第3話 たった一つの知り得ること 祖根寿麻

『おいしい格闘技』



第3回 祖根寿麻

『たったひとつの知り得ること』


祖根寿麻に惚れたのは、2019年5月6日だ。この日に行われた修斗後楽園ホール大会。

対戦相手は、復帰してからさすがの強さでランキング上位に上り詰めていた根津優太。

3Rにわたる激闘。根津のナイフのように抉るカーフキックで祖根の脛やふくらはぎはあっという間に赤紫に変色した。

結果、根津優太が勝利し祖根は負けた。記録では、それだけだ。

が、この日の祖根寿麻は記録だけに残すのはもったいない素晴らしい気持ちを見せる試合をした。

ケージを降りる際、セコンド2人が祖根に駆け寄り肩を貸そうとした。

が、祖根はセコンドの手を払い自分の足でケージを降りて控室まで歩いた。

あの試合内容と足を引き摺りながらも自分の足で退場する場面は、いまだ深く心に残っている。


今から約16年前。

祖根寿麻は、沖縄から名古屋にやってきた。

そもそもなぜ名古屋に向かったのか。

祖根は、笑う。

「当時の好きだった女性を追って名古屋に出てきたんですよ」

—祖根さんらしいですね

「10万円と50センチ×50センチの鞄ひとつ持って名古屋に来たんですよね」

本気だか冗談だかわからないのが祖根寿麻の魅力でもある。

祖根はそのまま名古屋に住み、愛知の名門ジムである志村道場に入会することとなる。そこから格闘家、祖根寿麻の物語が始まる。


志村道場所属の鈴木万李弥に話を聞いた。

そのときすでに祖根はプロとして活躍を始めていた。

万李弥は当時を振り返る。

「祖根さんはギラギラしていて、ちょっと怖かったですね」

と笑う。

今回の取材中、祖根は万李弥を倒す女子ファイターを育成する、と発言していた。

あらためて祖根にそのことを、訊いた。

「本気ですよ」


祖根寿麻を知るうえで、話を聞きたいファイターがいた。同じく愛知を代表する春日井寒天たけし、だ。

—祖根さんに初めて会った時のことを覚えてますか?

春日井は、はっきると覚えていた。

「祖根くんを初めて知ったのは2009年のHEATニューエイジ01でした」

—その頃の祖根選手の印象はありますか?

「なんかジェイソンみたいな仮面を被って入場してきて(笑)」

—祖根さんらしいですね

「そう、あの頃からエンターテイメント的にも大会を盛り上げようって考えていたのかなって」

祖根寿麻は、いった。

「そんなことしましたかね(笑)」


2013年

村元友太郎は名古屋の名門ALIVEに入門した。

その頃、祖根はすでにプロファイターとしてHEATで活躍し、すでに20戦前後の試合をしていた。

当時の印象を村元に訊いた。

—初めて会った頃の印象は?

「まだチャンピオンになってなかったんですけど、HEATで華がある選手がいるなあとは思ってましたね」

—その頃は今よりさらにチャラかったですか?

村元は笑いながら、いった。

「勝ったらラウンドガールを抱えてましたよ」

—祖根さんらしいです

「名古屋のフェスでもよく会いましたよ(笑)」


RIZIN32にて、祖根は皇治との一戦が決まった。

ルールは相手の土俵であるキックルール。祖根はかつてkrushでキックルールを経験しているとはいえ、無謀な挑戦ともいえた。

村元友太郎は、いう。

「キックルールで皇治選手はさすがに武が悪いだろ、とは思いましたね」

—それでも祖根選手は受けましたね

「そうですね。試合が決まってから大石ジムなどで色々と対策バッチリしていたみたいなのでやってくれるんじゃないかって期待はありましたね」

鈴木万李弥は、いう。

「あの試合は熱かったですね。すごくおもしろかったです!」

祖根は、皇治を相手に3Rフルに戦い抜いた。殴り合った。皇治のパンチはクリーンヒットした。祖根のパンチも皇治の顔面をとらえた。

わたしのなかで、根津優太との試合と共に印象に残る試合が皇治との試合となった。

いずれも祖根が負けているが、実に祖根らしい、エンタメを意識している反面の部分、愚直な男を感じさせる試合だった。


春日井寒天たけしにあらためて「祖根寿麻」を、訊いた。

「沖縄からバイトで貯めた10万円だけ握りしめて来た男が、格闘家として経営者として這い上がっていく姿を見てきたので、そのハングリー精神はすごいな、と」

—寒天選手にとって祖根寿麻とはどういう存在ですか?

「格闘家として、素晴らしいライバルの1人でした。刺激をたくさんもらいましたね」

—祖根さんは経営者としても頑張ってますね

「何店舗もジムを出して大変なことは多いと思うけど、陰ながら応援してます!」


村元友太郎は、いう。

「いままで選手として格闘技に注いでいた力を今度は経営に注げるのでどんどん大きくなるんじゃないですかね」

村元は少し考えてから、いった。

「でも選手育成というより、どちらかというと格闘家が働ける場所を作っていく路線じゃないですかね。その考えは素晴らしいと思いますよ」

—選手育成という点でいうと鈴木万李弥を倒す女子を育成すると祖根さんは言ってます

「爆笑ですね!万李弥はつよいですよ」

村元も今年の4月3日にジムをオープンし、これからも祖根とは同志でありライバルとして共にしていくのであろう。

祖根寿麻のいう、'万李弥を倒す女子を育成する'という冗談か本気かわからない言葉について、鈴木万李弥に訊いた。

「キックも女子選手が増えて嬉しいですが'万李弥を倒す'ていう選手が出てきてくれたらやっとわたしも追われる立場になったなと思えるし、いつか挑戦してきてほしいですね」

万李弥はあらためて祖根について、いった。

「祖根さんからは、自分で決めたことをやり遂げる意志の強さをこれからも見習っていきたいと思ってます」


もうひとり。

わたしはどうしても祖根寿麻のことについて聞きたい人物がいた。

沖縄にあるキックボクシングDROP代表であり現在もなお選手として活躍している宮城友一だ。

数年前の話になる。

ある大会に宮城友一が出場した。祖根からメッセージがきて、「友一さん、勝ちましたか?」と連絡がきた。

そのとき、祖根寿麻にとって、宮城友一という存在の大きさがわかった。

今回、沖縄時代から祖根のことを知る宮城友一に話を伺うことができた。

宮城は饒舌な人間ではない。が、そのひとつひとつの言葉がとても響く。

—宮城選手にとって、祖根寿麻という人間とはどのような存在ですか?

宮城は、いう。

「後輩ではありますが経営をしながら選手としてトップで戦ってきたカズマの事は前から尊敬していたし、目標としてきました」

—その祖根選手は引退されて感じるものはありましたか?

「もちろん寂しさはありましたね。でもフィールドは変わっても彼は勝負師として戦っていくと思うし、その戦いを心から応援したいですね」


祖根寿麻は、つくづく不思議な選手だった。

選手時代から様々なことに挑戦していた。格闘家としても、会見から「見せる」「見られる」ことに意識していた選手だ。

おちゃらけているが、試合での根性はハンパじゃない。その、もう一つの面をどうしても多くの方に知って欲しかった。


だいぶ前の話になるが、祖根寿麻に憧れの格闘家ていたんですか、と訊いたことがある。

祖根は、このように答えている。

「宇野さんですね。かっこいいじゃないですか」

意外な返答だった。

もっとギラギラして闘争本能むき出しの選手に憧れて格闘技を始めたと思っていた。

かつてわたしがZOOMERを訪れたとき、宇野薫のカードが飾られていたのを思い出して、くすぐったい気持ちになった。


2021年12月31日、引退。

プロ戦績

47戦 24勝22敗

闘う側から本格的に育成する側となり、今後の祖根寿麻と格闘技の結びつきがどのようになっていくのか。

どこまで本気でどこから冗談かよくわからない祖根だが、彼が本気の本気になるときは、わかる。


そういえば。

沖縄から名古屋まで追った恋焦がれた女性とはどうなったのだろうか。

祖根寿麻への最後の質問をした。

—その女性とはうまくいったんですか?

祖根は笑いながら、いう。

「うまくいくわけないじゃないですか」

祖根は、いう。

「そのままノコノコと沖縄に帰れないし、名古屋で何か残さないと、と思って格闘技を始めたんですよね(笑)」

また祖根寿麻に、はぐらかされた。


だが、ひとつの間違いない真実があることもわかった。

10万円と小さなカバンが、勝負師としての始まりだったということ。

祖根寿麻の人生エンターテイメント。

彼はいま、わりと本気で新たな世界に立ち向かっている。


ZOOMER代表

祖根寿麻


『おいしい格闘技』とは

1982年糸井重里氏は、衣食住だけではなく、ステキな物や心、文化を豊かにする生活を提案した。

それが『おいしい生活』

2020年、コロナが蔓延り私たちの生活は一変した。

いま、だからこそ心と、身体と、生活を豊かにする格闘技に目を向けてみてはどうでしょうか

『おいしい格闘技』はそんな気持ちから始まりました。

【筆者プロフィール】

名前:まよいマイマイ

幼少期に猪木と長州のプロレスに出会い青春時代は週プロで育った気持ちはプロレスラー。いまはSLKと渡辺桃の表情に注目中!

こちらでは格闘家の前に人間としての魅力をお伝えできたらと思い、彼ら彼女たちの日々を見つめていきます

Twitter: https://twitter.com/maimai_pw

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