてあった。
「その写真、すごいエモいよね。孝太のおじちゃんチョイスよ」
視線に気づいたのだろう、ミオがいう。
「うん」
確かに我ながらかっこいい写真だった。袴が腰の辺りをしっかりとホールドして背筋を伸ばすので、立ち姿が一段とよく見えるのかもしれない。
こんないい写真を撮ってもらったのは去年の夏以来だ——
風花はその写真から、しばらく視線を離せなかった。
「ちょっと、2人で店の前に並んで立ってみて」
祖母がスマホを手にして風花とミオに声をかけた。店の写真の前で実物が並んでいるところの写真を撮ったら面白いからという。
ミオは喜んでそそくさと自分の写真の前に立った。風花は商店街を歩く人たちから見られているのが少し恥ずかしかったが、祖母があんなに喜んでくれているのを無視するわけにもいかず、照れながらウィンドウの前に立った。
「はい、笑って」
満面の笑顔の撮影会が連休の最後のイベントとなった。
ゴールデンウィークが明け、翌週の日曜日に練習試合をお願いしたから、しっかりと準備するようにと中堂先輩から告げられた。相手は去年の県大会ベスト4の強豪、「オノショー」こと尾道昇華高校だという。
「そんなまだ無理です、試合なんて」
そういう風花の横で、「よっしゃあ」と孝太が気合を入れた。
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