第2話

 ミアは僕の行きつけの店に新しく入ったウエイターだった。


「あれ。見たことない女の子がいる。マスター、あの子新人さん?」


「そうそう。新人のミアよ。歳も近そうだし仲良くしてあげてねルーちゃん。」


「りょーかい。」


「ミアいらっしゃい!これが昨日話したルーヤよ。」


「あなたがそうなのね。ほぼ毎日ここへ来る一番の常連さん。ちょっと変わり者だけどすごく親切な人だってマスターから聞いてる。よろしくね。」


 僕は初めて会った人の未来は誰であってもとりあえず一度、見られるだけ全部見ることを習慣にしている。だからミアの未来も当たり前に見るつもりで、彼女に顔を向けた。だけど変だった。彼女からは何も流れてこなかったんだ。


「…あっ、うん。僕、ルーヤ。えっと、よろしく。」


 僕はあからさまに動揺した。


「どうしたの?大丈夫?」


「やだ、ルーちゃん照れてるんじゃないの?」


「はは、そうかも。この店は大人のお姉さまばかりだからなんか新鮮で。」


 慌てて隣の席の知らない男を見ると、その男の未来は見える。


 この能力を持って以来、未来が見えない人間になんて一度も会ったことがなかった。もしかして彼女はもうすぐ死ぬ?いや、死が迫ってる人なら未来が短いから尚更はっきりその未来が見えるはず。じゃあなぜ?どうして何も見えない?


 気になって仕方がなかった僕は、帰り際にマスターに彼女について尋ねてみた。


「マスター。この辺じゃ見ない顔だけどミアってどこの出身なの?もしかして彼女もなんか訳ありの子とか?」


「アンタ相変わらず鋭いわね。あの子のこと、アタシもどうしてあげたらいいのかわからないのよね…。」


 マスターの話によると、彼女は数日前に店の前で血を流して倒れていたのだという。しかも記憶を失くして自分の名前すら分からないような状態で。


 それなのに、訓練されたみたいにやけに受け答えはハッキリしていて、「タダでなんでもするから、しばらくここに置いてほしい。」と彼女から頼んできたらしい。


 マスターは自身が苦労人ってものあって、とにかく事情を抱えた人間に弱いから「いいわよ」と二つ返事で受け入れてあげたってわけだ。


 自分の名前すらわからない彼女だったけど、服のポケットから「私はミア」と書かれた小さな紙きれが出てきて、とりあえずミアと呼ぶことになったそうだ。紙に名前だなんて今どきありえないその古典的なやりかたは、名前をメディアに残せない事情が何かしらあったってことを意味してる。ただの訳ありじゃないことが充分伺えた。


 ますます彼女のことが気になった僕は次の日から積極的に彼女に話しかけるようになった。


「やぁミア!調子はどう?なにか進展はあった?」


「いらっしゃいルーヤ。まだ何もわからないけど元気よ!」


 ミアはそんな重めの事情を背負ってるなんて微塵も感じさせないくらい、明るくて魅力的な女性だった。歳が近いからなのか、マスター以外に彼女の事情を知っているのが僕だけだからなのか、僕には特に気を許してくれているように感じた。気さくだしなんだか波長も合って、僕らはすぐに仲良くなった。


 早く記憶が戻るようにといろんな話をしてあげる中で、ミアはタイムマシンの話に一段と興味を示した。僕の父はそこそこ腕のいいタイムマシンエンジニアで、亡くなる数日前までバリバリ仕事をやっていたから、タイムマシンに関するデータなら家にいくらでもあった。そんなこともあり余計に話は弾んで、彼女は頻繁に僕の家に遊びにくるようにもなった。


 だけどそれでも彼女の未来が見えることはやっぱりなくて、彼女の記憶も何一つ戻る兆しがないまま日にちだけが経ってゆく。その間にも、見ることのできない彼女の未来が知りたいという気持ちは、僕の中でどんどん膨らんでいった。そのせいなのか同時に僕は彼女にどんどん惹かれていった。


 いつも明るく振る舞っていたミアだったけど、何一つ自分のことが分からないのはやはり不安なようで、日を増すごとに少しずつ元気をなくしていった。僕はとにかく早くどうにかしてあげたかった。彼女が望むことならなんだって力を貸してあげたいと思っていた。



 そしてとうとう例の"その日"だ。ミアが現れてから3ヶ月が過ぎようとしたある日のこと。いつものように僕の家へやって来た彼女は「私、未来に行かなきゃいけない気がするの。だからタイムマシンを貸して欲しい。」と急に真剣な顔で僕に言ったんだ。


 確かに、父が初めて作ったかなり古いタイムマシンが倉庫に一台あるって話はしたことがあったけど、まさかそんなことを言い出すなんてびっくりするよね。


「貸してあげたいけど長い間一度も動かしたことがないんだ。正常に動くとは思えないよ。起動すらできるかどうか。それに僕、操作方法は全然知らなくて。」


 そう話すと彼女は「私たぶん動かせると思うの。一度試させて。」と言う。


 ミアは記憶がないから知らないだろうが、一般市民の勝手なタイムトラベルは法律で厳しく禁止されてる。そうさ、誰もが知ってることだよね。バレたら牢屋行きは確定だし、下手すりゃ死刑だ。だけどそれを説明しても彼女は怯まないし、意思を変える様子も全くなかった。


「わかった。君の好きなようにしていいよ。でもその代わりちゃんと動いたら僕も一緒に連れていってもらう。」


「どうして?罪になるんでしょ?私を心配してそう言ってるのなら大丈夫だから。あなたにそこまで迷惑はかけられない。」


「いや、そうじゃない。ただ僕が君の未来を知りたくて仕方ないだけなんだ。」


「私の未来??」


「信じてもらえないかもしれないけど、僕人の未来が見えるんだ。自分以外の全ての人の未来がね。」


「未来が見える?どういう意味?じゃあ私の未来を知りたいっていうのは?」


「なぜなのか君の未来だけは全く見えないんだよ。そんなの初めてでずっといろいろ考えてたんだけど、それには何か意味があるんじゃないかって今は思ってる。」


「??」


「未来に何か大切な答えがあるんじゃないかって。うまく言えないんだけど、僕らが出会ったことも単なる偶然じゃないっていうか。とにかく僕も君と未来へ行かなきゃいけない気がするんだ。」


 彼女の力になりたかったっていうのももちろんある。だけどこの時の僕は本当に「未来に呼ばれている」そんな気がどこかしていた。だから彼女と未来へ行く運命にあるってわかってたみたいに、その状況をすんなり受け入れられた。違法なのに、牢屋行き確定なのに、最悪死刑かもしれないっていうのに、迷いや恐怖は全くなかった。



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